184 / 229
第六章 ケモナーと水のクランと風の宮
水のクラン戦
しおりを挟む
ミケ君たち他の子たちは絵の展示だと思い込んでいるようで、あまり騒ぎにならず当日をむかえた。当日まで内緒にしたいっていうケルンの要望が叶ってよかった。
動く絵というが、動画という言葉がなかったのだから仕方ないが、ケルンの食いつきがすごいことになっていた。一応、アニメとかの知識も流してはいるのだけど、本人いわく。
「お兄ちゃんのね、お話だとぼやーってしてる。でも、これはくっきり!」
とのこと。
どうも知識で想像はできるが、実物がなかったから詳しく想像できなかったようだ。
結局、昨日も二回みた。三回もみると飽きると思うのだが、ハトさんたちと一緒に二回とも歓声をあげていた。
ハトさんたちは自分たちの作品を作ることもせず参加してくれたので、このクラン戦が終わったら肖像画をプレゼントする予定だ。
芸術家に贈るのも迷惑か?とも考えはしたが、きっちりした肖像画というより、デフォルトにした似顔絵と『エフデと愉快な教室』の担当を書いたものを用意した。思い出として受け取ってくれたら嬉しい。
こつこつケルンと二人で描いたからできたが、出来上がった枚数をみて人数が判明した。協力者が多すぎてびっくりした。
最初は三十人程度の話だった。
ハトさんたちが知り合いを呼び出したあたりから収拾がつかなくなっていたんだよなぁ。
まず各作業の人数。
原画で二十人ほど、動画で四十人。
音響が十人、撮影と機材調整で十人などなど…協力者他多数。合計、百三十七人。
アニメを作る流れはいくつかの行程がある。
絵コンテから原画、原画の細かい動きを動画にして、セル画に起こして、背景と色塗りをして『写し板』の魔道具を改造して撮影…そして完成したフィルムと音を合わせる。
全てに関わったからいえる。
二度としない!大変すぎる!
原画と動画の人が途中からセル画と色塗りに参加してくれたから、間に合った。最終セル画枚数は十六万枚を超えるほどになり、背景と色塗りはみんなでやらなきゃ終わらなかった。
音楽の録音とかアフレコの方が早く終わったぐらいだからな。音に合わせて口の動きなどを描いたからどうしても時間がかかる…ってか、音に負けてられるかと作業班に火がついた。
その結果がこれだった。
想定人数の倍だし、ここまで大がかりなものになるとは考えていなかった。
けれどその分すごいものだから、早く発表をしたい。
そして、みんなに休息を取らせたい。みんなすでに次の目標に走り出しそうだから、早く切り替えさせたい。その目標が関係ないものならいいんだが、あれは俺まで巻き込む気がする。
「そろそろ時間だよ!」
「そうか」
ケルンがわくわくとした様子で時計をみている。
「それでは!水のクラン戦を開始します!学生、職員一同!研究成果を発表しなさい!」
学園のあちらこちらから学長先生の声が聞こえた。それが終わると空砲が遠くから聞こえる。
「始まった!」
「始まったな」
ちょっとした緊張を得てしまう。クランの人には受け入れられたが他の人はどう思うのだろうか。
「坊ちゃま。エフデ様。お時間ですので」
「わかった」
「はーい!」
それを聞きながら俺たちはハルハレに朝食と待たせている人を迎えに行った。
水のクラン戦。新入生を歓迎しつつ、研究成果を発表するサイジャルの行事であり、つまりは学生のお祭りだ。
主体が学生であれば職員も参加したって構わないのが水のクラン戦のいいところだろう。それだけではなく、外部からも応援を頼んだり、クラン同士で協力しあったりもする。
クラン戦は『風』からが本当のクラン戦になるらしく、妨害がなくてよかった。話を聞く限りひどいらしいからな。
まぁ、俺らには関係ないけどな。
今回はなんとなく参加してみたが、次からはやらない。
今でも色々面倒なことになってるからな。
「お祭り、お祭り!」
「どんなだろうなー」
朝食を済ませて満足しつつ、ケルンと話をしていれば注意が飛ぶ。
「坊ちゃま。足元をしっかりなさってください。エフデ様も浮かれすぎですよ」
「はーい!」
「そんな浮かれてねーし」
「エフデ様。言葉使い」
