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第五章 影の者たちとケモナー

囚われのケモナー

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「くそっ…ここはどこだ?」

 意識が戻ったら俺は樽の上に無造作に置かれた鳥かごの中にいた。体に衝撃は感じなかったが、何かの魔法でもかけられたんだろう。
 嫌にひどく臭う。香水?

「お。生きてるみてぇだぞ」

 まだはっきりとしないが、聞いたことのない野太い声に目を向ける。そこにいたのは、武装した男たちが酒を飲んでいた。
 八人の男たちは皮鎧をつけ、短剣と剣や斧をそばに置いている。どうやら、こいつらが俺を拐ったやつらか。

 男たちは机に座っている。部屋は薄暗く、男たちの机の上にあるいくつかの明かりが唯一の証明だ。窓はないのか、あっても塞いでいるのか、空気がこもってるようだ。
 机の向こうには鉄格子…地下牢?そんなものがサイジャルにあったのか。警備関係の建物なのか?そもそもここはサイジャルなのか?知らないうちに『転移』をしたかもしれない。

 様々な推測をするが得られる情報は今のところ少ない。だめで元々だ。何か情報を得られないだろうか。
 最悪、俺はどうなってもいい。問題は俺一人なのかということだ。

 上手く情報を話してくれたらいいが…見た目は粗野にみえるが…こいつらはただの誘拐犯ではない。見た目とはちぐはくなほど、落ち着きすぎている。

「冒険者か?」
「よくわかったな」

 リーダーなのか、交渉役なのか比較的ましな服装の男が応える。ましとはいえ、服は泥や血がかわいたような後が残っている。他の七人の男たちはあまり、直視したくない者を鎧からぶら下げている。

 おそらくは獣の片耳を皮鎧の胸につけている。色合いからみて…狐が犠牲になったのだろう。
 趣味の悪いアクセサリーだ。

「盗賊と悩んでありえねぇ方をいっただけだ」

 荒事になれているだけではなく、人攫いにまでなれているのは厄介だ。
 できれば盗賊やただの人攫いであれば話は簡単だった。冒険者と会話をするのは初めてだが、本や物語を読んでいると、冒険者相手の交渉は一筋縄ではいっていなかったからだ。それに、どんな奥の手を持っているか想像しにくい。

 冒険者は千差万別だ。同じようなスタイルで戦うものは少ない。それにスキルだって戦闘に特化しているはずだ。

「いうねぇ…面と向かって話してぇところだ。人形ごしじゃなくよ」

 人形。どうやら思念石が変化したという表向きの話を知っているようだ。
 一ヶ樹月も経ったのだから俺の噂をどこかで聞いたのかもしれないが、その噂を聞いたうえで俺を拐うとは…俺がどこの家かを知らないわけではないだろう。

「俺が誰かわかっているな?」

 確認をすればすぐに返答があった。

「有名人だからな…エフデ・フェスマルク。フェスマルク家の病弱な長男で芸術家。各国はリンメギン国から王族対応を求められてる。ようはフェスマルク家の…金づるだろ?」

 男たちはゲラゲラと大笑いしながら酒を飲む。手元では何かのカードでゲームをしているようだ。金がかけてあるが…銀貨か。皮鎧の装備のわりに、はぶりは良さそうなやつらだな。
 実力はほどほどにあると頭に置いておこう。

「どうやって姿を消して俺を連れてきた?」

 答えはないかと諦めていたか、男は薄明かり越しでもわかるほどに、口元を歪めた。

「世の中には便利な薬があんだよ。温室育ちの箱入り息子は知らねぇだろうが」

 ポーションの類いか?魔法薬はかなり値が張るはずだ。ザクス先生の薬だって、普通に買えば、クレエル金貨二枚。マティ君から聞いた話では、金貨二枚は王都で普通の宿に食事つきで一ヶ樹月ほど、泊まれるとのこど。しかも彼のいう普通は高めの普通だ。

 消耗品を使うということは、薬剤師や調合師でもいるのかと男たちをみれば、製作系の人間のような雰囲気を持っている者はいない。

 他に仲間がいるのか。あとは俺を運んできた理由は…机の上の麻袋だろうか。
 机の上には薄汚れた麻袋が置かれている。大きさは大人が入るほどだが…まさか。思ったことではないといいんだが。

