選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第五章 影の者たちとケモナー

一人の戦い

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 俺の躊躇ためらいや、不馴れもあるが、時間がかかりすぎている。残り三人の意識を奪うのは無理でも身動きを止めるように、足を狙おう。

 もっと速度を上げる。

 気をさらに集めて体に流す。琥珀は虹色の輝きをさらに増していく。
 加速させるように、天井や壁に跳弾する体はどんどん熱量を持つようになる。熱い。暑い。熱い。暑い。
 それでも止まってはいけない。

 俺の攻撃はたいしたことはない。速度で誤魔化しているが、単純に鋭い石で殴っているだけだ。戦闘に関係するスキルを持っていないのだから仕方がないが、持っている知識でもほとんど使えない。
 護身術で使えた知識は失われてしまった。壁に足をぶつけるときに衝撃を緩和させれればいいのだが、やり方がわからず衝撃はそのまま蓄積している。

 血濡れた袖はすぐに乾いた。腕や足の乾いた血がぱりぱりと剥がれる感覚がある。大丈夫だ。まだ感覚はある。
 気のおかげだろう。体もさらに硬くなっているからまだいける。

 この身は弾丸だ。男たちを確実に動きを止めるには致命傷になるような急所がいい。
 しかし、急所を狙うには足場を確保していかねばならない。跳躍によってでしかその速度は出せないからだ。

 角度を調整して計算をする。残り三人の膝を割ってしまえば全員しばらくは満足に動けないだろう。
 また膝を狙う。

 拳を振り抜い膝を砕く。じゅっという音を立てた。間髪いれずに残りの二人の膝も同じようにする。

「がっ!」

 これで全員、一撃は入った。全部で三秒。石のある弾丸なんて対応できなかっただろう。なんとか体が保つ間に燭台を破壊できそうだ。
 服はボロボロになっている。火がついていないだけましだが、フィオナには本当に謝らないといけないな。
 ボタンなのに曲がっていて、朝斬るときに苦労する上着だが、下手くそなエセニアのボタンは取れずにしっかりしている。それをみると元気が出た。

 最後の跳躍だ。軋むように全身に痛みが走るがこれで終わる。残っていた気を全部右手に集中させた。狙うは燭台の宝石だ。あれは魔石なんだろう。ならばこれがバッテリーになっているはずだ。

 振り抜いた拳はがつんっと音をたてて、当たる。
 目的を達成した。

 わけではなかった。
 燭台を守るかのような透明な壁に当たったのだった。

 そのまま俺の体は吹き飛ばされた。弾かれた!

「自己防衛か!」

 燭台自体にも結界を張る仕組みだったようだ。
 貫けないはずはない。速度が足りなかったのか、体の気が足りなかったのかは判断できないが躊躇っている時間はない。
 すでに、行動を開始してから四秒経っている。限界だが…この体を壊してもいい。あと二秒だけ保てばそれでいい。

「もう一度…!」

 全身の気をぶつけたが足りなかった。もう一度溜めて早く破壊すればしなければならない。
 この体が限界を迎える前に早くしないと!
 その二秒に全てをかけた。

 横から衝撃がくる。なんだ!

「やってくれたなぁ!くそがぁ!」

 蹴られて簡単に宙を舞う。全員潰したはずなのに、どうして!

「なんで…動ける…?」

 気のおかげか痛みは感じない。それよりも驚いて声が出せない。

 俺を蹴りあげたのは交渉役の男だ。

 相手は冒険者だ。咄嗟の動きやスキルを持っていることを考えて短期で終わらせれば済むはずだった。

 こいつを攻撃して三秒しか経っていない。薬や魔法を使うにしてもまだ時間がかかるはずだ。

 交渉役だけじゃない。目を潰した男すら怪我が完治しているのがみえる。それでも動けているのは交渉役だけのようだ。

「くそっ!お前のせいで使っちまったじゃねぇか!もったいねぇ!」

 ゆらゆらと蒸気をあげて男が俺を睨む。スキルを使ったから動けたのか。
 けど、もったいない?男は懐から何かを取り出した。

「人形…?」

 麻袋を材料とした人形のようにみえる。ボタンを目玉にしているやたらと不気味な人形だ。呪いの品といわれても納得できる。
 その人形の右足は膝からちぎれている。

「知らねぇだろ?『身代わり人形スケープゴード・ドール』は迷宮のお宝でも特別高い品だ。こいつはその改良型で普通は手に入らねぇってのに…一回無駄にしやがって!」

 踏みつけられ、地面に擦り付けられる。
 迷宮の宝を持っていたのか!名前通りなら所有者の傷を身代わりに移せるのだろう。
 男の言葉に背筋が凍る。一回無駄にした。だとするなら、まだあれは使えるということか。

「お前、燭台を壊そうとしてるみてぇだが、無駄だぜ?そいつは地脈から気を使って動いてるんだ。魔力でなけりゃ壊せねぇ」

 その言葉を聞いたときに、俺は完全に絶望した。地脈から気を使っているのは俺が先ほどまでしていたことだ。ただの魔道具だと思っていた。
 あれは俺の腕にある指輪と同じ物なのだとしたら、俺では壊せない。