「…浮かれてない。それほど」
お祭りが大好きなケルンの気持ちが俺に伝わるためか、俺もケルンも浮き足だっているようだ。それをわざわざ指摘して…そんなんだと将来小じわが…おっと睨まれた。
「ミルディ…エフデ様で困ったことがあったらすぐに教えて。私が来ますから」
「はい。お願いします、エセニアさん」
いつもはいないエセニアが張り切っている。ミルディまで仲間にして…俺はそんな困らせてないぞ。
「お兄ちゃん!どこから行く?僕ね、んーと、こことー、ここ!あと、ここ!」
「お前の行きたいとこで…ここには行くぞ…毛並み研究会…同士の気配がする」
事前に配られた各教室で何か発表されているかを書いた紙をよむ。ケルンは人形劇と舞台、ヴォルノ君のクランの発表に行きたいようだ。
俺はケルンが行きたいところに行くだけだと読んでいなかったが、たまたま目についたのは、毛並み研究会。もふれる予感がする。行かねばならない。
「もう…また注意力がなくなってます」
「お二人はいつもああですよ」
ミルディに告げ口されたような気がするが聞いてません。はい、終わり!
「こちらは魔法技術研究会!マホケンの発表はこちら!」
「魔法食品の試食がありまーす!魔法食品研究会はこちらです!」
「蒸気列車はどうですかー!魔技術工!マギコウはここですよー!」
ハルハレでエセニアを拾ってから学園に戻れば、色々な出し物の呼び声がしていた。
今の時刻は九時を回っている。そろそろ本格的に動き出したようだ。
一日、朝八時から夜十時まで。それを三日間ほど行い、覆面審査員が技術力と発表内容を評価して決めるらしい。
ここ数年は変動もなく出来レースみたいになっているそうだが。
「今回も楽団が優勝だろうな」
「当然だろ」
「それ以降もまた同じだろうな」
見知らぬ学生たちが優勝候補について話していた。
「楽団ってヴォルノ君のとこのかな?」
「だと思う。他に音楽のクランがあるかもしれないが、楽団っていうとヴォルノ君のとこしか浮かばないからな」
ヴォルノ君の所属しているクランはそのまま『楽団』という名前だ。
「ヴォルノ君、いーっぱい!練習してたもんね」
練習を聴かせてもらっていたが、暇さえあれば練習しないと出させてもらえないといっていたほどだ。ヴォルノ君のバイオリンの腕前は今でもプロとしてやっていけるほどなのにだ。
「毎年とか信じられない…いや」
それだけすごいというのは理解しているが、そんなすごい人が俺たちにも関わっていることの方が信じられない。
「…俺としては指揮者の先生がうちに参加して音を作ってくれてたのがもっと信じれないがな…」
作曲だけでなく『楽団』の人たちまでもが演奏をしてくれている。豪華な効果音だよ、本当。ヴォルノ君からは知らない曲を演奏したっていわれたが、それはうちのだよとはいえなかった。
「バッテン先生?」
「バルテン先生な。ばってんはあの人の口癖だ」
バルテン先生は寡黙というか、自分の世界で会話をしているようで、時間をみつけては教室にきて話していた。舞台とかでも楽団が使われることがあるが、絵に音をつけるというのは初めてのことだったので、バルテン先生が参加してくれた。
というか、いつのまにかいた。誰が引き込んだか知らないが、全編に渡って音を作ってくれるとは思わなかった。
報酬が絵本にサインでいいとか格安すぎたので、肖像画も用意した。
あれでも足りないかもな。
「あ!ミケ君!メリアちゃん!おはよー!」
「おはよう」
報酬を考えていたら、ケルンがミケ君たちを見つけた。アシュ君やマティ君は見当たらない。今日は別行動だ。
「ケルン、義兄上。おはようございます」
「ケルン様、エフデお義兄様。おはようございます」
二人が挨拶をすると、この場にいないはずのエセニアに気づいた。
「そちらの方は…エセニアさんでしたわね?」
何度か顔を合わせてはいるが、きちんと話したことはないのだろう。メリアちゃんが確かめるように尋ねている。
「そうでございます、アメリア皇女殿下」
そういって、きれいにお辞儀をするエセニア。フィオナから指導されているから使用人の作法はばっちりなんだが…メリアちゃんの目がなんか、笑ってないか?
