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第五章 影の者たちとケモナー
闇の精霊
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最後にケルンに会えた。もうそれだけでいい。
この体を得て俺は父様たちと話をした。
今まで輪廻転生をしてきたことで、知識を持っていること。ケルンが五歳になったころに目覚めたこと。
父様と母様は黙って聞いてくれた。
棒神様のことは話してはいない。何度か話そうかとも思ったのだが、話そうとしたら話す気力がなくなるのだ。まるで棒神様に話してはいけないとされていると思ったから何も教えていない。
父様は俺の体と自我についてとても心配していた。詳しいことはわからないが、魔法使いの分野だから推測はたてれるのだろう。
ケルンが母様と話しているときにこっそりと教えられた。
「エフデ。絶対にその体を壊すな。器がなくなれば、お前は消えてしまうかもしれない」
「やっぱり…父様もそう思いますか?」
解除をされるなら戻れると思う。けれど完全に破壊されたら戻れない。そんな感じがするのだ。
仮の肉体である『思念石』は硬度がかなりある。それゆえ、壊れることは滅多にない。ただ絶対はないのだ。
「ケルンの中に戻れるならいいが…無理はするな。いいな?お前も私の息子だ。どちらも私より先にいなくなることは…もう二度とさせないからな」
父様との約束だ。守りたかった。
色々と気になっていたことはわからずじまいになりそうだ。けれど、いつ矛先がケルンにむくかはわからない。そうなれば抵抗しないといけないし、子供たちだっている。
こうするしかない。
俺の自我。心のようなものは器があるから保っている。なくなればケルンの中に戻るのは知識のみだろう。
俺の存在を説明するためにと、父様は俺とケルンの繋がりを調べてくれている。
しかし、俺たちの繋りは父様が精霊様に頼んで調べていたが、様々な精霊様が絡んでいるからか詳しく調べるには時間がかかるそうだ。
へその緒に似ているが、父様ですら何かはわからない繋り。それが俺とケルンにはある。
俺に何かあってもケルンに影響がないことは俺もわかっている。だからこそ、父様は俺に無理をするなといっていたのだ。
でも、だからこそ。俺だから。消えてもいいのは俺の方なのだ。
あいつはケルンの魔法が効かない。もうしばらく時間を稼げばいい。
誰もいない方向に目をむけさせつつ、一撃を。
「何、一人で勝手に盛り上がってるんですか?貴方、そんな熱血みたいな性格してないでしょ」
「ぐえっ!」
気をためて突撃しようかと飛び上がれば、襟首を持たれた。
「ナザド!」
「はーい!坊ちゃま!少し待ってくださいね!」
ぽいっと俺をケルンに投げ渡して、ナザドは杖を引き抜く。
灰色の指揮棒のような杖には一羽の鳥が金で細工されている。
「…うる…さ」
「精霊よ、射抜け『サンダーショット』」
「く、がががが!」
ナザドが放った雷の魔法はけされずに、交渉役の男にぶつかる。全身を震わせながら、顔は天井にむけて立った痙攣している。
「ナザドの魔法は防げないのか」
「…まぁ、僕ですから。それでも時間稼ぎですけどね」
思案顔のナザドは次の攻撃をする様子はない。何か気になることがあるんだろうが、時間稼ぎでも助かった。
できれば涙をためだしているケルンをどうにかしてくれないだろうか。視線がものすごく痛い。
「やっと、来てくれたか」
ケルンが口を開く前に、労いがてらに声をかければくるっとこちらにむいてきて文句をいいだす。
「やっとって、なんですか。エフデさん、僕に厳しすぎません?僕の方がお兄さんですよ?尊敬してください」
「エセニアみたいなこというな。精神年齢は俺の方が上だ」
「え?冗談が下手ですね。出直してください」
「あとで殴るからな!」
「お礼を求めます!」
こいつ、本当に俺に遠慮ってもんをしないな!どこまでケルン主義なんだよ。
ここまでがんがんいってくるやつはこいつぐらいだ。