「ほら、魔法を使えよ。魔法使いの息子なんだろうが!」

 いい返せない。何故なら俺は魔法を使えないからだ。
 そして気を使って動けたのもさっきまでだ。

 もう、体は限界だった。言葉を発するのも時間がかかる。

「調子に乗りすぎなんだよ、人形がよぉ…教えてやるよ。俺はランクAなんだよ!」

 Aランクの冒険者が人攫いなんざするんじゃねぇよ!
 そういいたいが、蹴りあげられた体は簡単に空中を舞う。

「うっ」 

 受け身をとれるはずもなく、そのまま地面に転がる。気が抜けたことで、体は痛みを感じるようになった。
 じわじわと全身が火傷をおったかのような痛みが襲う。

「あん?お前…痛みがあんのか?ほぉー…」

 感ずかれた。

「そういや、魔術師は人形を壊されると反動があるとか聞いたことあんな…意識を移すとこうなるってのか」
「こいつ魔法使いじゃねぇのか?」

 喉をついた男が喉に手をあてながら普通に言葉を発する。
 俺の行動は無駄だったようだ。

「見たらわかんだろ。こいつは魔法を使ってねぇ。人形だからかと思ったがさっきの見たろ?強化だぞ?魔術師みたいな戦いをしやがるってことは…元々こいつは魔術師ってことだ。人形も気で動かしてんだろ」

 勘違いをしてくれているが、何も嬉しくない。こいつらの無力化に失敗した。
 捕まっている子供たちの命が危ない。

 どうにか俺に集中させないと。

「馬鹿なくせに…もう一度…やって…」
「馬鹿はお前だろ。動けてねぇじゃねぇか」

 声があまり出せない。それどころか一声出すたびに、意識が遠のきそうになる。
 だめだ。今は気を失うわけにはいかない。

「お前ら…ごとき…俺を傷つけられもしないくせに!」
「なぁ、足はいらねぇんじゃねぇか?」
「あ?…まぁ、確かにな…手さえあれば金儲けに支障はねぇだろうからよ」

 ひげ面が交渉役に提案する。

「それじゃ、ぶっ壊すか」

 力の入らない俺の体を持ち上げて机の上に無造作に投げられた。
 交渉役は腰元の仄かに赤く輝くナイフを取り出す。

「そんななまくら…」
「俺らもよ、優しい方なんだが…我慢の限界ってもんがある…代わりにガキをぶっ壊そうか?あん?」
「やめろ!俺の足を…壊せるもんなら、壊してみろ!」

 こいつらの道具は普通ではない。少なくても物語に出てくる一流の冒険者が一つか二つしか持っていないような道具をほいほい使っている。

 刃を突き立てるようにナイフを俺の足に押し込む。

「ぐぁぁぁぁ!」

 指し貫かれることはないが、火をあてられているように熱く、ひどい痛みだ。我慢したくても無様に声をあげてしまう。

「かってぇな…刃がかけちまう…」
「俺がやってやる。なめられた礼はしたいからよ」

 ひげ面が得物の斧をみせつける。その斧はさっきまでは普通だったのに、今は赤黒い色を見せていた。
 ぴりぴりとした嫌な気配を漂わせている。

「おいおい。間違って俺の手を切り飛ばすなよ?」
「斬ってもまだ回復できるだろうが」
「回数が減っちまうだろうが!」

 やはり回数があるのか。思考はまだ大丈夫だ。
 せまる斧を見上げても、胸を押さえつけられなくても俺は動けなかった。力が入らない。

「おら…よっ!」

 振り下ろされた斧は聞いたこともない高い音をたてた。

「あああぁぁぁ!」

 足からの痛みが全身を駆け巡り、両足が寸断されたかのように感じるが、まだどちらも切り飛ばされていない。
 ひげ面はそれから何度も俺の足を切り落とそうと斧をふるう。

 それは耐え難い痛みだ。まるで俺を食おうと歯をたてているかのように、斧が振るわれるたびに、出したこともない声をあげる。

 男は憂さ晴らしができているのか、上機嫌だ。斧を振るえばその都度、俺は絶叫をあげるが、意識を失うことはないからだろう。
 気を体に溜めすぎた影響なのか、意識を失う前に意識が戻るのだ。気が遠くなっても、痛みで目が覚める。

 どうにか痛みと意識を切り離したいのだが、それはかなわない。思考加速でどうにか狂わないように思考する領域を無理やり動かしている。

 そうでなければ気が狂う。全身を襲う衝撃と、斧によって裁断されているかのような感覚。下手に腕がいいのか、ほぼ同じところを執拗に狙う。
 また痛みがくる。

「あああぁぁぁ!ぐぅぅ!」

 男たちの獣ような異様な笑いの中で、俺の足を誰が砕き落とせるかの賭けはすぐに始まった。

 仄かに輝く武器は精霊様の力を付与した物なのかもしれない。そんな貴重な武器を…力任せにした刃物は俺の足を砕こうと何度も何度も何度も何度も何度も…振るわれた。
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