「メリアでいいですわ。ディアニア様からお聞きしてますもの」
くすっと笑って俺をみている。それに合わせるようにケルンがいった。
「二人はねー、仲良しなんだよ!」
顔を赤くするエセニアをみて、メリアちゃんの顔がミケ君によく似た笑みになったので、話をそらす。ってか、母様は何をいったのか後で聞こう。
「おほん。あー、二人はクランに入ってなかったな?」
ミケ君が笑いを噛み殺すように、ほほを震わせているが答えてくれた。
「ええ。王族は入っていないのです。建国貴族も基本はクランに入りませんから」
楽団の演奏場所に向かいながら詳しく聞くと、王族はクランに入ることはほぼないそうだ。国同士の争いは学園には関係ないといいつつ、やはりクランに入れば争いや上下関係が発生する。
それとクランではないが他のことで学園に何らかの形で所属するそうだ。
自主性がクランに求められているからな。
王公貴族は大変だなといえば、ケルン以外から変な目で見られた。
「お兄ちゃんと僕はクランに入ってるもんねー」
「なー。俺ら楽しくやってるもんなー」
視線が冷たい気がする。エセニアからまた注意されそうだ。
楽団の演奏場所にたどりつけば、もう演奏は始まっていて何かの曲の最後のパートが終わったところだった。
毎回、演奏場所を変えているらしいが、今回は屋内の教室だ。中庭の前の教室だから俺も知っているが、だいぶ変えている。六百人くらいが入れるホールに変わっていて、ほとんど満席だ。
いい席は座られているから、後ろの席になる。音が響くからいいけど、ヴォルノ君の頑張りが遠すぎてあまり見えない。
「遅れちゃったね」
「予定より早いんじゃないか?」
時計を探すがかけていない。とはいえ、予定を早めたのはあれかな?休憩でうちの発表をみるって話だったからかもしれない。ヴォルノ君やバルテン先生だけじゃなく、楽団の人も観に来るといっていたから、可能性はあるかもしれない。
今回の楽団は歌唱系のクランと一緒に演奏をすると書いてあるから頭から聴きたかった。
「そうでしたわ。現在、建国貴族でクランに所属しているのはお二人です」
「二人?」
「ケルン様と…彼女ですわ」
メリアちゃんが思い出したようにいって指差した先には小柄な少女が一人立っていた。
あの子は…確かクラリスとかいったか。ケルンと同じクラスの子だ。おどおどしている印象があったが、ああして人前に出るんだな。
楽団と一緒ということは、彼女は歌唱系のクランに入っているのか。
そして彼女はバルテン先生の指揮に合わせて歌い出した。
『彼の者を想え。彼の者は我が子。彼の者は祈り子を待つ者。我が力を持つ者のみ。彼の者と歩む。彼の者を想え。彼の者は始り。彼の者は祈り子を守る者。彼の者を想え。彼の者を想え。彼の者が癒えるそのときまで』
物悲しい曲。精霊唱歌の一節だ。精霊唱歌は教会で歌う聖歌なのだが、この曲はあまり人気がない。
楽団の演奏に負けない彼女の歌唱力はすごいのだが、選曲がよくない。お祭りの空気がしんみりとしてしまう。
歌が終わり盛大な拍手があっても、どこか物悲しい余韻が残った。
「僕、この歌は好きじゃない」
「そうだろうな」
もやっとした空気を感じたのは俺だけではない。ケルンも口を曲げている。俺も好きではない。
「さみしいもん。楽しい歌じゃないから好きじゃなーい」
「確かにしんみりするな…ケルンはあれの方がいいか?」
「グーチョキ?あれ好き!」
手遊びで教えた歌の方が好きとは…まぁ、仕方ねぇな。
「そんじゃ、グーチョキ」
「ケールーンーさーまー!」
手遊びをしてテンションをあげてやろうとすれば遠くから走ってくる人影がみえた。
エセニアが身構えるが大丈夫…メリアちゃんの目付きが変わったな。
元気だなぁ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
セル画を知らないっていう世代がどんどん増えているんですね。さみしいです。