お礼という言葉に俺よりも先にケルンがいった。
「ナザド!ありがとう!」
ちょっとは俺から気がそれてくれたからとても助かった。俺を捕まえている手がやばいくらい強くなってるけど。
「いやー、坊ちゃまが風のように走っていかれたと聞いたので、邪魔物を排除する仕事をほって追ってきたんですよ?」
なんの仕事を請け負ってんだよ。マジで一度学長先生に抗議しないといけないな。
こいつにそういう仕事は任せない方がいいっていうのに。だからストレスがたまるんだろう。
「ってか、エフデさん…休んでないとだめじゃないですか。死にますよ?」
「…わかるか?」
すっと、ナザドが真剣な顔に戻ってから忠告する。
「旦那様ほど精霊の声は聞けませんが…今はあいつのせいで、精霊の声は少ないですからね。よくわかります…嫌ってほどに」
精霊様の声が少ないか。
闇の精霊様は精霊様の中でも特殊だ。闇は安らぎを象徴しつつも、闇は死の象徴でもある。
使い手が少ないのも原因だ。呪われるという噂や伝説が残っているぐらいだ。
ただ闇魔法の使い手は魔族になることが多い。魔族をこちらの世界に召喚した魔法使いも闇の精霊と契約をしていたといわれている。
闇の精霊様がいると他の精霊様も眠りにつく。どうやらこのことは本当のようだ。
「…こ…くら…い?」
「その呼び名は嫌いなんだよ。死ね」
ぐるんと顔をナザドにむける。目玉が白く濁って、煙がまだ出ているが生きてはいるようだ。交渉役がナザドに呼びかけた。
「意識があるのか?」
こくらい?とはナザドを指しているのだろう。よかった機嫌が今では地を這うほどに悪くなっている。
「闇の精霊が記憶を吸収しているとこなんでしょ…動きが散漫なのはそのせいですね。とはいえ…あの男…混ぜ物みたいですよ」
「混ぜ物?」
俺の問いに答えないで、ナザドは逆に訊ねてきた。
「契約者とかならわかりますが、なんで精霊に乗っ取られているんですか?」
「精霊様が封印されていた武器を使っていたら、ああなった」
封印された武器という明らかに貴重でいわくのありそうな品物であるし、俺が知る限りでは俺やケルン以外で唯一造物のスキルを持っていたイムルの作品らしい。
調べたんだが、イムルは美術品は残っていても武具の類いは残っていない。全て破壊されたとリンメギン国の歴史書にも書いてあったのだ。
破壊を免れた一振りだったのだろうけど…俺が想像していたイムルとだいぶ異なる。精霊様を封印する武器なんてあまりにも不敬ではないだろうか。
俺が伝えるとナザドは心底嫌そうな顔になった。
「封印って…うわぁ、教会の案件じゃないですか…はぁ…しかも闇の精霊か…どんな使われ方をしてきたのか、すっかり精霊が魔霊に堕ちそうになってます」
教会は棒神様や精霊様を奉っている。精霊様関連なら確かにプロだろう。
問題は魔霊だ。魔霊は魔族側に堕ちてしまった精霊様で、もうこの世界にいてはいけない存在になる。このまま受肉をすれば倒される魔物となってしまう。
「そんな…」
「ナザドの魔法でも無理か」
俺たちの脳裏にミルデイが浮かんでどうにかならないかときく。
普通の精霊様に戻せれるなら戻してあげたい。
「肉体はさっきみたいな攻撃が通ります。けれど殺すとなると話は別です。闇の精霊は光か相手より上の闇の精霊じゃないと攻撃できませんからね…魔霊になれば攻撃は通りますけど、時間はかかるし…こいつって何だったんです?冒険者ですか?」
「Aランクの冒険者だ」
男は手を握っては放し、左手の手首をつかんで曲がらない方向に無理やり曲げる。ぱきぱきと嫌な音がするが痛みを感じていないのか眉ひとつ動かない。
左手を振るえばば、骨折はなかったかのように真っ直ぐに戻る。
まだ『身代わり人形』の効果があるのかと思ったが、違う。目は白濁したままだ。あれは男というよりも中の精霊様の力だろう。
話している間にだんだん魔霊化がすすんでいて受肉を開始しているのかもしれない。
「ナザド、早く」
「エフデさん。もしかして、坊ちゃまを狙ってたのってこいつらでした?」
俺がいうのと同じくらいでナザドが半分キレながら話しかけてきた。頼むから今はお前までキレないでくれ。
