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第五章の裏話

王都ギルド ➂

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 表面上は穏やかなティストールたちではあるが、ギルドの職員として冒険者たちを見てきた人間からすれば、建国貴族であることを差し引いても、気安く声をかけにくい。
 冒険者たちも威嚇しているランディよりもティストールから発している怒りを感じてとっていて、誰もが遠巻きにしているほどだ。

 だというのに、副座の男は何かの計算をしていたのか、目をきょろきょろと動かして愛想笑いを浮かべる。

「フェスマルク様!」

 ねばっこく声をかけられ、ティストールは一瞬不愉快そうに顔を歪めた。

「なんだね?君は誰だ?」
「私は栄光ある王都ギルドの副座にして栄えあるクウリイエンシア国貴族の末席に連なるドフメル・サンジ・ボルモア・ベルベロアでございます。まさかこのような粗末な場でフェスマルク家のティストール様にお会いできて光栄であります」

 男の言葉の途中から、視線は別な方向へとむいており、集中しようとしてすりよってくる男の声で邪魔をされているのか、眉をよせて男の後方にいるカルドに声をかける。

「カルド」
「はい、旦那様。サンジ・ボルモア・ベルベロア家は百年ほど前に神聖クレエル帝国から亡命してきた貴族です」
「長い名前はあちらの流儀だったか」

 クウリイエンシアではあまり馴染みのない貴族の名前であるが、カルドはすぐに答えた。
 ドフメルが美辞麗句をつらつらと止まることなく続けているのを全て無視をして用件を伝える。

「それで、主座はどうした?用があるんだが」

 その言葉をきくと、ドフメルは余裕のあった態度ではなくなった。
 見も知らぬ獣人であるなら適当にあしらうが、相手が自分よりも格上の貴族であるからの違いだろうか。

「あのような粗暴な者がフェスマルク様に顔を見せるなどとんでもありません!あやつは他のギルドに話をするといって出ていっておりますので、私がご用件をたまわりたく」

 ティストールはドフメルを冷めた目でみる。
 カルドはそこで主人の様子があまりにも違うことに不思議に思った。いくら無礼者であろうと自分の主人はそこまで気にしない。冒険者ギルドでは、礼儀作法なんてものを気にする人間の方が少ない。王都ギルドの主座も冒険者あがりで、礼儀作法を気にする人間でもない。
 第一、主座とティストールたちは顔見知りである。依頼を共にこなしたこともある。

 冒険者として復帰したカルドとは異なり、ティストールは最近の冒険者ギルドのことは知らない。昔の感覚からドフメルのような男を不快に思っているのかもしれない。
 それにしては、ドフメルのような貴族など見飽きるほどみてきているはずである。

「そうか。さて…」

 一呼吸置いて、値踏みをするかのように目を細める。

「副座でも構わんだろう。サイジャルにて冒険者が犯罪を犯した。そいつらのこれまでギルド内の依頼及び仕事仲間の情報を提出してくれ」
「サイジャル?こ、ここは王都ですよ!あちらにも支部があります。あちらに問合せをなさってください」

 少し声量をあげて用件を伝えればドフメルは困惑した表情になる。
 他の職員も同じような顔になっていた。
 サイジャルで問題を起こした冒険者はサイジャル支部で処罰するのが当たり前の話だ。

「そやつらに少し聞いたら王都に拠点を置いていたらしい。よく依頼を受けにきたともな。これがそいつらのギルド員の証だ。早く照会して今まで受けた依頼、特に最後の依頼や支援者を教えてくれ。あとは、一緒に依頼をこなした者も教えてくれたら助かるな」

 その言葉に職員たちは納得した。確かに拠点は王都でも遠征をしている冒険者はたくさんいる。どのような犯罪かはわからないが、これまで受けた依頼や共に依頼を受けた者の中に共犯者がいないとは限らない。
 ただ気になるのはそれを建国貴族であるティストールがしていることだ。本来、こういうったことは国のしかるべき部署が動くかギルド内で処理をしている話なのだ。

 受付でカルドに声をかけられた職員はティストールの持っているギルドの証をみて確かに王都で発行された物だと判断した。ギルドランクを現す証は円形のバッチで、各支部の印を使っているのだ。王都ギルドで発行された物は初代国王が考案した箱に数字が羅列されたものだ。

 ギルドの証はランクが高くなれば証の中央に小さな宝石をはめていくようになっている。宝石の種類で判断できるようになっており、ティストールが持っているのはAランクの証であるオパールだ。

 Aランクの誰が犯罪を起こしたのだろうか。証の裏の氏名を確認する前に素行の悪い人物を各々職員たちは浮かべていた。
 しかし、それも頭から抜け落ちてしまう。

「なんと!なんたる横暴にございましょう!いくら建国貴族でも、情報を開示するなどできません!」
「誰が建国貴族としてだと?…SSランクとしてギルドにいっているんだが?」

 ドフメルがいきなりわめき散らした。
 唖然としたのは職員たちだ。ティストールの言葉に変なところなど一切ない。それどころか当然なのだ。

「そもそも冒険者が犯罪を犯した場合、ギルドに情報を提供する義務があるはずなんだが?おかしな話ではないだろう?」
「そ、そのような取り決めはございません!」

 犯罪を犯したものは裁判による判決が出るまでギルドは情報を出すことに協力する。
 それは職員規定にも乗っている。もちろん、ギルド独自で冒険者が犯罪を犯したのか、巻き込まれたのかも調査をする。犯罪者であれば引き渡し、濡れ衣だった場合は全力で争う。
 そうやってギルドは国と渡り歩いてきているのだ。

 副座の言葉はギルドを否定することだった。
 王都のギルドで受付をする。そんな夢を叶えたばかりの彼女は副座の言葉が信じれなかった。先人たちが積み上げてきた信頼に泥を塗るだけではなく、犯罪者を匿っていると思われればギルドの信用はなくなってしまう。
 それゆえ、副座につい反抗してしまった。

「あの、副座。ギルドとしてはフェスマルク様のおっしゃることが正しいと」
「小娘が口をはさむなぁ!」
「きゃっ!」

 ドフメルに近づいて声をかけた彼女をドフメルは突き飛ばす。
 それをみて音もなくカルドは彼女の背後にいき、支える。

「あ、ありがとうございます」
「いえ」

 頬を赤らめる受付嬢に興味もなく淡々とカルドは言葉を返した。それよりも、ドフメルがわめきちらし出してから、嫌な臭いがしだしたのだ。
 腐った脂がとけるような…腐敗臭でも特殊な臭いだ。

「やはり…お前、契約しているな?」
「な、なんでしょうか。契約?はて?」

 慌てているようにドフメルがいっているが、口元は余裕のある笑みを浮かべている。
 ちぐはぐな態度ではある。

 それ以上に場を支配するのは強い殺気だった。

「風の精霊がいっている。魔霊の残滓があると。近づきたくないとな…お前…邪教徒か」

 魔王を神として崇める邪教徒はどこの国でも見つけしだい捕らえられるようになっている。
 ただ魔王を崇めるだけの信者ではないからだ。

 彼らは人を魔族に供物として捧げている。それも自分の欲望のためだけにだ。
 彼らは精霊すらも供物にする。見返りとして魔族に従う魔霊と契約して魔法を行使できるようになる。

「魔霊よ!我が身を助けよぉぉ!」

 ドフメルは契約をしている魔霊に命じる。
 精霊であるなら魔力を糧に力を貸すだろう。それがどのような人間であろうとだ。しかし、魔族や魔霊に力を貸す人間には精霊は力を貸さない。

 精霊が魔力を糧にするならば魔霊は何を糧にするのだろうか。
 答えはすぐにでる。

「くぴっ」

 ドフメルが膨らんでゆく。衣服は弾け飛び、手足は胴体との境をなくして顔すらも肉に埋まる。
 すでにドフメルの元々あった肉よりも膨らんだそれは弾ける寸前の風船のように中がうっすらとみえる。

 中心でぐるぐると何かが渦を巻いている。

「全員、そこを動くな!精霊よ、この場の者を守れ!『プロテクト』再度頼む!『プロテクト』」

 ティストールが魔法を行使する。二度の詠唱により、ギルド内の人間を透明な箱が囲う。入り口付近の冒険者はギルドの外に逃げればすむが、職員たちはそうもいかないかったのだ。そもそもドフメルの突然の膨張で身動きすらできていなかった。
 彼ら彼女らは異常な姿をみることしかできなかったのだ。

 すでに人であったとは思えない膨張した肉の塊。中心で渦を巻いていた何かが角のある髑髏になったと思えば、一つの爆弾のように弾ける。

 肉が弾けただけでは到底出せない風圧を伴った爆発。
 たった一回の爆発でギルドの建物は崩壊した。

 悲鳴があがりながらも誰一人として怪我を追うことはなかった。

「精霊よ、『エアースラッシュ』」
「『剛力』『神速』…ふっ!」

 崩れ落ちる建材をを細切れにする。ティストールは魔法で、カルドはどこからか取り出した短剣を振るったのだろう。誰の目にもわからないままあっというまに押し潰されそうな天井はなくなってしまった。

 土埃がおさまり、三人以外は立っていられなかった。

「旦那様!やっぱり、悪いやつがいただよ!」
「そうだな…とても悪いやつだったな」

 鍬をぶんぶんと振り回しているランディに声をかけながら、ティストールは髭をなでつける。

「旦那様、もう他にはないようです」
「…仕掛けていたみたいだが…みな怪我がなくてよかった」

 カルドの報告を受けながら、ため息をする。
 ティストールはギルドの細工に気づいていた。ギルドに足を踏み入れてからというもの、精霊たちが騒がしかったのだ。

 ギルドの壁に爆薬が仕掛けてあるのも、何か危険があったら情報漏洩を防ぐために使うのだろうかとも思ったのもある。
 なにせ、会いにきた男は生粋の爆発が好きな男だったからだ。知らない間に仕掛けてあるのも無理はない。

 それを利用したのか、知らなかったのはわからないが、結果としてギルドの崩壊になってしまった。

「魔霊が出たならば、念のため浄めなくてはいけないな…ルワントを呼んでこないと…」
「旦那様。その前に掘り起こさないとなりません」

 一度でも、魔霊が出た場所は精霊が嫌う。ティストールほどの魔法使いならば問題はないが、魔力の少ない者では魔法を使うのが難しくなるだろう。王都では魔法を商いに使うものも大勢いる。影響が出ないとも限らない。

 時の精霊と契約している教会の者ならば浄めることができる。

 全てが終わったら友人を呼ぶことを決めたティストールは、地の精霊の怒りの抗議に耳を貸す。

「地下か…ランディ。鍬を使うときだ。どうせ建物はないんだし、遠慮なくやってくれ」
「わかっただ!大地の精霊様、おらに少し力を貸してくれや『発破』!」

 ランディに命じれば毛を逆立ててランディは鍬を振り下ろした。
 それに呼応するように地の精霊たちは震えがある。

 長年建物が立っていた大地はかたく、普通であれば鍬などささらないだろう。
 そのうえささった場所から土が爆発を起こして一直線に建物があった区間内全てを耕すなどありえない。

 まして、異物を吐き出すようなことはしないだろう。

「あ、いたな」
「お任せください」

 目的のものを見つけたカルドが逃げ出さないように短剣を投げつける。

「ぎゃっ!くそがぁぁぁぁはなせぇぇぇ」

 隣の建物の壁に貼り付けられているのはドフメル…の首から上は確かにドフメルだろう。
 首から下はそれまでの肉に覆われた体からは想像できない体になってしまっている。

 背骨のような黒い細い体。おたまじゃくしのようなそれにはトゲがいくつもはえており、よくよく目をこらせばそのトゲの先には小さな目や舌がいくつも生えている。
 先端にある短剣は深くささっているが血の一滴も流れない。

「魔霊は魔族に従う。狂った精霊だ。人が扱えば…簡単に狂う。望んだような魔法が使えるわけがないだろう…人間をやめようなんて、理解に苦しむな…もはや虫のようではないか」

 まだドフメルの顔であったが、額が割れてそこから長い舌が飛び出る。舌にはドフメルの小さな顔がある。

「にげりゅうぅぅぅばばば、あひゃへへひひ」

 多重に声が聞こえる。
 あまりにも醜悪な姿に吐き出す者たちも出始めている。

「やはり…知能はどんどんなくなっていますね」
「そこまでして…永遠が欲しいと思うのだろうか…哀れだな…火の精霊よ、きておくれ『フレイムランス』」

 成人男性ほどの火の棒がドフメルに当たれば何も残さず燃え尽きた。

「情報をもらいにきただけなんだが…」
「掘り起こさねばなりませんね。金庫の中にあるでしょうから。瓦礫のどこかにあるはずです」

 穏便に情報をもらいにきただけのはずがとんでもないことになったもんだとティストールは思った。
 何も知らない者からすればまるで襲撃をしたかのようではないか。

「もしや、これはまたフェスマルク家の仕業だといわれるのか?」
「でしょうな…ランディが耕すのを見た者たちが多いですし」

 ちらっとみればランディは他にも悪人がいないかと周囲を警戒している。
 ここは王都だ。当然人も多く、すでに野次馬が群がっている。

「ご先祖様よりましだな。よし、気にしないでおこう」
「…迷宮を潰したときの方がひどかったですからね…」
「できかけだったから焦ったんだ…まさか森林火災になるとはな」

 自分の先祖の偉業を思えば小さなことだ。それに学生のころの方が被害は大きかった。
 ティストールは学生のころを思い出して愛しい息子たちのことに思考をむける。

「息子たちもほどほどにサイジャルで過ごせばいいが…クラン戦には出ないだろうから、安心だ」
「…旦那様。娘から『水のクラン戦に来てくれとエフデ様から頼まれたのでお休みをください』と相談されたのですが、娘から聞いていませんでしたか?」

 申し訳なさそうなカルドの言葉にティストールは目を見開く。

「エフデとのデートかと思ったんだが!よりによってクラン戦か!…まぁ、『水』ならいいか…エフデもケルンの体質を考えれば他のには出さないはずだしな。そこは安心だ」

 息子と娘同然のエセニアが仲良くすることには問題はないが、クラン戦は少々厄介なことになる。特に交流戦は代々の因縁を考えれば控えた方がいいだろう。
 そんな風に思ってふと、いいことを思いついた。
 呆然としている受付嬢や、冒険者や王都の人々をみてティストールは再び髭を触って一言呟いた。

「…ポルティにもギルドを作ろうか」
「その方がよろしいと思います」

 数日後にポルティにギルドが設立されることになったのだった。
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