動く絵というが、動画という言葉がなかったのだから仕方ないが、ケルンの食いつきがすごいことになっていた。一応、アニメとかの知識も流してはいるのだけど、本人いわく。
「お兄ちゃんのね、お話だとぼやーってしてる。でも、これはくっきり!」
とのこと。
どうも知識で想像はできるが、実物がなかったから詳しく想像できなかったようだ。
結局、昨日も二回みた。三回もみると飽きると思うのだが、ハトさんたちと一緒に二回とも歓声をあげていた。
ハトさんたちは自分たちの作品を作ることもせず参加してくれたので、このクラン戦が終わったら肖像画をプレゼントする予定だ。
芸術家に贈るのも迷惑か?とも考えはしたが、きっちりした肖像画というより、デフォルトにした似顔絵と『エフデと愉快な教室』の担当を書いたものを用意した。思い出として受け取ってくれたら嬉しい。
こつこつケルンと二人で描いたからできたが、出来上がった枚数をみて人数が判明した。協力者が多すぎてびっくりした。
最初は三十人程度の話だった。
ハトさんたちが知り合いを呼び出したあたりから収拾がつかなくなっていたんだよなぁ。
まず各作業の人数。
原画で二十人ほど、動画で四十人。
音響が十人、撮影と機材調整で十人などなど…協力者他多数。合計、百三十七人。
アニメを作る流れはいくつかの行程がある。
絵コンテから原画、原画の細かい動きを動画にして、セル画に起こして、背景と色塗りをして『写し板』の魔道具を改造して撮影…そして完成したフィルムと音を合わせる。
全てに関わったからいえる。
二度としない!大変すぎる!
原画と動画の人が途中からセル画と色塗りに参加してくれたから、間に合った。最終セル画枚数は十六万枚を超えるほどになり、背景と色塗りはみんなでやらなきゃ終わらなかった。
音楽の録音とかアフレコの方が早く終わったぐらいだからな。音に合わせて口の動きなどを描いたからどうしても時間がかかる…ってか、音に負けてられるかと作業班に火がついた。
その結果がこれだった。
想定人数の倍だし、ここまで大がかりなものになるとは考えていなかった。
けれどその分すごいものだから、早く発表をしたい。
そして、みんなに休息を取らせたい。みんなすでに次の目標に走り出しそうだから、早く切り替えさせたい。その目標が関係ないものならいいんだが、あれは俺まで巻き込む気がする。
「そろそろ時間だよ!」
「そうか」
ケルンがわくわくとした様子で時計をみている。
「それでは!水のクラン戦を開始します!学生、職員一同!研究成果を発表しなさい!」
学園のあちらこちらから学長先生の声が聞こえた。それが終わると空砲が遠くから聞こえる。
「始まった!」
「始まったな」
ちょっとした緊張を得てしまう。クランの人には受け入れられたが他の人はどう思うのだろうか。
「坊ちゃま。エフデ様。お時間ですので」
「わかった」
「はーい!」
それを聞きながら俺たちはハルハレに朝食と待たせている人を迎えに行った。
水のクラン戦。新入生を歓迎しつつ、研究成果を発表するサイジャルの行事であり、つまりは学生のお祭りだ。
主体が学生であれば職員も参加したって構わないのが水のクラン戦のいいところだろう。それだけではなく、外部からも応援を頼んだり、クラン同士で協力しあったりもする。
クラン戦は『風』からが本当のクラン戦になるらしく、妨害がなくてよかった。話を聞く限りひどいらしいからな。
まぁ、俺らには関係ないけどな。
今回はなんとなく参加してみたが、次からはやらない。
今でも色々面倒なことになってるからな。
「お祭り、お祭り!」
「どんなだろうなー」
朝食を済ませて満足しつつ、ケルンと話をしていれば注意が飛ぶ。
「坊ちゃま。足元をしっかりなさってください。エフデ様も浮かれすぎですよ」
「はーい!」
「そんな浮かれてねーし」
「エフデ様。言葉使い」
「…浮かれてない。それほど」
お祭りが大好きなケルンの気持ちが俺に伝わるためか、俺もケルンも浮き足だっているようだ。それをわざわざ指摘して…そんなんだと将来小じわが…おっと睨まれた。
