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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

月のきれいな夜

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 ついみんなの熱気にやられてしまった。
 休憩をはさみつつも、なんだかんだと作業が一段落するまでそのまま教室にこもってしまった。

 今日はケルンも他の授業がないからつい長いこと作業をしまったんだが、いいタイミングでナザドが迎えにきてくれなきゃ、そのままケルンの特訓を忘れていたかもしれない。ケルンも途中から色付け作業を手伝っていた。

 音楽の先生はいつの間にかいなくなっていたけど、ハトさんいわく。

「あの人が全部の音をやるといったらやりますから、待ってましょう」

 とのことだから待とうと思うが…依頼料とかの話をしていないし、それに先生のところも水のクラン戦で演奏会をするはずなのにいいのだろうか?ヴォルノ君とか頑張って練習しているから、聴きに行こうとケルンと楽しみにしているんだが。
 とりあえず、あの作業スタイルももう終わりだ。映画はあと数日には完成しそうだ。

「間に合ってよかったなぁ…」

 ケルンの特訓を見守りつつ、つい呟いてしまう。

 映画の上映で必要な物で肝心な物がなかなかできなかったのだ。

 映写機は特に中のライトをどうするか悩んだが父様に頼んで『ライト』の魔石を作った。自然で探すと予算が足りなくなるから、自作するしかない。
 今回の制作費で一番かかっているのが、この映写機だ。あの人に投げっぱなしにした俺も悪いが、実験の繰り返しで予算がどんどん使われた。

 クラン戦初日には招待をしているけど、仕事を溜めてたらしいから、来れないかもしれないな。
 それも仕方ないというか…どんだけ父様から叱られても、懲りずに貴重な物を買ってきて使っていたらしいから、映画の制作費でも人件費にそこまでかけれなくなってしまった。そうじゃなきゃ、聴講生にもっと給与を渡せるんだけどな。

 サイジャルの『水のクラン戦』は新入生が展示や技術をみせる。担当と生徒の自主制を重んじるから、クラン戦にかかる費用は双方の自己負担だ。
 もちろんサイジャルからも補助金はでている。ただこの補助金は申請すればもらえるらしいが、展示発表の条件が多すぎて誰も利用していない。本来はそこまで金をかけるものでもないしな。

 技術をみせるにしても、制作系は材料どでかかるが、魔法や音楽なんかは場所さえあればいい。
 まぁ、そこまでお堅いものでもないらしいからな。新入生が入ってもクランは問題ないってのと、新入生がクランで上手くやれているっていうアピールができればいいんだろう。

 出る気はなかったが、聴講生はやる気満々だし、ケルンもやってみたがったから、取り扱い参加したのだ。優勝者に贈られる品も気になったからな。

 素晴らしい体験!

 とだけ書かれていて詳しくは当日まで内緒だと参加するための書類に書いてあったのだ。気になる。

 優勝を狙っているわけではないけど、やるならとことんやろうと思ったのもあるし、父様からもせっかくだから、本気でやれとのお許しをもらえたから、全力で作業と資金提供を惜しまなかった。

 懸念していたのは開発に時間がかかるだろうと予想していた映写機の方もだが、フィルムも心配だった。
 モフーナには映画なんてものはないから、フィルムの作成がどうなるかと思ったがフィルムはすでに開発されていた。そのため今回は映画のフィルム用に直しただけなんだが、その材料を聞いて驚いた。まさかフィルムの材料にスライムが使われるとは思わなかったな。劣化しないから『写し板』にも使われているらしく、転用はすぐにできたそうだ。

 アクシデントもあったが、楽しかった。
 いつもより遅くに特訓をしているケルンを見守りつつミルデイがいれてくれた焙じ茶をすする。

「すっかり遅くなったな」

 特訓を始めたのが遅かったが、いつもと同じ時間をきっちりやっていたら、すっかり遅くなってしまった。ナザドが切り上げるなんてないからな…急げばミケ君たちと合流して夕食が食べれるだろう。
 念のために『コール』をケルンがしてある。

 食堂に向かうのはケルンと俺とナザドだ。ミルデイは夕食を取りにハルハレに向かっているため、ナザドが護衛として送ってくれる。護衛は断りたいところなんだが、誘拐されたばかりだから断りにくい。
 上機嫌ながら、不思議そうにナザドがたずねてきた。

「そのエイガ?っていうのは大変なんですね」
「まだ録画できないらしいからな…実写よりアニメの方が早いとは思わなかった」
「はぁ…録画ですか?」

 そんなことをいっても、ナザドにはわからないか。
 実写ならわりと早くできたと思うんだけど…舞台とか録画したのを流すだけでも人がらくるだろう。

 カメラがあるんだから動画もできるんじゃないかな?発想としちゃ悪くないだろ。確か知識にあるはず。

「あ、お兄ちゃん!みてみて!」
「ん?」

 考えていたら、ケルンが空に指さしをしている。
 夕暮れどきの空にはくっきりと真っ白の光を放っている月が昇っていた。

「きれいなボージィン様の目だね!」
「まんまるお月様だな」
「オツキサマ?まんまる!」

 本当にきれいな月だな。まだ明るいのにしっかり月の形がみえる。夕陽に照らされているのなら、もう少し朧気なもんなんだけど、まるで真夜中の満月の明かりみたいだ。

「そういえば、今日は初花の日ですね」
「ういがの日ってなーに?」

 ケルンじゃないが、俺も同じように体を傾けた。初めて聞く単語だな。

「大樹の蕾が一斉にほころぶ日ですよ。明日の朝まで月があんな風に輝いて、その光を浴びた大樹が花を咲かせるんです」
「へぇー…知らなかったな」

 絵本とか物語には書いてなかったから、植物関係の本とかに書いてあるのかもしれない。
 大樹っていうのは、大陸にある大きな樹のことだ。数にも使われいるからな。一樹月とか。

 かなり大きいらしいから、その花も大きいだろう。

「みてみたいなぁ!」
「だな。きれいなんだろな」

 スケッチをしたいと、思いつつふと気になった。

「でも、あんな月は一度もみたことないな」
「そうかも」

 一度くらいあの月をみたことがあるかと思ったんだが、ケルンが産まれてからやはりみた記憶はない。見たならば父様たちが教えてくれるだろうし、そうなれば俺が知識を処理して忘れるわけがない。

「こんな時間に坊ちゃまが外を歩かれるなんてなかったですからね。外は危険ですし」

 ナザドが当然だという顔をする。

 実のところポルティからミルデイに乗せてもらって帰ったことがあるが、あれは内緒だ。
 じゃないと、ポルティが闇の精霊様で滅ぶ。絶対にこいつはやる。

 遠くを見つめつつ食堂のぬくもりにほっとする。
 夕食はエビチリとかエブフライとかエビ団子と、エビが多かった。エビバーガーは甘めのたれで美味しかった。安かったんたまろうか?

「宿題をやっておけよー」

 みんなと夕食を終えて部屋に戻って入浴を済ませる。あとはケルンが明日提出する宿題を片付けたら今日はおしまいだ。
 魔法関係の歴史についてのプリントをまとめるのが残っていたからな。

「うん!あ、でも、杖さんをきれいにしてあげてない…」

 ケルンが机に杖を出しながら悩みながら呟く。今日は遅くなったから、部屋で磨くっていってたからな…そっちなら手伝ってもいいだろう。

「…今日は休み俺が拭いてやるか…ケルン。杖を出しておいてくれ。お前が宿題をやってる間に磨いておくから」

 そういってやれば、とたんに笑顔だ。わかりやすい。

「ありがとう!えっとね、これ、杖さん用の布ね」
「おー…拭くだけにしとくか」

 ワックスがけをしてやろうかとも思ったが、軽く拭くだけにしておく。
 葉っぱを動かしてぶんぶん振ってるけど気にすることなく、吹き始める。

「まぁ、嫌がるなって…こことか…ほら、こんなとこまで拭いてやるから…」

 この前説教したからか。

「今度、ケルンを危ない目に合わせたらたたき折る」

 っていったのもあるのか、触られるのを嫌がるようになったんだよな。
 脅しすぎたか。

 動いたり下手に意思の疎通ができると思ったから俺も調子に乗ってしまったからな…丁寧にやってやるよ。

 こことかの、溝も拭いて…あん?

 杖というか葉っぱが嫌々しつつ、俺のからだをまさぐってんだけど、なんだ?

 あ、それやばいっす!

 みたいな動きかたなんだけど、吹いてるだけだぞ。にしても…どんどんぬめぬめしてきてるような…油かな…うん。
 びくびくしてて、すげぇ、このまま投げ出したい。

「エフデ様。坊ちゃまが宿題を終えられました」

 無心で拭いていたらミルデイが声をかけてくれた。杖は痙攣みたいにピクピクしてるが、もう放置だ。

「ありがとう、ミルデイ。ケルン、トイレは済ませたな?そろそろ寝るぞ」
「はーい!おやすみミルデイ!」
「おやすみなさいませ、坊ちゃま、エフデ様」
「また明日な。おやすみ」

 ケルンの頭に乗っかって寝室に入って、寝巻きに着替える。俺は肉球パジャマだが、ケルンは子熊パジャマだ。
 宝箱から今日の絵本をケルンが取り出して俺に渡してくる。

「今日の絵本はペギンくんね!」
「ペギンくん?…またこれか。飽きないのか?」

 ペギンくん物語を読むのはいいんだが、なんで新作を選んでいるんだろう?もう何度も読み聞かせている。他の絵本も用意してるいるんだけど、今のケルンのお気にいりなんだろうな。

「新しいのがね、ぽかぽかしてくるから、好き!」
「そうか。んじゃ読むぞ…あるところに仲良しのペンギン一家がおりました」

 最後まで読んでやれば、うとうとしていたので、読書灯を消す。

「おやすみ…なさい…お兄ちゃん…」
「おやすみ、ケルン」

 頭を何度かなでてやれば、寝息が聞こえてきたので、俺も意識を…あ…そういえば…杖を出しっぱにしていた…まぁ、いいか…ねむっ。

 何時だろうか。寝ていた俺は何かに締め付けられて目がさめた。

 なんだ…もぞもぞ…巻きついてる?寝ぼけたケルンが握るにしては太いし…まさかムカデか!

 ぞわっとして意識を覚醒させる。
 さすがに虫に巻き付かれていたらぞっとする。ムカデは毒もある。俺はいいが、ケルンが噛まれたら大変だ。

 謎の物体、推定ムカデは俺の右半身をおさえている。ならばと、がっと左手で推定ムカデの頭を掴む。

「ふぎゃ!」
「ふぎゃ?」

 ムカデって鳴くのか?

 ぼやっとした頭をはっきりさせながら、掴んだものをよく見れば、俺に巻き付いていたのはムカデではない。
 代わりに俺ぐらいの大きさの緑髪をした人が抱きついていたのだった。
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