「ああ。知っていたのか」
「僕の契約しているやつに、坊ちゃまの守りをさせていたんです…なんでか吹き飛ばされたようですけど」
男がいってた守りっていうのはナザドの精霊様のことだったのか。
でも吹き飛ばされた?たくさん魔力を込めて魔法を使ったからか?それなら攻撃できるはずだが。
「ねぇ、ナザド」
「はい!坊ちゃま!」
さすがにケルン言葉は聞くのか雰囲気まで変わる。これが終わったら必ず殴る。俺の扱いが雑すぎる。
あと、ケルンの声がかなり平坦だ。
「お兄ちゃんやヴォルノ君たちを早く休ませてあげたいの。だから…すぐにすませれる?」
ある種の弊害を俺は危惧していた。
ケルンは屋敷とポルティしか知らず、関わる人も少なかった。学園にきて世界が広がったがそれでもまだ狭い。
それゆえに、自分の世界を攻撃する者に容赦がなくなるのではないかと思っていたのだ。
「もちろんです」
その先達ともいうべきやつに魔法を教わっているから特にだ。
育児について母様と相談しよう。
「というわけで、消します。他のやつらもまだ生きているようですし、一人くらい、別にいいですね?」
「どうにもならないか?」
まだキレ気味なケルンのこともあるが、できれば精霊様は助けてあげたい。
あの男はケルンを狙ったんだから別にどうでも…こういう考えを俺がするからケルンに影響しているのか?今度から気をつけよう。今回は止めないがな。
「どうにもならないですよ。精霊が契約して体を乗っ取った以上、精霊は堕ちるか魔物になるかしかないですからね。このまま処理する方が後悔しないですみます」
「そうか…」
専門家であるナザドがいうんだから仕方ないんだろう。
縁がなかった。そう割りきるしかない。
「優しいところは坊ちゃまと同じですね」
ナザドなりの誉め言葉をいうと、男に近づいていく。すきだらけではあるが、ナザドの体はゆらゆらと揺らめいている。
「ど、どう…どうしてぇ、おま、おまえがいる?」
「…どうでもいいでしょ。で、封印されるような馬鹿な精霊が何を調子に乗っているんですか?滅んでください」
闇の精霊様がナザドがここにいることを疑問に思っている。男の記憶を吸収していて疑問に思うということは…ナザドが遅かった理由は、何かしらの妨害を受けていたからか?
イライラしていたのはだからか。
「しかも、坊ちゃまを不快にさせて…精霊?雑魚でしょ?消えたら?」
「『ダークショット』!」
煽るだけ煽ったせいか、男と混ざった闇の精霊様は怒りのこもった魔法を放つ。
ナザドは平然と素手で打ち払う。
「遅い。弱い。本当に雑魚。下級に人が混ざっただけか…」
「こぉくらぁぁぁいぃぃぃ!」
「『黒雷』って呼ぶなっていったと思うんだけど、どんだけ愚かなのかな?」
杖を適当に振りながら、何発もの『ダークショット』を消していく。『ショット』系は魔力が少なくて済むから多用できるが、男の魔力が少ないから強い魔法は撃ってこないようだ。
「お前、運がいいよ。坊ちゃまに怪我させてたらどうしてやろうかと思ってた。でもさ、怪我をしていないからよかったと思いつつさ…ムカムカするんだよね。わかる?」
狂ったように撃たれまくる魔法をものともせず、ナザドはいつもの調子で語りだした。
「エフデさんを拷問するとかさ…なに、お前人の友人に怪我させてんの?しかも妹と仲良くしてんだぞ?わかる?将来このまま義弟になれば、なんと坊ちゃまも僕の義弟になるんだぞ?エフデさんと邪魔な妹が片付いて、二人がいちゃこらしてる間に僕は坊ちゃまにさらに頼られるっていう一石二鳥な最高の計画を邪魔しようとすんじゃねぇよ、カスが」
お前の計画はひどすぎる。というか、俺とエセニアはそんな関係じゃないからな!厳重抗議も辞さない。
「まぁ、僕は手を出さない。お前らのことはお前らで片付けろ」
杖を手放して落とす。杖は音をたてずにナザドの影に直立した状態でとどまる。
「我が精霊よ、来たれ『ガルネク』」
杖を起点に影が布のようにひらひらと踊って部屋中に広がる。
闇が来たようだ。深い闇が来た。
息すらも忘れるほどに濃密な存在が顕現する。
この体を得て俺は父様たちと話をした。
今まで輪廻転生をしてきたことで、知識を持っていること。ケルンが五歳になったころに目覚めたこと。
父様と母様は黙って聞いてくれた。
棒神様のことは話してはいない。何度か話そうかとも思ったのだが、話そうとしたら話す気力がなくなるのだ。まるで棒神様に話してはいけないとされていると思ったから何も教えていない。
父様は俺の体と自我についてとても心配していた。詳しいことはわからないが、魔法使いの分野だから推測はたてれるのだろう。
ケルンが母様と話しているときにこっそりと教えられた。
「エフデ。絶対にその体を壊すな。器がなくなれば、お前は消えてしまうかもしれない」
「やっぱり…父様もそう思いますか?」
解除をされるなら戻れると思う。けれど完全に破壊されたら戻れない。そんな感じがするのだ。
仮の肉体である『思念石』は硬度がかなりある。それゆえ、壊れることは滅多にない。ただ絶対はないのだ。
「ケルンの中に戻れるならいいが…無理はするな。いいな?お前も私の息子だ。どちらも私より先にいなくなることは…もう二度とさせないからな」
父様との約束だ。守りたかった。
色々と気になっていたことはわからずじまいになりそうだ。けれど、いつ矛先がケルンにむくかはわからない。そうなれば抵抗しないといけないし、子供たちだっている。
こうするしかない。
俺の自我。心のようなものは器があるから保っている。なくなればケルンの中に戻るのは知識のみだろう。
俺の存在を説明するためにと、父様は俺とケルンの繋がりを調べてくれている。
しかし、俺たちの繋りは父様が精霊様に頼んで調べていたが、様々な精霊様が絡んでいるからか詳しく調べるには時間がかかるそうだ。
へその緒に似ているが、父様ですら何かはわからない繋り。それが俺とケルンにはある。
俺に何かあってもケルンに影響がないことは俺もわかっている。だからこそ、父様は俺に無理をするなといっていたのだ。
でも、だからこそ。俺だから。消えてもいいのは俺の方なのだ。
あいつはケルンの魔法が効かない。もうしばらく時間を稼げばいい。
誰もいない方向に目をむけさせつつ、一撃を。
「何、一人で勝手に盛り上がってるんですか?貴方、そんな熱血みたいな性格してないでしょ」
「ぐえっ!」
気をためて突撃しようかと飛び上がれば、襟首を持たれた。
「ナザド!」
「はーい!坊ちゃま!少し待ってくださいね!」
ぽいっと俺をケルンに投げ渡して、ナザドは杖を引き抜く。
灰色の指揮棒のような杖には一羽の鳥が金で細工されている。
「…うる…さ」
「精霊よ、射抜け『サンダーショット』」
「く、がががが!」
ナザドが放った雷の魔法はけされずに、交渉役の男にぶつかる。全身を震わせながら、顔は天井にむけて立った痙攣している。
「ナザドの魔法は防げないのか」
「…まぁ、僕ですから。それでも時間稼ぎですけどね」
思案顔のナザドは次の攻撃をする様子はない。何か気になることがあるんだろうが、時間稼ぎでも助かった。
できれば涙をためだしているケルンをどうにかしてくれないだろうか。視線がものすごく痛い。
「やっと、来てくれたか」
ケルンが口を開く前に、労いがてらに声をかければくるっとこちらにむいてきて文句をいいだす。
「やっとって、なんですか。エフデさん、僕に厳しすぎません?僕の方がお兄さんですよ?尊敬してください」
「エセニアみたいなこというな。精神年齢は俺の方が上だ」
「え?冗談が下手ですね。出直してください」
「あとで殴るからな!」
「お礼を求めます!」
こいつ、本当に俺に遠慮ってもんをしないな!どこまでケルン主義なんだよ。
ここまでがんがんいってくるやつはこいつぐらいだ。
お礼という言葉に俺よりも先にケルンがいった。
「ナザド!ありがとう!」
ちょっとは俺から気がそれてくれたからとても助かった。俺を捕まえている手がやばいくらい強くなってるけど。
「いやー、坊ちゃまが風のように走っていかれたと聞いたので、邪魔物を排除する仕事をほって追ってきたんですよ?」
なんの仕事を請け負ってんだよ。マジで一度学長先生に抗議しないといけないな。
こいつにそういう仕事は任せない方がいいっていうのに。だからストレスがたまるんだろう。
「ってか、エフデさん…休んでないとだめじゃないですか。死にますよ?」
「…わかるか?」
すっと、ナザドが真剣な顔に戻ってから忠告する。
「旦那様ほど精霊の声は聞けませんが…今はあいつのせいで、精霊の声は少ないですからね。よくわかります…嫌ってほどに」
精霊様の声が少ないか。
闇の精霊様は精霊様の中でも特殊だ。闇は安らぎを象徴しつつも、闇は死の象徴でもある。
使い手が少ないのも原因だ。呪われるという噂や伝説が残っているぐらいだ。
ただ闇魔法の使い手は魔族になることが多い。魔族をこちらの世界に召喚した魔法使いも闇の精霊と契約をしていたといわれている。
闇の精霊様がいると他の精霊様も眠りにつく。どうやらこのことは本当のようだ。
「…こ…くら…い?」
「その呼び名は嫌いなんだよ。死ね」
ぐるんと顔をナザドにむける。目玉が白く濁って、煙がまだ出ているが生きてはいるようだ。交渉役がナザドに呼びかけた。
「意識があるのか?」
こくらい?とはナザドを指しているのだろう。よかった機嫌が今では地を這うほどに悪くなっている。
「闇の精霊が記憶を吸収しているとこなんでしょ…動きが散漫なのはそのせいですね。とはいえ…あの男…混ぜ物みたいですよ」
「混ぜ物?」
俺の問いに答えないで、ナザドは逆に訊ねてきた。
「契約者とかならわかりますが、なんで精霊に乗っ取られているんですか?」
「精霊様が封印されていた武器を使っていたら、ああなった」
封印された武器という明らかに貴重でいわくのありそうな品物であるし、俺が知る限りでは俺やケルン以外で唯一造物のスキルを持っていたイムルの作品らしい。
調べたんだが、イムルは美術品は残っていても武具の類いは残っていない。全て破壊されたとリンメギン国の歴史書にも書いてあったのだ。
破壊を免れた一振りだったのだろうけど…俺が想像していたイムルとだいぶ異なる。精霊様を封印する武器なんてあまりにも不敬ではないだろうか。
俺が伝えるとナザドは心底嫌そうな顔になった。
「封印って…うわぁ、教会の案件じゃないですか…はぁ…しかも闇の精霊か…どんな使われ方をしてきたのか、すっかり精霊が魔霊に堕ちそうになってます」
教会は棒神様や精霊様を奉っている。精霊様関連なら確かにプロだろう。
問題は魔霊だ。魔霊は魔族側に堕ちてしまった精霊様で、もうこの世界にいてはいけない存在になる。このまま受肉をすれば倒される魔物となってしまう。
「そんな…」
「ナザドの魔法でも無理か」
俺たちの脳裏にミルデイが浮かんでどうにかならないかときく。
普通の精霊様に戻せれるなら戻してあげたい。
「肉体はさっきみたいな攻撃が通ります。けれど殺すとなると話は別です。闇の精霊は光か相手より上の闇の精霊じゃないと攻撃できませんからね…魔霊になれば攻撃は通りますけど、時間はかかるし…こいつって何だったんです?冒険者ですか?」
「Aランクの冒険者だ」
男は手を握っては放し、左手の手首をつかんで曲がらない方向に無理やり曲げる。ぱきぱきと嫌な音がするが痛みを感じていないのか眉ひとつ動かない。
左手を振るえばば、骨折はなかったかのように真っ直ぐに戻る。
まだ『身代わり人形』の効果があるのかと思ったが、違う。目は白濁したままだ。あれは男というよりも中の精霊様の力だろう。
話している間にだんだん魔霊化がすすんでいて受肉を開始しているのかもしれない。
「ナザド、早く」
「エフデさん。もしかして、坊ちゃまを狙ってたのってこいつらでした?」
俺がいうのと同じくらいでナザドが半分キレながら話しかけてきた。頼むから今はお前までキレないでくれ。
「ああ。知っていたのか」
「僕の契約しているやつに、坊ちゃまの守りをさせていたんです…なんでか吹き飛ばされたようですけど」
男がいってた守りっていうのはナザドの精霊様のことだったのか。
でも吹き飛ばされた?たくさん魔力を込めて魔法を使ったからか?それなら攻撃できるはずだが。
「ねぇ、ナザド」
「はい!坊ちゃま!」
さすがにケルン言葉は聞くのか雰囲気まで変わる。これが終わったら必ず殴る。俺の扱いが雑すぎる。
あと、ケルンの声がかなり平坦だ。
「お兄ちゃんやヴォルノ君たちを早く休ませてあげたいの。だから…すぐにすませれる?」
ある種の弊害を俺は危惧していた。
ケルンは屋敷とポルティしか知らず、関わる人も少なかった。学園にきて世界が広がったがそれでもまだ狭い。
それゆえに、自分の世界を攻撃する者に容赦がなくなるのではないかと思っていたのだ。
「もちろんです」
その先達ともいうべきやつに魔法を教わっているから特にだ。
育児について母様と相談しよう。
「というわけで、消します。他のやつらもまだ生きているようですし、一人くらい、別にいいですね?」
「どうにもならないか?」
まだキレ気味なケルンのこともあるが、できれば精霊様は助けてあげたい。
あの男はケルンを狙ったんだから別にどうでも…こういう考えを俺がするからケルンに影響しているのか?今度から気をつけよう。今回は止めないがな。
「どうにもならないですよ。精霊が契約して体を乗っ取った以上、精霊は堕ちるか魔物になるかしかないですからね。このまま処理する方が後悔しないですみます」
「そうか…」
専門家であるナザドがいうんだから仕方ないんだろう。
縁がなかった。そう割りきるしかない。
「優しいところは坊ちゃまと同じですね」
ナザドなりの誉め言葉をいうと、男に近づいていく。すきだらけではあるが、ナザドの体はゆらゆらと揺らめいている。
「ど、どう…どうしてぇ、おま、おまえがいる?」
「…どうでもいいでしょ。で、封印されるような馬鹿な精霊が何を調子に乗っているんですか?滅んでください」
闇の精霊様がナザドがここにいることを疑問に思っている。男の記憶を吸収していて疑問に思うということは…ナザドが遅かった理由は、何かしらの妨害を受けていたからか?
イライラしていたのはだからか。
「しかも、坊ちゃまを不快にさせて…精霊?雑魚でしょ?消えたら?」
「『ダークショット』!」
煽るだけ煽ったせいか、男と混ざった闇の精霊様は怒りのこもった魔法を放つ。
ナザドは平然と素手で打ち払う。
「遅い。弱い。本当に雑魚。下級に人が混ざっただけか…」
「こぉくらぁぁぁいぃぃぃ!」
「『黒雷』って呼ぶなっていったと思うんだけど、どんだけ愚かなのかな?」
杖を適当に振りながら、何発もの『ダークショット』を消していく。『ショット』系は魔力が少なくて済むから多用できるが、男の魔力が少ないから強い魔法は撃ってこないようだ。
「お前、運がいいよ。坊ちゃまに怪我させてたらどうしてやろうかと思ってた。でもさ、怪我をしていないからよかったと思いつつさ…ムカムカするんだよね。わかる?」
狂ったように撃たれまくる魔法をものともせず、ナザドはいつもの調子で語りだした。
「エフデさんを拷問するとかさ…なに、お前人の友人に怪我させてんの?しかも妹と仲良くしてんだぞ?わかる?将来このまま義弟になれば、なんと坊ちゃまも僕の義弟になるんだぞ?エフデさんと邪魔な妹が片付いて、二人がいちゃこらしてる間に僕は坊ちゃまにさらに頼られるっていう一石二鳥な最高の計画を邪魔しようとすんじゃねぇよ、カスが」
お前の計画はひどすぎる。というか、俺とエセニアはそんな関係じゃないからな!厳重抗議も辞さない。
「まぁ、僕は手を出さない。お前らのことはお前らで片付けろ」
杖を手放して落とす。杖は音をたてずにナザドの影に直立した状態でとどまる。
「我が精霊よ、来たれ『ガルネク』」
杖を起点に影が布のようにひらひらと踊って部屋中に広がる。
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taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
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