「ミルディ…エフデ様で困ったことがあったらすぐに教えて。私が来ますから」
「はい。お願いします、エセニアさん」
いつもはいないエセニアが張り切っている。ミルディまで仲間にして…俺はそんな困らせてないぞ。
「お兄ちゃん!どこから行く?僕ね、んーと、こことー、ここ!あと、ここ!」
「お前の行きたいとこで…ここには行くぞ…毛並み研究会…同士の気配がする」
事前に配られた各教室で何か発表されているかを書いた紙をよむ。ケルンは人形劇と舞台、ヴォルノ君のクランの発表に行きたいようだ。
俺はケルンが行きたいところに行くだけだと読んでいなかったが、たまたま目についたのは、毛並み研究会。もふれる予感がする。行かねばならない。
「もう…また注意力がなくなってます」
「お二人はいつもああですよ」
ミルディに告げ口されたような気がするが聞いてません。はい、終わり!
「こちらは魔法技術研究会!マホケンの発表はこちら!」
「魔法食品の試食がありまーす!魔法食品研究会はこちらです!」
「蒸気列車はどうですかー!魔技術工!マギコウはここですよー!」
ハルハレでエセニアを拾ってから学園に戻れば、色々な出し物の呼び声がしていた。
今の時刻は九時を回っている。そろそろ本格的に動き出したようだ。
一日、朝八時から夜十時まで。それを三日間ほど行い、覆面審査員が技術力と発表内容を評価して決めるらしい。
ここ数年は変動もなく出来レースみたいになっているそうだが。
「今回も楽団が優勝だろうな」
「当然だろ」
「それ以降もまた同じだろうな」
見知らぬ学生たちが優勝候補について話していた。
「楽団ってヴォルノ君のとこのかな?」
「だと思う。他に音楽のクランがあるかもしれないが、楽団っていうとヴォルノ君のとこしか浮かばないからな」
ヴォルノ君の所属しているクランはそのまま『楽団』という名前だ。
「ヴォルノ君、いーっぱい!練習してたもんね」
練習を聴かせてもらっていたが、暇さえあれば練習しないと出させてもらえないといっていたほどだ。ヴォルノ君のバイオリンの腕前は今でもプロとしてやっていけるほどなのにだ。
「毎年とか信じられない…いや」
それだけすごいというのは理解しているが、そんなすごい人が俺たちにも関わっていることの方が信じられない。
「…俺としては指揮者の先生がうちに参加して音を作ってくれてたのがもっと信じれないがな…」
作曲だけでなく『楽団』の人たちまでもが演奏をしてくれている。豪華な効果音だよ、本当。ヴォルノ君からは知らない曲を演奏したっていわれたが、それはうちのだよとはいえなかった。
「バッテン先生?」
「バルテン先生な。ばってんはあの人の口癖だ」
バルテン先生は寡黙というか、自分の世界で会話をしているようで、時間をみつけては教室にきて話していた。舞台とかでも楽団が使われることがあるが、絵に音をつけるというのは初めてのことだったので、バルテン先生が参加してくれた。
というか、いつのまにかいた。誰が引き込んだか知らないが、全編に渡って音を作ってくれるとは思わなかった。
報酬が絵本にサインでいいとか格安すぎたので、肖像画も用意した。
あれでも足りないかもな。
「あ!ミケ君!メリアちゃん!おはよー!」
「おはよう」
報酬を考えていたら、ケルンがミケ君たちを見つけた。アシュ君やマティ君は見当たらない。今日は別行動だ。
「ケルン、義兄上。おはようございます」
「ケルン様、エフデお義兄様。おはようございます」
二人が挨拶をすると、この場にいないはずのエセニアに気づいた。
「そちらの方は…エセニアさんでしたわね?」
何度か顔を合わせてはいるが、きちんと話したことはないのだろう。メリアちゃんが確かめるように尋ねている。
「そうでございます、アメリア皇女殿下」
そういって、きれいにお辞儀をするエセニア。フィオナから指導されているから使用人の作法はばっちりなんだが…メリアちゃんの目がなんか、笑ってないか?
