選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第五章 影の者たちとケモナー

暴走

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 ガンガンと音をたてる。それでも俺の体は欠けたりしない。

 失敗した。これでは脱出は厳しくなるだけだ。
 思考を切り離しているために、痛みで叫んでいる俺を冷静にみているが、ワンパターンにならないように、斬りつけられている間にあいつらを罵ったりしている。

 あの斧だけがいけない。赤黒いあの斧は思考加速でわけている状態まで侵食してくるように、痛みが走る。
 それ以外は痛みはあるが、こうして思考をわけれている。

 しかし、どうしたものか。足が砕けるのは構わない。それぐらいならまだ大丈夫だ。学長先生には謝らないといけないけどな。
 むしろあいつらの鬱憤を俺で晴らさないと、子供たちに被害がいくかもしれないことの方が心配だ。

 早く解決したいと焦ったのが敗因だった。あいつらの装備をもっと詳しくみていれば…いや、あんな道具を持っているとは思わないか。
 どれほどの資金や援助を受けているのかはわからない。
 Aランクの冒険者をこんな風に使える人物。しかも魔道具や貴重な薬を与えておいて、目的が人攫いとはな。

 こんな誘拐事件を起こせば、行方不明者の捜索にさらに人が…行方不明…どこかで問題視されていたな。あれは確か。

「今度こそ俺が砕くからみてろよ!」

 ひげ面の番になってしまったか。気を張らないと本当に気を失いそうだ。

「…お前の…腕じゃ…無理」
「はっ!よくいうぜ!俺のがいいんだろ?一番いい声を出すくせによぉ」

 嫌ないい方だ。気持ち悪い。
 一番悲鳴をあげさせられているのは確かだがな。

 絶叫はあの斧のときが一番出しているし、どんどん力が抜ける。あと何回かやられたら、確実に足は切断されるだろうな。

 どういうわけかあの斧に斬られると全身を裁断されていくように感じるのだ。千切りにされているみたいで、あまり受けたくない。
 そういう効果が付与されているのだろうか?そんな武器があることの方が不思議だ。

 もちろん数は少ないだろうが、それでも七人の男たちがそれぞれに貴重な武器を持てるなんて…迷宮から出た武器?そんな偶然があるのか?

「そろそろ決めろよ?」

 交渉役は飽きてきたのか、あくび混じりでひげ面にいう。
 これでやっと終わってくれるか。

 すでにズボンはズタボロだ。靴だけは脱いでいたから鳥かごの中にあるが…気に入っていた服が台無しだ。

 俺が捕まってることはおそらくすでにケルンは気づいている。

 一度ケルンから呼びかけがあったが、応えれなかった。痛みがあまりにひどいのと、俺からの返答ができなかったのだ。本体がケルンだからか、ケルンからの呼びかけは聞こえるんだが…この結界が強いからだろうな。

 ケルンのことだから、俺がいないと慌てているだろう。泣いていたら、誰かが声をかけてくれるはずだ。ミケ君ならナザドを呼ぼうとケルンに提案してくれるだろう。
 ナザドが父様を呼んでくれたら、今日中にここから解放される。父様にはこの香水は効かない。精霊様が守ってくれているからだ。だったらここはすぐにても発見されるだろう。

 こうしてまだ諦めない理由は、父様の魔法には探すための魔法があるのを知っているからだ。前にケルンが俺の体を探してほしいとねだったときに話していたからな。今なら見つけれるだろう。
 問題はぶちギレるだろう父様と、号泣するだろうエセニアのことだが、脱出してから考えよう。父様は子煩悩だからな…俺を息子と認めたからには、ぶちギレるだろう。
 俺だって家族に手を出されたらぶちギレる。魔法が使えたら使っているだろうしな。

「そーら」

 ああ。あの痛みがまたくるのか…本当に嫌だな。
 でも俺でよかった。俺なら壊れたっていいんだから。

「よぉ!」

 振り下ろされる斧が、ひどくゆっくりにみえる。
 痛みに身を任せて叫んだ方が楽だ。それにこいつはそれを楽しんでいるようだからな。単純だ。

 嫌だなぁ。

 ガンっ。

「ああああぁぁぁ!がっぁぁぁ!」
「お兄ちゃ!…ん…?」

 痛い!痛い!あ?幻聴が聞こえるほどかよ。

 痛みで押さえつけられてものたうちまわって、痙攣をおこしていると幻聴を…幻覚つきかよ。
 扉をあけてケルンが来るなんてありえないのに。

「ああ…なんで…なんで…」

 いるんだよ。

「お兄ちゃんに何をしたの?」

 それはいつものケルンの声ではなかった。いつもは甘えたように間延びした子供らしい声音で話している。
 だが今のケルンの声は、今までに聞いたことがないほど感情がこもっていない声だ。

「おいおい!お目当てが来てくれたぞ!護衛もなしでよ!」

 俺から手を離して交渉役は喜びの声をあげながら『闇精霊の布』を取り出す。あれを使ってケルンの意識を奪うつもりか!

「ケルン!…逃げろ!」

 なんとか痛みに耐えてケルンに逃げるようにいう。部屋に入ってきたから俺の考えをいつも通りに渡せるはずなんだが、全身の痛みの処理で上手く渡せない。
 それに、ケルンが俺の提案する考えを受け取れる容量がないほど、何かで満ちているのだ。

 それは形容しがたい…何かの力だ。俺の管理できない領域内にある力とはさらに異なる…強い何かだ。

「黙ってろよ!」
「がぁぁぁあ!」

 再度斧を振り下ろされた。俺の叫びをケルンは表情を変えることなく見ている。
 ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。来てはいけないってのに!

