選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

あらしの王女

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 次の演奏をする準備の一瞬に響いた声に観衆たちの視線が一斉にこちらをみた。
 室内なので押さえて…るのか?走ってるとしかみえないが、そんなわけがないな。

「ちっ」
「あらあら、はしたない人ですわね」

 双子の空気が冷たく重くなった。エセニアはわかっていないようだが、すっとミルディと一緒に俺たちの前に出て、壁のようにしている。

「マリーヌ先輩だー。おはようございまーす!」

 目の前まであっという間に来ると、息も荒くしながらも、はっきりと言葉にする。

「おはようございます!ケルン様ぁぁん!」

 目がハートなマリーヌをゴミを見るかのような視線を四人が向けている。ケルンはにこっと笑い、俺は表情が浮かんでいれば真顔だっただろう。
 マリーヌ、まったくへこたれてねぇ。さすがドワーフの王族。精神力がすげぇな。

 そんなマリーヌの後頭部をハリセンで叩いたのは、いつも控えているメイドさんだ。

「お嬢様。他のお客様へのご迷惑です。自重しやがってください」

 何度か顔を見ているが、口が悪い。その上、自分の主人でドワーフの王女の頭を平然と叩いているが、マリーヌは何もいわない。それだけ気を許しているということだろう。
 彼女の名前は聞いたことがないが、よほど、マリーヌと仲がいいのか、いつも一緒だ。

 同じメイドだからか、エセニアが睨むような視線を向けた気がしたが、彼女もマリーヌ同様に平然としている。
 そんなにエセニアが警戒するような人ではないのだが、どうしたんだろう。

「エフデ様。ケルン様。他お歴々の方々の御前です」
「わかっているわ。エフデ様。本日もよき火がありますよう、お祈りいたしますわ」
「おう」

 マリーヌは俺がこの体になってからケルンの所に来ると、この挨拶をするようになった。
 そのときにマリーヌと呼び捨てにするように頼まれ、職員の立場でケルンのように先輩呼びはできないので、希望の通り呼び捨てにしている。

 マリーヌの側にいるメイドの彼女からかなり、熱い視線を毎回感じるが、この人も『聖王イムル』を崇拝しているんだろうか?きれいな人族にしか見えないから、ドワーフ族の人ではなさそうだが、マリーヌのように先祖返りとかでドワーフ要素がないだけかもしれない。

 というか、熱い視線をむけるのはやめてほしい。俺の真上から凍りつくような視線が突き刺さっている。

 マリーヌはケルンに話しかけて、ケルンも話をしているが、次の演奏が始りそうだ。
 話を中断させてもいいが、ゆっくり音楽鑑賞をする雰囲気はなくなっている。特に初見のエセニアからの説明を求める無言の圧力がどんどん増している。今回、俺は本当に何もやってないぞ。ただ、ケルンの見た目にマリーヌがコロッと落ちているのが問題なだけだ。メイドの彼女からの視線は『聖王イムル』の崇拝が生まれ変わりとか思われている俺にも注がれているだけだ。

 場所を変えるか。このままじゃ、凍えて死ぬ。太陽の暖かさが恋しい。

「外で話すか」
「そうだねー。マリーヌ先輩、いいですか?」
「ええ!もちろん!」

 ヴォルノ君の演奏は聴きたいが、もう少し見やすい場所で見ながら聴きたかったし、次の回で頭から聴くか。
 外にでれば、ミケ君たちも、無言でついてくる。それどころか、ケルンの左右を二人で陣どっている。

「マリーヌ先輩も聴きに来たんですか?」

 ケルンの問いに眉をピクピクさせていたマリーヌは咳払いをして答える。
 ミケ君とメリアちゃんがそっくりの勝ち誇った顔をしているのをみて、青筋がたったがな。

「ええ!でも残念ながらあまり聴けないのです。役員の仕事がありますから」
「役員?」
「自治組織だ。クラン戦の運営もやってくれてるんだぞ」

 サイジャルは生徒の自治を推奨しているから、クラン戦の運営を役員に任せている。だから臨時職員の俺より役員の生徒たちの方が発言権は強い。
 予算案などの承認も役員が主導でやっている。確か、各国の王族が役員に推薦されているんだったな。

「お手伝いしてくれてるの?マリーヌ先輩ありがとう!」

 ケルンにとっては、手伝ってくれる人ってイメージしかないんだろう。マリーヌにとびっきりの笑顔でお礼をいう。キラキラも機嫌がすこぶるいいからいつもより増量だ。眩しいぜ。

「はぁう!ケルン様ぁ」

 キラキラに当たったマリーヌが胸と鼻を押さえる。あのキラキラに当たるとたいていの人がああなるんだよな。キラキラには何か含まれているのか。
 俺とか影響はないんだが、ミケ君たちもたまに影響を受けているぐらいだから、気をつけるべきか?

 ごぅっと足下から冷気が突然起こる。季節外れのダウンバーストかとケルンと同じタイミングで右を見る。

「マリーヌさん。お忙しいのではなくって?」

 メリアちゃんが微笑んでいた。

「ええ。役員の仕事はとても忙しいですわ…だからこそ、ケルン様との触れ合いで英気を養っていますの。おわかり?」
「ほほほ。英気を養いすぎではなくって?二日に一度はケルン様の顔を遠目で見るなんて、ケルン様への負担が増えるとお考えにならないので?」

 何それ初聞き。

「そうなの?お兄ちゃん知ってた?」
「…四日に一回の挨拶だけかと思った。マジかよ」

 ストーカーじゃねぇか。

「坊ちゃまへの視線は日に日に増えておりますから。けれど、ご安心ください。度が過ぎた輩は私と協力してくださる方とで、対処しています」
「たいしょ?ミルディがしてくれてるの?ありがとう!」
「いえ。私の仕事ですので」

 ミルディがすっと耳打ちしているのを、ケルンの頭の上の俺も自然と聞くわけだが…ミルディが時々消えてるのはその対処をしに行ってるとかだったのかよ。
 今度帰ったらミルディにもボーナス出してやろう。その協力してくれる人には菓子折りでいいかな。

 ストーカー被害は結構、増えてきている。まだ年齢が一桁のケルンに何を求めているのか、とんでもない手紙や贈り物がきたことがある。
 ケルンの目につく前に、俺とミルディで抹消したけどな。
 食品類は元々、ハンクが作った物以外は食べない。前にポルティでお腹が空いたからドーナッツを食べたが口に合わず、あれからハンクが作った料理だけをケルンは食べるようにしているのだ。
 ケルンの周囲は毒の心配を考えれば当然だといっているから、変な目で見られることはない。それどころか専属の料理人は当たり前だ。嗜好品の菓子類はさすがにこだわらない人もいるらしいが、ケルンは菓子類もハンクの作った物に限定しているのだ。

 そんなケルンに菓子類の贈り物をしても感謝はしても食べないで、孤児院へ寄付している。もちろん、贈ってくれる人にも断りをしているし、それを知っているから大量にくれる人だらけだ。

 差出人不明の物に関しては中を改めているが全滅だ。白か赤色は本人に食わせている。
 ナザドに知られてみろ。闇が来るぞ。

 マリーヌもそうなのかとリンメギンと揉める覚悟をしていれば、否定も肯定もしない。
 疲れたようにため息をした。

「ふぅ…役員の補充をせねばやはりなりませんわね。ミケさん、メリアさん。貴方たちも覚悟なさいませ」

 さっきまではまだ子供の口喧嘩のようなやりとりだったが、すっと空気が変わった。きちんとした態度をすれば、大国の王女の品格を持てるのだ。ケルンの前じゃ保てないようだが。

「心得ている」
「それが勤めですもの」

 そうだ。役員は王族が推薦されている。二人も王族ではある。
 秘密主義のこの学園でも知られている。役員として表に出れば王族であると宣伝するようなものだ。

「それから、身を守るように…はい、マリーヌです…ええ。わかりました。参ります」

 マリーヌがかなり真剣に言葉を続けていれば『コール』がかかったのが、誰かと話している。
『コール』は、すぐに終わったがマリーヌの顔色が変わった。

「鑑賞を邪魔をして申し訳ありませんでした。私はまだお話をしたいのですが、呼び出しがありましたので…残念ですが、失礼いたしますわ」
「マリーヌ先輩、お仕事頑張ってー」

 ぶんぶんと手を振るケルンに身悶えしつつ、メイドに首根っこを捕まれてマリーヌは遠ざかる。
 光の加減だろうけど青ざめて、足がけいれんしていたが…首がしまっていないといいんだがな。

 嵐のようなマリーヌも去ったことだしどうするか。

「演奏が全然聴けないな…」
「午後からもう一度演奏がありますわ。そちらを楽しみましょう」

 ミケ君たちも俺と同じ考えになっているようだ。
 いい席じゃなかったからな。自由席ってのはそこが問題なんだが、予定より早くやっていた楽団も困ったもんだ。
 うちの発表は休みなくやれるから、時間に余裕はあるはずなんだけど、バルテン先生も気が早い。

「そうだな。もう少ししたら、ケルンのいっていた発表会の時間だしな」
「秘密にされていましたものね。もう、教えてくださるのかしら?」

 ミケ君とメリアちゃんには特に秘密にするようにケルンに念押ししておいたから二人もどんな絵なのだろうかと話していた。
 絵だけど絵じゃないんだよな、これが。

「うん!あのね、アニメ!」
「アニメ?何だそれは?」

 ケルンが胸を張ってアニメのタイトルを二人に教える。

「ペンギンさん物語!動くんだよ!」
「動く?」

 さすが双子。まったく同じ動きで首をかしげる。それをみて、俺とケルンはどんな反応をしてくれるのかとわくわくしてきた。
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