「その袋か?」
「目ざといな…借りものだが便利だろ?『屍体袋コープスバッグ』は」

 やはりか。収納の魔法をかけた品でも、ギルドと国が管理している物がある。『屍体袋』はその一つだ。中にいれたものをたたんで懐にいれて運べるが、用途は主に名前の通り死体を運ぶことだ。

 戦争や事故などでの死者、短時間だけなら意識を失った者を収納可能な袋である。今回のような人攫いにはうってつけだろう。意識を奪って、袋につめれば、懐にしまえるんだから。

「確かそれは軍用や医療用だ。誰から借りた?」

 そのような危険なものを一般の冒険者が使っているのはおかしい。ギルドや国であるなら、記録が残るはずだ。それか個人で所有しているのか。

「いうわけねぇだろ!おもしれぇやつだな!」
「道化にゃ、おひねりだろ!」

 男たちのうちの一人が空きビンを投げつけてきた。がきんと音をたててビンは割れた。不純物が多いビンだったのだろう。少なくてもこの辺の酒は学園から提供しているビンを使っている。実習でたくさん、作るからな。
 わざわざ、持ってきた酒は嗅いだことのない匂いがする。薬草酒か。

 持ってきてまで呑むってことは、中毒性でもあるのか、この辺では手に入らない他国の酒というあたりか。

「…金が目的か?なら取引をしよう。さっさと解放すれば欲しいだけの金をやる。その袋につめれないほどの大金貨でもいいぞ?」

 俺個人の金で賄えなければ、父様たちに借りてもいい。さっさと、こいつらから解放されないといけない。

 ここにはケルンがいない。安心ではあるが、あいつを一人にしたことなんてない。どれほど心配しているか想像できない。
 泣いているんじゃねぇかな…はやく慰めてやりたい。

「馬鹿いうなよ。お前を連れていけば、せっかく金だけじゃなく地位もくれるっていうのを蹴るかよ」

 交渉役が断った。
 大金貨だぞ?それでも、断るのか。地位といったが…怖れか?男の声にはそうしなければいけないという焦りのようなものが含まれている。

 地位を用意できる…貴族か。どこの誰か知らねえが、その喧嘩は買うぞ。

 どうしてやろうかと、思考をしようとすると交渉役の男が鳥かごを持ち上げた。

「あれだろ?クウリィエンシアや金持ちの中じゃお前のおかげで獣人が流行っているんだろ?」

 明かりに照らされた鉄格子の中には獣人の子供たちがいた。生徒たちだ。人族もいるが、獣人の子供だらけだ。
 みな目隠しをされ手足を縛られている。

 一人や二人ではない。ざっとみると二十人ほどがいる。
 その中にはチールーちゃんやヴォルノ君の姿もいた。身動き一つせず、まるで…いや、生きている。『地脈誘導』を得てから『気』には敏感になった。生きているから気が出ている。でも、かなり微弱だ。

「こいつとか高値で売れるだろうな。きゃんきゃんうるせぇから黙らせてるけどよ…このガキが香水なんざぶつけやがったからたどり着いたのが運のつきだがよ」

 チールーちゃんの香水か。牢屋からも漂うほどだから、一番匂いのきついのを投げたのだろう。
 それをヴォルノ君がたどってここまできたってわけか。もっと早く動いていればよかった!ちくしょう!

 後悔と反省はここを出てからにしよう。まずは何をしたかを聞かねばならない。

「この子たちに何をした?薬か?答えろ!」
「人形が強い言葉を吐くもんじゃねぇぞ?間違って一人殺しても困らないんだからよぉ…聞き方も知らねえのかよ、貴族のおぼっちゃはよぉ?」

 一人は死んでもいい…あまりこいつらは生徒を重要視していないというのか。だとすれば気をつけねばならないな。知らない子もいるが、ケルンくらいの子供たちが多い。傷つけさせるわけにはいかない。

「…教えてくれ。頼む」
「素直なのはいいぞ?こいつで眠らせてるだけだ」
「なんだそれは?」

 腰本から取り出したのは一枚の黒い布だ。見ているだけで意識がぼうっとしてくる。

「こいつは『闇精霊の布』っていうもんだ。顔に被せたら意識を失う。呼吸も何もかも低下してくれて、下の世話をしなくてすむから、便利なんだぜ?ガキに興味はねぇからな」
「闇の精霊様の!…お前らの支援者はどこの国だ!冒険者が使うもんじゃねぇぞ!」

 俺が地脈をどうにかできないかと、魔道具作りの参考に読んでいた本の中で、精霊様の力を付与する魔道具についての本を読んだ。

 精霊様の力はその属性によって効果は異なる。四元素の精霊様は比較的簡単だ。
 光や闇は別格だ。そもそもの使い手が少く、現在確認されている魔道具はどれも力が強く危険だからだ。

 闇の精霊様は精霊様の中でも特殊だ。彼らはその性質から、魔族に力を貸す魔霊に落ちやすい。
 それに彼らの力を付与するような道具は、ことごとく禁忌だ。おそらく『闇精霊の布』の効果は意識を失うどころか、仮死に近い状態だ。

「このままじゃ」

 二人以外はどれほど前からいるのかはわからないが、少なくても二日は経っている。衰弱を考えれば救出を急いだ方がいい。

「おっと、解除して誰かに連絡したら一人は死ぬぞ?お前を起こしたのも解除させないためだからな?諦めろや」

 俺の焦りを勘違いしたのだろう。そういってきたが…この口振りでは俺が目的のようないい方だ。

「…俺は『思念石』の通信器具だ。この体は貴重だが、俺ではないんだぞ?」
「依頼人はそれでも欲しいんだから、気にすることはねぇよ」
「なら、この子たちを解放しろ。俺はお前らのいう通りにする」
「残念。こいつらも依頼のうちだ。数はなくてもいいが、報酬が増えるからな」

 依頼人か。俺が目的だとするなら、生徒たちは解放してほしいんだが、そうもいかないか。
 どうにか交渉の糸口はないだろうか。

「本当はお前の弟が一緒ならかなりいい値段になって、他にもいいもんがあったのによぉ…近づけねぇ…どんだけ守りをしてんだってくれぇにな」

 あの視線はこいつらか。そうか。俺だけじゃねえのか。
 こいつら、ケルンまで狙ったんだな。

「遠目からみても変態に売れるってわかるからな…こいつもどうにか売れねぇかな?」

 男が明かりをむけた先にいた人族の子は…あれは、杖の子か。なんで、彼まで?

「こいつには感謝だぜ」
「感謝?」
「こいつが俺たちに情報をくれたからお前を捕まえることができた!」

 情報提供者?ということは、杖の子も敵なのか?なのに、なんで牢屋にいれられている?

「最初は俺らを雇ってお前らにけしかけてそこを助けて恩を売るとか幼稚な計画をしてよ。笑えたぜ」
「復讐されるようなことをしてはいけないなぁ、ははは」

 男たちが笑う。
 ああ、そうか。この子は不器用な子なのか。ならばいい。やり方はよくないが、更正はできるだろう。

「このガキはまだ使えたが、あのウスノロの馬鹿どもはお前らに絡んで使えねぇし。金の無駄だった。発狂して暴れるとか役にたたねぇにもほどがあるぜ」
「男四人か?」

 浮かんだのはあの勧誘をしてきた男たちだ。変だったのだ。ケルンを誘うことはわかるが、どこかに連れて行こうとするのは、やりすぎだ。
 発狂はナザドの仕業だな。ちゃんと調べとけばこの男たちのことがわかったかもしれないってのに…戻ったら説教だ。

「魔法なんたらとかいうのに誘われたろ?入ってたらもっと早くにご招待したんだがな」

 あいつらで確定か…説教も確定だ。俺だけじゃなく、ケルンにもさせよう。

「依頼者の狙いはなんだ?俺がいないといけない理由は?」
「知らねぇよ。明日にはわかるだろ…船の手配はどうだ!」
「『霧に紛れて』だとよ」

 ちっ。時間切れか。もといた樽の上に戻されそうだ。

「今までもこうしてきたのか!」

 せめて最後に情報を得れないかと、こいつらが神隠しの正体かをきく。

「今まで?…ああ神隠しか。俺たちじゃねえよ。サイジャルに喧嘩を売れるような協力者はなかなかいねