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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮
愉快な教室
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教室の扉をあければここ数週間変わらない風景が飛び込んでくる。
「おい!場面130からの資料がないぞ!」
「絵の具がきれたわ!補充はどこにおいたのよ!」
「ばってん…ここは…いや、こっちがよか…おいとしてはここが…ばってん…」
「おまん、なんしちゅうがや!指示がでとろぉが!」
教壇にむけられていた机の配置はとっくに変えられている。
各々が作業をしやすいように、区切られて今では作業班でわけられている。
ってかまた人が増えたような気がするんだけど。
あの人とかヴォルノ君の音楽の先生だったよな?ばってんばってんっていってる人。
そこかしこから漂うのはハルハレで淹れてもらったカフェだ。保温ボトルにたっぷり入っている。それが机の一角に十ほどある。お菓子や軽食もこんもんだ。けど六十人ほどいるが、すぐになくなるので、追加注文を毎回している。
カフェは店に出すのよりだいぶ濃くしてもらっているので、みんなのコップの中は真っ黒といってもいいだろう。
寝泊まりしている人もいるらしいが…体を壊さないのだろうか。
煙草の煙でも充満してそうだが、禁煙だ。
モフーナでは葉巻が嗜好品の一種として喫煙されている。薬草を主として使っているため、健康被害はないらしいがたまに幻覚作用のあるものもあるらしい。
しかしながらハルハレは喫茶店だ。葉巻を嗜むお客さんももちろんいる。それで知ったことだが、俺はどうも苦手らしい。ハルハレは店だから仕方ないが学園内ではあまり葉巻を見たくはないな。
最初の授業のときには、俺は部屋が煙ったいのが嫌いなので作業の合間に吸いたいなら指定の場所に行くように伝えた。
これは体質的なものだけではなく、家庭環境もあるのだろう。魔法使いだと吸う人はあまりいないからだ。
精霊様によっては嫌う精霊様もいるらしいが、逆に好む精霊様もいるらしい。好むということは思考があるし、個性があるということだ。
すなわち上級の精霊様に好かれやすい…かもしれない。そのかもしれないでも一応効果は多少はある。中級でも意思のある精霊様と契約をしやすいそうだ。
そのため、魔力はあっても上級の精霊様との縁がない魔法使い以外は吸わないのだ。
残り香ですら、俺はあの独特な匂いが嫌いなのと、ケルンも匂いが嫌いなのもあって、喫煙していた聴講生は自主的に全員禁煙している。
なくても問題ないらしく、むしろ頭がすっきりしているそうだ。
そんな嗜好品を許可してもいいんじゃないかと思うほど、描き込む音と指示の声と誰かしらがなにやら呟き続けている。
ありていにいってしまえば…作業場の気迫がすごい。
全員頭に『エフデと愉快な教室』っていう文字が書いてあるハチマキしてるんだけど、俺らもするかなぁ…うん。
「ケルン。ハチマキしよう」
「まきまきする?お兄ちゃん結んでくれる?」
「おう…っと…ほら。きつくないか?」
「だいじょーぶ!みんなとお揃いだね!」
ケルンにもハチマキしてやる。
『エフデと愉快な教室』のハチマキは冗談であればいいなといったら次の日には用意されていたのだ。
作ったのは確実にフィオナだ。ナザドの前で話すんじゃなかったが…今では連帯感がでてわりと気に入っている。
「エフデ様!すいません!気づかなくて!ケルン君も授業の邪魔をしないから許してね?今日は何をするのかな?」
他の聴講生に指示を出しつつ自分の作業を行っていたハトさんが慌ててこちらにやってきた。
ほとんど聴講生が作業をしているだけだからな。授業とはいえない。
「いや。構わんよ。ハトさんこそ作業に集中していてくれていいぞ。俺たちは授業をやってるから」
「お兄ちゃんとお絵描き!たーくさんあるんだ!」
ぶっちゃけ、ケルンの授業にかこつけた内職だ。
ケルンに手伝ってもらわないといけないほど、注文がすごくたくさんきているからな…とくに漫画の原稿。
唯一戦力になるケルンには背景を頼んでいる。トーンとかモデル作ったら何種類か用意してくれねぇかな…点描と背景で時間が足りなくなる。
「もしや、漫画の…風来ロウの新作ですか!」
ハトさんが目を輝かせる。疲れがぶっ飛んだように目が開いているが、そんなに好きなのか。
「ああ『風来ロウ~偽りの五人の姫と宝珠~』の連載してるだろ?あれの続きだ」
「くっ…できれば私も漫画のお手伝いをしたいのですが…!いかんせん作業が!」
ハトさんがいたら背景を頼むんだが、今回はケルンに任せるしかないな。忙しいんだし。
新作の漫画も本当はもっとゆっくりやる予定だった。
『風来ロウ~偽りの五人の姫と宝珠~』は、ロウがたまたま盗賊団と戦い、アジトにいた人々を助けに行くと、修行先に選んだ国から拐われた五人の姫が口々にいったある言葉から物語が始まる。
「私は姫ではありませんが、姫なのです。いいえ、姫だからこそ姫ではないのです」
その謎な言葉と彼女たちの持っている宝石の欠片の秘密を解いていく…するとロウは恐るべき真実へとたどりつくのだ。
という構想でさらさらと描いたらあまりにも一冊にする時間がなくて、連載とかにしてみようかな?と印刷所の所長に父様を介して相談をした。
モフーナには連載という概念がなかったから、説明しにくかったが、とりあえず何ページかにわたって書いてみようかと思ってそのことを伝えた。雑誌や新聞でもあればよかったのだが、雑誌はないし、新聞もそんなに分厚いものではない。
どうにかないかな?と相談すれば所長さんの知り合いだという八百屋さんが作ってる月刊で出している『ペッパーケーフ』とかいうのを教えてもらった。
『ペッパーケーフ』は自分の店の今樹月のおすすめや、王都の月別のおすすめなどを紹介しているフリーペーパーや、広報紙に近いものに便乗させてもらった。
銅貨一枚の値段で販売しているが、赤字だったらしい。そんなこと知ってるって情報が多かったみたいだから仕方ない。
発想は悪くないと思うんだけどな。自分の店で安く売る物と行事の案内を組み合わせて売り上げをあげようとするのは、悪くないだろう。
発行部数とかを考えれば月刊でまとめて大量に発注して経費を押さえても売り上げなくて大赤字だったろう。
あくまで時間伸ばしだし、資金援助も俺の懐から出そう。
で、試しに先週のに載せてもらった。
すると完売と増刷と、週刊に変えてくれとの要望がたんまりきたが、月刊のままにしてもらっている。
最初なんて日刊でお願いしますとかきてたが、それでは意味ないじゃねぇか!とお断りしたのだ。あくまで月刊だからいい。
八百屋さんは宣伝効果も出て売り上げが上がっているし、行事のことも再注目され人が来ることでの利益に気付いた人たちが、八百屋さんのところに自分たちの店や行事を載せてほしいと頼みに行っているそうだ。
頑張ってくれ。俺は知らない。
「お兄ちゃん、ナザドみたいな感じがするよ?」
「やめてくれ。あんなやんでねぇよ」
あいつみたいになってたらしばらく寝込むわ。
「はぁ…完成までもうすぐなんですが…細かい修正が…何分初めての代物ですから」
「そりゃ、仕方ないからな。そっちを優先してくれよ。…でもあまり無理をするなよ?色を付けて給金はちゃんと出すから」
今回、元はといえば俺がいいだしたことだ。ボランティアで参加をしてくれているつもりのハトさんたちだが、俺は正式に雇ったつもりでいる。
きちんとした仕事の対価は払わないといけないからな。俺個人の出せる範囲になるが、一応カルドに給金の計算と支払いを頼んでいるから、終わり次第みんなの手持ちの口座や、口座を持っていない人には直接給与を支払う。
「何をおっしゃいますか!エフデ様…いえ、総監督!私たちはこの歴史を変える事業に給金など求めておりません!」
そう総監督。
今回『水のクラン戦』に合わせて俺たちは映画を作っている。
普通の映画ではなく、俺たちはアニメを作っているのだ。
前に危惧したとおり俺は総監督であり、原作・脚本家だ。ハトさんは作画チーフとして頑張ってもらっている。だいぶ楽だ。
参加者も増えたし…職員も何人か来ているけど、クラン戦を放っていないか?
外部でも協力を頼んだというか…父様が話したりするから…ある人が映写機とかを作っているので、その人に釣られて何人か参戦している。
「いや、払わせてくれよ?」
「ハトさん。お兄ちゃんのいうとおり!頑張ったらね、ごほうびなんだよ!」
「しかし」
「まぁ、ほら。結婚のお祝い金だと思って。他の人たちも頑張ってるからな」
「総監督…」
感動しているところ悪い。
俺は知っているんだ。婚約者から自分ばかりずるい!と怒られていることを。早く解放させたいな。さもなくば、結婚する前に破綻しそうだからな。
「俺も手伝うからな」
「僕も!」
ケルンも手をあげて手伝ってくれるというのだ。原稿は…寝る前にやるか。暇つぶしだしな。
「みんなも俺がいるんだから、頼ってくれよ!」
『はい!』
俺の言葉に全員が返事をした。
なんだろう…嫌な予感が。
「ハトチィーフゥ!ここの確認をお願いします!」
「わかった!…それでは…総監督はケルン君とここで流れをみてください。それと場面78からのところなんですが、演出から音をいれたらどうかとの意見がありましたので、ご一考ください」
「おう…ここからか…」
早速の仕事か…えーと、ここの場面は…そうだな。音がほしいな。
「総監督!楽団が確認を」
「総監督!音声確認を」
「総監督!機材きました!確認を」
次々と声が聞こえて最後は揃った。
『お願いします!』
容赦ないな。
「…暇ってどこに売ってたかな?」
おかしいな、漫画の原稿を書きつつチェックするつもりが、チェック項目…また知らないうちに増えてね?俺、総監督だぞ?
「お兄ちゃん!僕もいっーぱい!お手伝いする!」
ケルンがはい!はい!と手をあげるので癒された。
「んー…じゃあ、ケルン。ここから読んでみて、足りないところあったらいってくれ…たぶん、みんな即追加で作るだろうからな。元々、お前のためなんだし」
「わかったー!」
ケルンに追加シーンの絵コンテをみせる。嬉しそうに絵コンテとト書きや指示を読んでいる。
ケルンが喜ぶため。そこには嘘偽りはない。ケルンが喜ぶからこそ、めんどうでもやっているんだ。
「ってかすでに予定の七倍も絵コンテが貼り出されてるんだけど…」
枚数がそれだけ増えたってことか…予定よりもぬるぬる動くだろうな。
短編の予定が初っぱなから長編とかミスったな。
「ねー、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「僕ね、ここ好きなんだけど…あのね、ちょっと遠いよ?」
「どれどれ…確かに…嵐だから雷雨の表現をこりたいのはわかるけど、これではな…おーい、ハトさん!」
「はい!総監督!なんでしょう!」
ケルンの指摘をハトさんにも伝える。
「場面93からの嵐なんだけど、主人公の顔を全面に出してくれるか?えーと…こんな風な焦りつつ、疲れながらも目はしっかり前を見て、たまに意識を失いかけつつ…んで、ここはこうで…」
白紙の紙に新しい絵コンテを描く。自然の猛威を先に出すより、ここは主人公の目線でみせた方がいい。
ふらふらと意識が遠のく中で雷雨によりはっとする。こんな感じだな。
「なるほど!…臨場感が違いますね!すぐに描きます!おーい!場面93追加あるぞ!崇めろ!そして拝め!総監督の直筆だぞ!」
「やったぁぁ!」
「うひょぉぉぉ!」
怨嗟の声でも来るかと思ったんだが、逆に歓声があがって、他の人たちが羨ましそうに…あ、効果音が増えるから先生が曲書き出してる。手が早いってか、四本に見えるほど高速なんだけど。
「カフェに何か混ぜてるのか?」
興奮するような物を、コーザさんがいれてるのか?大丈夫か?
「カフェに混ぜ混ぜしてるよ?」
「は?誰が?ケルンが?」
「うん!」
ケルンがにこっと笑いながらいった。
「な、何をだ?どの薬だ?」
待て待て待て。屋敷にいるころにお薬やさん!とかいって調合しまくった中に危険なものはなかったはずだ。ケルンのそばに毒草なんてないからな。薬草ばかりだからたいりょくとかを快復する薬と、血止めぐらいは作ったことはある。
あとはエルフの秘薬だけど、あれをいれたのか?
「ってか、いつ!」
「んっとね、カフェをいれてあげるとき!」
「そんな短時間に…ど、どうやって?」
「んーとね、じゃぁねーお兄ちゃんのも作るね!」
「お、おう、いや、あの。ケルン?」
確かに毎回ケルンがカフェを配るのを手伝っているのは知っているが…俺が手元に目をやっている間に薬を混ぜるなんて…はい?
「はちみつをいれてーおいしくなーれ!」
何をしてるのかな、ケルン。
蜂蜜をいれてるだけなら問題はない。
問題はウィンクをして人さし指で投げキッスだ。キラキラしたもんがカフェにどんどん入ってるんだけど。
「…おい、誰だ。うちの弟にあんな仕草教えたやつ。すぐ出てこい」
何人も目をそらしたが…修羅場だから許してやるか…次はねぇけどな。
ケルンは備え付けの紙のコースターに何やら書いてからカフェをその上に置きトレイにのせて持ってきた。
「はい、お兄ちゃん!どうしたの?」
「ありがとう…兄ちゃんはお前の将来が心配だわ…」
たぶん、カフェの店員とかになればお前目当ての客ができるわ。ストーカーとか絶対できるわ…なんで、紙のコースターに『いつもありがと。だいすき』なんてさらっと書くんだろうか。常連客でも作る気か?
ってか、だからみんなの机がカフェまみれなのか!紅茶は淹れっぱなしにはできないし、淹れたてだから美味しいがケルンにはできないからな。
その点、カフェは冷たくしても美味しく飲めるうえに、注ぐだけだし、眠気覚ましにもなる。
しかもよくみたら紙のコースターをみんな机に置いているが、何か文字か絵を書いてるな…胃に悪いからほどほどにさせようか。
ケルンが注いでくれたカフェは美味しいがいつもより甘く感じた。キラキラいりだからか。
疲れが取れそうだ。
ハトさんとはゆっくりあとで話し合おう。真っ先に目をそらしたのは見逃してないからな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明日から毎日投稿にもどれそうです。予定ですが。
もしおもしろいと思っていただけたらぜひお気に入り登録をお願いします。
「おい!場面130からの資料がないぞ!」
「絵の具がきれたわ!補充はどこにおいたのよ!」
「ばってん…ここは…いや、こっちがよか…おいとしてはここが…ばってん…」
「おまん、なんしちゅうがや!指示がでとろぉが!」
教壇にむけられていた机の配置はとっくに変えられている。
各々が作業をしやすいように、区切られて今では作業班でわけられている。
ってかまた人が増えたような気がするんだけど。
あの人とかヴォルノ君の音楽の先生だったよな?ばってんばってんっていってる人。
そこかしこから漂うのはハルハレで淹れてもらったカフェだ。保温ボトルにたっぷり入っている。それが机の一角に十ほどある。お菓子や軽食もこんもんだ。けど六十人ほどいるが、すぐになくなるので、追加注文を毎回している。
カフェは店に出すのよりだいぶ濃くしてもらっているので、みんなのコップの中は真っ黒といってもいいだろう。
寝泊まりしている人もいるらしいが…体を壊さないのだろうか。
煙草の煙でも充満してそうだが、禁煙だ。
モフーナでは葉巻が嗜好品の一種として喫煙されている。薬草を主として使っているため、健康被害はないらしいがたまに幻覚作用のあるものもあるらしい。
しかしながらハルハレは喫茶店だ。葉巻を嗜むお客さんももちろんいる。それで知ったことだが、俺はどうも苦手らしい。ハルハレは店だから仕方ないが学園内ではあまり葉巻を見たくはないな。
最初の授業のときには、俺は部屋が煙ったいのが嫌いなので作業の合間に吸いたいなら指定の場所に行くように伝えた。
これは体質的なものだけではなく、家庭環境もあるのだろう。魔法使いだと吸う人はあまりいないからだ。
精霊様によっては嫌う精霊様もいるらしいが、逆に好む精霊様もいるらしい。好むということは思考があるし、個性があるということだ。
すなわち上級の精霊様に好かれやすい…かもしれない。そのかもしれないでも一応効果は多少はある。中級でも意思のある精霊様と契約をしやすいそうだ。
そのため、魔力はあっても上級の精霊様との縁がない魔法使い以外は吸わないのだ。
残り香ですら、俺はあの独特な匂いが嫌いなのと、ケルンも匂いが嫌いなのもあって、喫煙していた聴講生は自主的に全員禁煙している。
なくても問題ないらしく、むしろ頭がすっきりしているそうだ。
そんな嗜好品を許可してもいいんじゃないかと思うほど、描き込む音と指示の声と誰かしらがなにやら呟き続けている。
ありていにいってしまえば…作業場の気迫がすごい。
全員頭に『エフデと愉快な教室』っていう文字が書いてあるハチマキしてるんだけど、俺らもするかなぁ…うん。
「ケルン。ハチマキしよう」
「まきまきする?お兄ちゃん結んでくれる?」
「おう…っと…ほら。きつくないか?」
「だいじょーぶ!みんなとお揃いだね!」
ケルンにもハチマキしてやる。
『エフデと愉快な教室』のハチマキは冗談であればいいなといったら次の日には用意されていたのだ。
作ったのは確実にフィオナだ。ナザドの前で話すんじゃなかったが…今では連帯感がでてわりと気に入っている。
「エフデ様!すいません!気づかなくて!ケルン君も授業の邪魔をしないから許してね?今日は何をするのかな?」
他の聴講生に指示を出しつつ自分の作業を行っていたハトさんが慌ててこちらにやってきた。
ほとんど聴講生が作業をしているだけだからな。授業とはいえない。
「いや。構わんよ。ハトさんこそ作業に集中していてくれていいぞ。俺たちは授業をやってるから」
「お兄ちゃんとお絵描き!たーくさんあるんだ!」
ぶっちゃけ、ケルンの授業にかこつけた内職だ。
ケルンに手伝ってもらわないといけないほど、注文がすごくたくさんきているからな…とくに漫画の原稿。
唯一戦力になるケルンには背景を頼んでいる。トーンとかモデル作ったら何種類か用意してくれねぇかな…点描と背景で時間が足りなくなる。
「もしや、漫画の…風来ロウの新作ですか!」
ハトさんが目を輝かせる。疲れがぶっ飛んだように目が開いているが、そんなに好きなのか。
「ああ『風来ロウ~偽りの五人の姫と宝珠~』の連載してるだろ?あれの続きだ」
「くっ…できれば私も漫画のお手伝いをしたいのですが…!いかんせん作業が!」
ハトさんがいたら背景を頼むんだが、今回はケルンに任せるしかないな。忙しいんだし。
新作の漫画も本当はもっとゆっくりやる予定だった。
『風来ロウ~偽りの五人の姫と宝珠~』は、ロウがたまたま盗賊団と戦い、アジトにいた人々を助けに行くと、修行先に選んだ国から拐われた五人の姫が口々にいったある言葉から物語が始まる。
「私は姫ではありませんが、姫なのです。いいえ、姫だからこそ姫ではないのです」
その謎な言葉と彼女たちの持っている宝石の欠片の秘密を解いていく…するとロウは恐るべき真実へとたどりつくのだ。
という構想でさらさらと描いたらあまりにも一冊にする時間がなくて、連載とかにしてみようかな?と印刷所の所長に父様を介して相談をした。
モフーナには連載という概念がなかったから、説明しにくかったが、とりあえず何ページかにわたって書いてみようかと思ってそのことを伝えた。雑誌や新聞でもあればよかったのだが、雑誌はないし、新聞もそんなに分厚いものではない。
どうにかないかな?と相談すれば所長さんの知り合いだという八百屋さんが作ってる月刊で出している『ペッパーケーフ』とかいうのを教えてもらった。
『ペッパーケーフ』は自分の店の今樹月のおすすめや、王都の月別のおすすめなどを紹介しているフリーペーパーや、広報紙に近いものに便乗させてもらった。
銅貨一枚の値段で販売しているが、赤字だったらしい。そんなこと知ってるって情報が多かったみたいだから仕方ない。
発想は悪くないと思うんだけどな。自分の店で安く売る物と行事の案内を組み合わせて売り上げをあげようとするのは、悪くないだろう。
発行部数とかを考えれば月刊でまとめて大量に発注して経費を押さえても売り上げなくて大赤字だったろう。
あくまで時間伸ばしだし、資金援助も俺の懐から出そう。
で、試しに先週のに載せてもらった。
すると完売と増刷と、週刊に変えてくれとの要望がたんまりきたが、月刊のままにしてもらっている。
最初なんて日刊でお願いしますとかきてたが、それでは意味ないじゃねぇか!とお断りしたのだ。あくまで月刊だからいい。
八百屋さんは宣伝効果も出て売り上げが上がっているし、行事のことも再注目され人が来ることでの利益に気付いた人たちが、八百屋さんのところに自分たちの店や行事を載せてほしいと頼みに行っているそうだ。
頑張ってくれ。俺は知らない。
「お兄ちゃん、ナザドみたいな感じがするよ?」
「やめてくれ。あんなやんでねぇよ」
あいつみたいになってたらしばらく寝込むわ。
「はぁ…完成までもうすぐなんですが…細かい修正が…何分初めての代物ですから」
「そりゃ、仕方ないからな。そっちを優先してくれよ。…でもあまり無理をするなよ?色を付けて給金はちゃんと出すから」
今回、元はといえば俺がいいだしたことだ。ボランティアで参加をしてくれているつもりのハトさんたちだが、俺は正式に雇ったつもりでいる。
きちんとした仕事の対価は払わないといけないからな。俺個人の出せる範囲になるが、一応カルドに給金の計算と支払いを頼んでいるから、終わり次第みんなの手持ちの口座や、口座を持っていない人には直接給与を支払う。
「何をおっしゃいますか!エフデ様…いえ、総監督!私たちはこの歴史を変える事業に給金など求めておりません!」
そう総監督。
今回『水のクラン戦』に合わせて俺たちは映画を作っている。
普通の映画ではなく、俺たちはアニメを作っているのだ。
前に危惧したとおり俺は総監督であり、原作・脚本家だ。ハトさんは作画チーフとして頑張ってもらっている。だいぶ楽だ。
参加者も増えたし…職員も何人か来ているけど、クラン戦を放っていないか?
外部でも協力を頼んだというか…父様が話したりするから…ある人が映写機とかを作っているので、その人に釣られて何人か参戦している。
「いや、払わせてくれよ?」
「ハトさん。お兄ちゃんのいうとおり!頑張ったらね、ごほうびなんだよ!」
「しかし」
「まぁ、ほら。結婚のお祝い金だと思って。他の人たちも頑張ってるからな」
「総監督…」
感動しているところ悪い。
俺は知っているんだ。婚約者から自分ばかりずるい!と怒られていることを。早く解放させたいな。さもなくば、結婚する前に破綻しそうだからな。
「俺も手伝うからな」
「僕も!」
ケルンも手をあげて手伝ってくれるというのだ。原稿は…寝る前にやるか。暇つぶしだしな。
「みんなも俺がいるんだから、頼ってくれよ!」
『はい!』
俺の言葉に全員が返事をした。
なんだろう…嫌な予感が。
「ハトチィーフゥ!ここの確認をお願いします!」
「わかった!…それでは…総監督はケルン君とここで流れをみてください。それと場面78からのところなんですが、演出から音をいれたらどうかとの意見がありましたので、ご一考ください」
「おう…ここからか…」
早速の仕事か…えーと、ここの場面は…そうだな。音がほしいな。
「総監督!楽団が確認を」
「総監督!音声確認を」
「総監督!機材きました!確認を」
次々と声が聞こえて最後は揃った。
『お願いします!』
容赦ないな。
「…暇ってどこに売ってたかな?」
おかしいな、漫画の原稿を書きつつチェックするつもりが、チェック項目…また知らないうちに増えてね?俺、総監督だぞ?
「お兄ちゃん!僕もいっーぱい!お手伝いする!」
ケルンがはい!はい!と手をあげるので癒された。
「んー…じゃあ、ケルン。ここから読んでみて、足りないところあったらいってくれ…たぶん、みんな即追加で作るだろうからな。元々、お前のためなんだし」
「わかったー!」
ケルンに追加シーンの絵コンテをみせる。嬉しそうに絵コンテとト書きや指示を読んでいる。
ケルンが喜ぶため。そこには嘘偽りはない。ケルンが喜ぶからこそ、めんどうでもやっているんだ。
「ってかすでに予定の七倍も絵コンテが貼り出されてるんだけど…」
枚数がそれだけ増えたってことか…予定よりもぬるぬる動くだろうな。
短編の予定が初っぱなから長編とかミスったな。
「ねー、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「僕ね、ここ好きなんだけど…あのね、ちょっと遠いよ?」
「どれどれ…確かに…嵐だから雷雨の表現をこりたいのはわかるけど、これではな…おーい、ハトさん!」
「はい!総監督!なんでしょう!」
ケルンの指摘をハトさんにも伝える。
「場面93からの嵐なんだけど、主人公の顔を全面に出してくれるか?えーと…こんな風な焦りつつ、疲れながらも目はしっかり前を見て、たまに意識を失いかけつつ…んで、ここはこうで…」
白紙の紙に新しい絵コンテを描く。自然の猛威を先に出すより、ここは主人公の目線でみせた方がいい。
ふらふらと意識が遠のく中で雷雨によりはっとする。こんな感じだな。
「なるほど!…臨場感が違いますね!すぐに描きます!おーい!場面93追加あるぞ!崇めろ!そして拝め!総監督の直筆だぞ!」
「やったぁぁ!」
「うひょぉぉぉ!」
怨嗟の声でも来るかと思ったんだが、逆に歓声があがって、他の人たちが羨ましそうに…あ、効果音が増えるから先生が曲書き出してる。手が早いってか、四本に見えるほど高速なんだけど。
「カフェに何か混ぜてるのか?」
興奮するような物を、コーザさんがいれてるのか?大丈夫か?
「カフェに混ぜ混ぜしてるよ?」
「は?誰が?ケルンが?」
「うん!」
ケルンがにこっと笑いながらいった。
「な、何をだ?どの薬だ?」
待て待て待て。屋敷にいるころにお薬やさん!とかいって調合しまくった中に危険なものはなかったはずだ。ケルンのそばに毒草なんてないからな。薬草ばかりだからたいりょくとかを快復する薬と、血止めぐらいは作ったことはある。
あとはエルフの秘薬だけど、あれをいれたのか?
「ってか、いつ!」
「んっとね、カフェをいれてあげるとき!」
「そんな短時間に…ど、どうやって?」
「んーとね、じゃぁねーお兄ちゃんのも作るね!」
「お、おう、いや、あの。ケルン?」
確かに毎回ケルンがカフェを配るのを手伝っているのは知っているが…俺が手元に目をやっている間に薬を混ぜるなんて…はい?
「はちみつをいれてーおいしくなーれ!」
何をしてるのかな、ケルン。
蜂蜜をいれてるだけなら問題はない。
問題はウィンクをして人さし指で投げキッスだ。キラキラしたもんがカフェにどんどん入ってるんだけど。
「…おい、誰だ。うちの弟にあんな仕草教えたやつ。すぐ出てこい」
何人も目をそらしたが…修羅場だから許してやるか…次はねぇけどな。
ケルンは備え付けの紙のコースターに何やら書いてからカフェをその上に置きトレイにのせて持ってきた。
「はい、お兄ちゃん!どうしたの?」
「ありがとう…兄ちゃんはお前の将来が心配だわ…」
たぶん、カフェの店員とかになればお前目当ての客ができるわ。ストーカーとか絶対できるわ…なんで、紙のコースターに『いつもありがと。だいすき』なんてさらっと書くんだろうか。常連客でも作る気か?
ってか、だからみんなの机がカフェまみれなのか!紅茶は淹れっぱなしにはできないし、淹れたてだから美味しいがケルンにはできないからな。
その点、カフェは冷たくしても美味しく飲めるうえに、注ぐだけだし、眠気覚ましにもなる。
しかもよくみたら紙のコースターをみんな机に置いているが、何か文字か絵を書いてるな…胃に悪いからほどほどにさせようか。
ケルンが注いでくれたカフェは美味しいがいつもより甘く感じた。キラキラいりだからか。
疲れが取れそうだ。
ハトさんとはゆっくりあとで話し合おう。真っ先に目をそらしたのは見逃してないからな。
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盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
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