「お前の兄貴はああやって泣きわめいてるのに、お前は顔色一つ変えないんだな。泣いてみろよ。それか怯えて声も出せねぇか?あ?」

 交渉役がにやにやとしながらケルンに近づく。

 ケルンはただ当たり前のこと聞くかのように、瞬きすらせずに交渉役の男にいう。

「お兄ちゃんをいじめたな?」
「あ?いじめてねぇよ…体をぶっ壊してやろうとしているだけだ。人形だからいいだろ?」

 ゲラゲラと男たちが笑い。ケルンを捕まえようとさらに一歩を踏み出す。

 歩みを止めないケルンにいぶかしみつつ、男ケルンに触れる直前だった。

「俺の腕が!」

 ケルンを中心に水の壁が出現した。水の壁が交渉役の腕を切断してそのまま水の中で肉片一つ残すことなく消え去った。

「無詠唱!」
「気を付けろ!精霊の上位契約者だ!殺す気で陣形を組め!杖を奪え!」

 交渉役の腕はすぐに復活して驚いている男たちに指示を飛ばす。
 上位の精霊様と契約すると無詠唱ができるのか。

 でもあれは無詠唱どころか魔法ではない。

 魔力だけで魔法の真似事をしている。那由多の魔力を制限なく使えば可能かもしれないと思っていたが、制御が普通はできない。
 しかも杖を握っている状態なのに制御している。

「お前らを許さない」

 どこまでも感情がなくなったままケルンは静かに宣言をする。
 そして壁が消えると水の塊が浮かんでいる。

 そのどれもが鋭い槍のように尖っている。これは魔法だが…そんなに魔力を込めてはいけない。
 あれはケルンなのか?あんなケルンは初めてみる。なんでああなっているんだ。

「僕のお兄ちゃんを傷つけたやつは…許さない」

 あ、そうか。こいつは俺だから、ぶちギレるところも一緒だった。
 頭を抱えたいが、余分な思考はあとだ。

 今はケルンの暴走で場がかき回されている。この状況は悪くない。
 とはいえケルンにこんなことをさせたくないんだが。

 人の腕を切断して消し去っても顔色を変えないように子に育てた覚えはない。やるなら俺がやってやるのに。

 痛みの処理は終わった。ケルンに目が向いている間に反撃させてもらおう。
 いざとなれば、俺がこいつらを殺す。ケルンにそんな重荷は背負わせない。

 だからいつものケルンに戻ってほしい。あんなケルンは…無表情だけどどこか悲しそうな顔をしているケルンは見たくない。

「ガキが調子に」
「俺の弟に手ぇ出そうとすんじゃねぇよ!ぶっ殺す!」

 ひげ面がケルンに刃物をむけた瞬間、体が悲鳴をあげるがそんなことに構うことなくひげ面の後頭部に飛び蹴りをかます。

 ケルンに刃物だと?ふざけんじゃねぇ。しかもその斧はだめだ。マジで頭がおかしくなるほど痛くなる。

 というか、ケルンに手を出そうとしたやつは全員はっ倒すからな。
 だいたいな。前にあんなかわいい顔に傷つけやがった刃物男は今度お礼参りしてやると決めてんだ。お前らマジでぶっ殺すぞ。

「ケルン!大丈夫か?痛いとことか、無理してないか?」

 ケルンのとこにかけよって飛び乗って、顔色をみる。無表情だけど、平気そうだな。無理はしてないか?少し顔色が悪くて白くなってるのは魔法を使いすぎたからか。体力が減ってるときだから無理すんなっていったのに!早く休ませないと。

「お兄ちゃん?」
「おう。兄ちゃんはここだぞ。ふらふらしないか?」

 あんまり無理させたくなのに、こんなに魔法を使ったら倒れちまうじゃねぇか。ザクス先生のお薬を取り寄せて、ハンクにジュースを作らそう。胃に負担がかからないように、スープも頼まないと。
 おろおろと確認していると少し感情が戻って…あれ?目がどんどん潤んで…あ。

「心配…したっ!ひっく」

 ポロポロと泣きながら俺を抱きしめる。ほっとしたからか。いつものケルンだ。俺がこの世で一番知っているケルンに戻ってくれた。
 あー…やっぱりな。たぶんだが、怒りでよくわからないままここに来たみたいだ。杖を握っているとこをみると『失せ物探しの鐘シーク・チャイム』を使ったな。

 杖の葉っぱも男たちへファイテングポーズしているし…いや止めろよ?こんなとこにケルンを連れてきてんじゃねぇからな。

 ガーンって文字を葉っぱでやれるのはすげぇけど、お前あとで説教な。覚悟しとけよ。
 それにはまずはケルンを逃がさないといけない。

「ケルン、早くお前は逃げないと」

 子供たちもだがケルンも生身だ。命の危険があるような場所にいさせたくない。ケルンがここに来たということは、すぐにナザドがくるはずだ。
 ナザドが来ればこいつらは終わる。

「おっと。兄弟の感動の再会ねぇ、泣けるぜ…でも終わりだぞ…逃げれると思うなよ?」

 ケルンを逃がそうと逃走経路の確認していれば開いていた扉は閉まっていた。

 いつの間にか扉の前には買い出しにでていた男が戻っている。
 男は赤黒い刀身のショートソードを引き抜いて構えていた。
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