「メリアでいいですわ。ディアニア様からお聞きしてますもの」
くすっと笑って俺をみている。それに合わせるようにケルンがいった。
「二人はねー、仲良しなんだよ!」
顔を赤くするエセニアをみて、メリアちゃんの顔がミケ君によく似た笑みになったので、話をそらす。ってか、母様は何をいったのか後で聞こう。
「おほん。あー、二人はクランに入ってなかったな?」
ミケ君が笑いを噛み殺すように、ほほを震わせているが答えてくれた。
「ええ。王族は入っていないのです。建国貴族も基本はクランに入りませんから」
楽団の演奏場所に向かいながら詳しく聞くと、王族はクランに入ることはほぼないそうだ。国同士の争いは学園には関係ないといいつつ、やはりクランに入れば争いや上下関係が発生する。
それとクランではないが他のことで学園に何らかの形で所属するそうだ。
自主性がクランに求められているからな。
王公貴族は大変だなといえば、ケルン以外から変な目で見られた。
「お兄ちゃんと僕はクランに入ってるもんねー」
「なー。俺ら楽しくやってるもんなー」
視線が冷たい気がする。エセニアからまた注意されそうだ。
楽団の演奏場所にたどりつけば、もう演奏は始まっていて何かの曲の最後のパートが終わったところだった。
毎回、演奏場所を変えているらしいが、今回は屋内の教室だ。中庭の前の教室だから俺も知っているが、だいぶ変えている。六百人くらいが入れるホールに変わっていて、ほとんど満席だ。
いい席は座られているから、後ろの席になる。音が響くからいいけど、ヴォルノ君の頑張りが遠すぎてあまり見えない。
「遅れちゃったね」
「予定より早いんじゃないか?」
時計を探すがかけていない。とはいえ、予定を早めたのはあれかな?休憩でうちの発表をみるって話だったからかもしれない。ヴォルノ君やバルテン先生だけじゃなく、楽団の人も観に来るといっていたから、可能性はあるかもしれない。
今回の楽団は歌唱系のクランと一緒に演奏をすると書いてあるから頭から聴きたかった。
「そうでしたわ。現在、建国貴族でクランに所属しているのはお二人です」
「二人?」
「ケルン様と…彼女ですわ」
メリアちゃんが思い出したようにいって指差した先には小柄な少女が一人立っていた。
あの子は…確かクラリスとかいったか。ケルンと同じクラスの子だ。おどおどしている印象があったが、ああして人前に出るんだな。
楽団と一緒ということは、彼女は歌唱系のクランに入っているのか。
そして彼女はバルテン先生の指揮に合わせて歌い出した。
『彼の者を想え。彼の者は我が子。彼の者は祈り子を待つ者。我が力を持つ者のみ。彼の者と歩む。彼の者を想え。彼の者は始り。彼の者は祈り子を守る者。彼の者を想え。彼の者を想え。彼の者が癒えるそのときまで』
物悲しい曲。精霊唱歌の一節だ。精霊唱歌は教会で歌う聖歌なのだが、この曲はあまり人気がない。
楽団の演奏に負けない彼女の歌唱力はすごいのだが、選曲がよくない。お祭りの空気がしんみりとしてしまう。
歌が終わり盛大な拍手があっても、どこか物悲しい余韻が残った。
「僕、この歌は好きじゃない」
「そうだろうな」
もやっとした空気を感じたのは俺だけではない。ケルンも口を曲げている。俺も好きではない。
「さみしいもん。楽しい歌じゃないから好きじゃなーい」
「確かにしんみりするな…ケルンはあれの方がいいか?」
「グーチョキ?あれ好き!」
手遊びで教えた歌の方が好きとは…まぁ、仕方ねぇな。
「そんじゃ、グーチョキ」
「ケールーンーさーまー!」
手遊びをしてテンションをあげてやろうとすれば遠くから走ってくる人影がみえた。
エセニアが身構えるが大丈夫…メリアちゃんの目付きが変わったな。
元気だなぁ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
セル画を知らないっていう世代がどんどん増えているんですね。さみしいです。
0
お気に入りに追加
317
あなたにおすすめの小説
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜
神崎水花
ファンタジー
暗澹たる世に一筋の光明たるが如く現れた1人の青年。
ローゼリア伯フランツの嫡子アレクス。
本を読むのが大好きな優しい男の子でした。
ある不幸な出来事で悲しい結末を迎えますが、女神シュマリナ様の奇跡により彼の中に眠るもう1人のアレク『シア』が目覚めます。
前世も今世も裏切りにより両親を討たれ、自身の命も含め全てを失ってしまう彼達ですが、その辛く悲しい生い立ちが人が生きる世の惨たらしさを、救いの無い世を変えてやるんだと決意し、起たせることに繋がります。
暗澹たる世を打ち払い暗黒の中世に終止符を打ち、人の有り様に変革を遂げさせる『小さくも大きな一歩』を成し遂げた偉大なる王への道を、真っすぐに駆け上る青年と、彼に付き従い時代を綺羅星の如く駆け抜けた英雄達の生き様をご覧ください。
神崎水花です。
デビュー作を手に取って下さりありがとうございます。
ほんの少しでも面白い、続きが読みたい、または挿絵頑張ってるねと思って頂けましたら
作品のお気に入り登録や♥のご評価頂けますと嬉しいです。
皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。どうか応援よろしくお願いいたします。
*本作品に使用されるテキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
*本作品に使用される挿絵ですが、作者が1枚1枚AIを用い生成と繰り返し調整しています。
ただ服装や装備品の再現性が難しく統一できていません。
服装、装備品に関しては参考程度に見てください。よろしくお願いします。
婚約破棄されたのだが、友人がチートでツラい。
藤宮
恋愛
「ローズ・ロレーヌ・ローザリア。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを王族に迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国第2皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第2皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」
婚約破棄モノ実験中。乙女ゲーム転生要素入れてみたのだけど。
キャラ名は使いまわしてます←
…やっぱり、ざまァ感薄い…
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
聖獣王国物語~課金令嬢はしかし傍観者でいたい~
白梅 白雪
ファンタジー
乙女ゲームにハマっていた結城マナは見知らぬ者に襲われ、弟ソウシと共に異世界へ転生した。
目覚めれば見覚えがあるその姿──それは課金に課金を重ねて仕上げた、完璧な美しき公爵令嬢マナリエル・ユーキラスであった。
転生した異世界は、精霊や魔法が存在するファンタジーな世界──だけならまだよかったのだが、実はこの世界、弟のソウシが中学生の頃に妄想で作り上げた世界そのものだという。
『絶世の美女』『自動課金』というスキルを持つマナリエルと、『創造主』というスキルを持つソウシ。
悪女ルートを回避しようとするも、婚約破棄する気配を一切見せない隣国の王太子。
苛めるつもりなんてないのに、何かと突っかかってくるヒロイン。
悠々自適に暮らしたいのに、私を守るために生まれたという双子の暗殺者。
乙女ゲームかと思えば聖獣に呼ばれ、命を狙われ、目の前には救いを求める少年。
なに、平穏な生活は?ないの?無理なの?
じゃぁこっちも好きにするからね?
絶世の美女というスキルを持ち、聖獣王に選ばれ、魔力も剣術も口の悪さも最強クラスのマナリエルが、周囲を巻き込み、巻き込まれ、愛し、愛され、豪快に生きていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる