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第五章の裏話
王都ギルド ②
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ギルドの入り口はざわざわと騒がしくなっていた。
依頼を発注しにきた者と依頼を受けにきた冒険者の囁きが重なっているためだ。
ティストール・フェスマルクは建国貴族にして、首席ロイヤルメイジであるだけではない。彼自身が冒険者として生存している中では最高であるSSランクの人間だからだ。
そして、彼は一人で国を滅ぼせる存在である。
そんな彼は表面上は何も感じさせない。ただ、いつもより声量があがっている。彼のことをよく知っている人物ならば、彼がひどく苛立っているとすぐにわかるだろう。
「カルド、話はついたのか?ほら、ランディ鍬を構えないでいいから…まだな」
「旦那様!ここに若様や坊ちゃまを傷つけたやつがいるなら、おら耕すだ!」
熊の獣頭の男の肩に手を添えながらも、あまり止める気もないのか、取り上げたりはしない。
そもそもティストールはなんとなく嫌な予感がしていた。
起床すると妻の寝顔をみるのが日課の彼がその日は寝過ごしていた。妻よりあとに起きるとは疲れかと考えたほどだ。
朝の挨拶に風の精霊や光の精霊がくるのだが、落ち着きがなかった。言葉を発するときもあるのだが、今日はただ落ち着きがなかった。
朝食をとろうと食堂にむかえば妻であるディアニアが朝食のときから気分が悪いのか血の気のなくなった顔になっていた。
「どうしたんだ!ディア!」
ディアニアが体調を崩すことは以前ならば不思議ではない。魔族の攻撃を受けてから体調を崩してばかりだった。
ケルンを身籠ってからは昔のように病気をしなくなったが、臥せっていた期間がすでに生活の一部になっていて、仮眠をとることもあるが、あきらかに体調不良になることはなかったからだ。
「…嫌な夢をみたの…ティス。なるべく早く今日は帰ってきて?」
「わかった。仕事を済ませたらすぐに戻る」
普通の仕事ならば部下に任せて休んでいただろうが、魔族の子爵が潜伏していた場所がわかり襲撃をかける日だった。
他の誰にも任せるわけにはいかず、急いで始末をつけ屋敷に戻っても、ディアニアの顔色はどんどん悪くなっていた。
医務官であったクレトス・ザクスを呼ぼうとしてもディアニアが止める。
「これはそういうものではないの…」
ようやく顔色が戻ったのは昼を過ぎてからだった。
その後すぐに屋敷に悲鳴と焦りが満ちるとはディアニア以外はわからなかった。
「なんだ?」
ディアニアの顔色が戻る少し前に精霊たちがひどく慌てていた。
『キタ…ヤミ…デタ…ダレ?』
精霊でもおしゃべりな風の精霊が単語を繰り返している。
風の精霊が降りやすいポルティに近いから風の精霊はもっときちんとした会話のできる精霊がくるはずだが、かなり慌てているのか、別な精霊が走り回っている。
ティストールは自分にむけてではない言葉に首をかしげる。ここまで繰り返すには理由があるはずだが、理由がわからない。
しばらくして、部屋で横になっていたディアニアがすっきりと…いや、怒りながらティストールの元へとやってきた。
「フィーはカルドをつれてきて。エセニアはランディも。ハンクは…自主判断ね」
「どうしたんだ?」
「お茶をしましょう。全員すぐに」
妻の突然の言葉にすぐに動いたのは姉妹同然に育ったフィオナだった。エセニアは母の行動に続いて慌てて部屋を出ていく。
全員が揃ったが会話はなかった。どこかピリピリとした空気の中、魔力をティストールは感じた。
空間が歪み手紙が空中に浮いている。
「ナザドからか?」
受取人の目の前に正確に手紙を配達できるような『転移』をできる魔法使いは限られる。通常は魔方陣や、座標に目標となる魔石などを置いた『転移箱』でなければ送ることは難しい。
「子供たちのことだと思うわ」
「ディアがいうならそうだろうな」
手紙を開封して最初の一行を読むなりティストールは絶句した。
『エフデさんがボージィン人形を使用しました。賊は捕らえています。学園の市場あたりで兄さんと遊んでいるのでお説教をしてください。それと賊は冒険者でした。王都の冒険者なので情報が隠される前に抜いてください』
「これは…ボージィン人形を使っただと?」
ボージィン人形はこの世の物ではない。ボージィンをこの世に現せた者はドワーフの王イムル。そしてエフデとケルンだけだ。『造物』スキルがない者では作ることはできないだろうと推察はできる。
ただ、芸術作品とはまったく異なる。
魔道具などではなく、神器と呼ばれる道具の一つがボージィン人形だった。世界で一つしかなく、一度使えば手元からなくなり、世界のどこかの迷宮に再度安置される代物だ。
効果は『どのような攻撃や呪いを受けてもそれこそ死のふちであろうとも何の代償もなく対象者を生き返らせる』という王家からも提出を求められた物だった。
フェスマルク家に仕えるカルドの長男であるティルカが、武者修行のおりに数年間潜っていた迷宮で得たが紛失したことにした物を使ったという衝撃だった。
ボージィン人形を失ったことではなく、使用したというのがティストールが絶句した理由だった。
「旦那様!どなたが使われたのですか!」
カルドが焦ったようにたずねる。フィオナやエセニアなどはすでに顔が真っ白で、ランディなどは口を開けてかたまっている。
「エフデが…」
ティストールの言葉にエセニアはお茶を運んでいたワゴンに崩れるように倒れこんでしまう。
「エセニア!しっかりなさい!若様は無事なの!」
フィオナが声をかけるが、涙を流してエフデの名前を何度も呟いている。
「…嫌な夢が当たったわね」
ディアニアは口だけ微笑んで、壁にかけてあった剣を手にとる。本当の自分の獲物はさすがに振るうわけにはいかないと頭のすみで理解はしていても手元に持っておきたかったのだ。
目に合わせて、抑えめの赤色のドレスをひるがえして夫へと問う。
「サイジャルへ行きましょうね?何のための学園なのかしら」
「待ってくれ!私とカルドが今から行く。ディアはとりあえず、それは置いて。賊の冒険者は捕まえているんだ…楽にさせる気はないだろ?」
「そう…ね…母親って大変ね。ここまで血がのぼるなんて…あの子を失ったとき以来ないわ」
ディアニアから剣を奪い取って話していけば、少し落ち着いたのか、席に戻った。
「それじゃ…エフデのお説教がすんだら私とフィーとエセニアを連れていって…ランディは…悪いんだけどエフデを苦しめた悪人どもを耕してくれるかしら?冒険者の質が落ちてる王都のギルドなんて更地にしてしまえばいいのよ」
「わかっただ!若様を傷つけたバカどもをおらが耕す!」
「おいおい…私もやらせてくれよ?」
フェスマルク家ではそのように話がすすんでいたのだ。
サイジャルでエフデに説教をしつつ、息子を傷つけた者たちを一人残らず根絶させねば怒りは収まらないのはティストールも、同じだった。
結果として怒りを抑えながらのやりとりはできないだろうとカルドは判断して、先触れとしてギルドに入っていた。
まだカルドは自分を抑えることができる。抑えた分は捕らえた冒険者で晴らすつもりである。
だからこそ、副座の対応に苛立ちはしても怒りはわかなかった。
もし邪魔をするというならば話は別になる。
今のカルドは自ら禁じ手にしている毒すら平然と使うだろう。
普段は人前に出るのをためらう穏やかなランディですら、血走った目でギルドの職員を睨んでいる。
それほどに彼らは怒り狂っていた。
依頼を発注しにきた者と依頼を受けにきた冒険者の囁きが重なっているためだ。
ティストール・フェスマルクは建国貴族にして、首席ロイヤルメイジであるだけではない。彼自身が冒険者として生存している中では最高であるSSランクの人間だからだ。
そして、彼は一人で国を滅ぼせる存在である。
そんな彼は表面上は何も感じさせない。ただ、いつもより声量があがっている。彼のことをよく知っている人物ならば、彼がひどく苛立っているとすぐにわかるだろう。
「カルド、話はついたのか?ほら、ランディ鍬を構えないでいいから…まだな」
「旦那様!ここに若様や坊ちゃまを傷つけたやつがいるなら、おら耕すだ!」
熊の獣頭の男の肩に手を添えながらも、あまり止める気もないのか、取り上げたりはしない。
そもそもティストールはなんとなく嫌な予感がしていた。
起床すると妻の寝顔をみるのが日課の彼がその日は寝過ごしていた。妻よりあとに起きるとは疲れかと考えたほどだ。
朝の挨拶に風の精霊や光の精霊がくるのだが、落ち着きがなかった。言葉を発するときもあるのだが、今日はただ落ち着きがなかった。
朝食をとろうと食堂にむかえば妻であるディアニアが朝食のときから気分が悪いのか血の気のなくなった顔になっていた。
「どうしたんだ!ディア!」
ディアニアが体調を崩すことは以前ならば不思議ではない。魔族の攻撃を受けてから体調を崩してばかりだった。
ケルンを身籠ってからは昔のように病気をしなくなったが、臥せっていた期間がすでに生活の一部になっていて、仮眠をとることもあるが、あきらかに体調不良になることはなかったからだ。
「…嫌な夢をみたの…ティス。なるべく早く今日は帰ってきて?」
「わかった。仕事を済ませたらすぐに戻る」
普通の仕事ならば部下に任せて休んでいただろうが、魔族の子爵が潜伏していた場所がわかり襲撃をかける日だった。
他の誰にも任せるわけにはいかず、急いで始末をつけ屋敷に戻っても、ディアニアの顔色はどんどん悪くなっていた。
医務官であったクレトス・ザクスを呼ぼうとしてもディアニアが止める。
「これはそういうものではないの…」
ようやく顔色が戻ったのは昼を過ぎてからだった。
その後すぐに屋敷に悲鳴と焦りが満ちるとはディアニア以外はわからなかった。
「なんだ?」
ディアニアの顔色が戻る少し前に精霊たちがひどく慌てていた。
『キタ…ヤミ…デタ…ダレ?』
精霊でもおしゃべりな風の精霊が単語を繰り返している。
風の精霊が降りやすいポルティに近いから風の精霊はもっときちんとした会話のできる精霊がくるはずだが、かなり慌てているのか、別な精霊が走り回っている。
ティストールは自分にむけてではない言葉に首をかしげる。ここまで繰り返すには理由があるはずだが、理由がわからない。
しばらくして、部屋で横になっていたディアニアがすっきりと…いや、怒りながらティストールの元へとやってきた。
「フィーはカルドをつれてきて。エセニアはランディも。ハンクは…自主判断ね」
「どうしたんだ?」
「お茶をしましょう。全員すぐに」
妻の突然の言葉にすぐに動いたのは姉妹同然に育ったフィオナだった。エセニアは母の行動に続いて慌てて部屋を出ていく。
全員が揃ったが会話はなかった。どこかピリピリとした空気の中、魔力をティストールは感じた。
空間が歪み手紙が空中に浮いている。
「ナザドからか?」
受取人の目の前に正確に手紙を配達できるような『転移』をできる魔法使いは限られる。通常は魔方陣や、座標に目標となる魔石などを置いた『転移箱』でなければ送ることは難しい。
「子供たちのことだと思うわ」
「ディアがいうならそうだろうな」
手紙を開封して最初の一行を読むなりティストールは絶句した。
『エフデさんがボージィン人形を使用しました。賊は捕らえています。学園の市場あたりで兄さんと遊んでいるのでお説教をしてください。それと賊は冒険者でした。王都の冒険者なので情報が隠される前に抜いてください』
「これは…ボージィン人形を使っただと?」
ボージィン人形はこの世の物ではない。ボージィンをこの世に現せた者はドワーフの王イムル。そしてエフデとケルンだけだ。『造物』スキルがない者では作ることはできないだろうと推察はできる。
ただ、芸術作品とはまったく異なる。
魔道具などではなく、神器と呼ばれる道具の一つがボージィン人形だった。世界で一つしかなく、一度使えば手元からなくなり、世界のどこかの迷宮に再度安置される代物だ。
効果は『どのような攻撃や呪いを受けてもそれこそ死のふちであろうとも何の代償もなく対象者を生き返らせる』という王家からも提出を求められた物だった。
フェスマルク家に仕えるカルドの長男であるティルカが、武者修行のおりに数年間潜っていた迷宮で得たが紛失したことにした物を使ったという衝撃だった。
ボージィン人形を失ったことではなく、使用したというのがティストールが絶句した理由だった。
「旦那様!どなたが使われたのですか!」
カルドが焦ったようにたずねる。フィオナやエセニアなどはすでに顔が真っ白で、ランディなどは口を開けてかたまっている。
「エフデが…」
ティストールの言葉にエセニアはお茶を運んでいたワゴンに崩れるように倒れこんでしまう。
「エセニア!しっかりなさい!若様は無事なの!」
フィオナが声をかけるが、涙を流してエフデの名前を何度も呟いている。
「…嫌な夢が当たったわね」
ディアニアは口だけ微笑んで、壁にかけてあった剣を手にとる。本当の自分の獲物はさすがに振るうわけにはいかないと頭のすみで理解はしていても手元に持っておきたかったのだ。
目に合わせて、抑えめの赤色のドレスをひるがえして夫へと問う。
「サイジャルへ行きましょうね?何のための学園なのかしら」
「待ってくれ!私とカルドが今から行く。ディアはとりあえず、それは置いて。賊の冒険者は捕まえているんだ…楽にさせる気はないだろ?」
「そう…ね…母親って大変ね。ここまで血がのぼるなんて…あの子を失ったとき以来ないわ」
ディアニアから剣を奪い取って話していけば、少し落ち着いたのか、席に戻った。
「それじゃ…エフデのお説教がすんだら私とフィーとエセニアを連れていって…ランディは…悪いんだけどエフデを苦しめた悪人どもを耕してくれるかしら?冒険者の質が落ちてる王都のギルドなんて更地にしてしまえばいいのよ」
「わかっただ!若様を傷つけたバカどもをおらが耕す!」
「おいおい…私もやらせてくれよ?」
フェスマルク家ではそのように話がすすんでいたのだ。
サイジャルでエフデに説教をしつつ、息子を傷つけた者たちを一人残らず根絶させねば怒りは収まらないのはティストールも、同じだった。
結果として怒りを抑えながらのやりとりはできないだろうとカルドは判断して、先触れとしてギルドに入っていた。
まだカルドは自分を抑えることができる。抑えた分は捕らえた冒険者で晴らすつもりである。
だからこそ、副座の対応に苛立ちはしても怒りはわかなかった。
もし邪魔をするというならば話は別になる。
今のカルドは自ら禁じ手にしている毒すら平然と使うだろう。
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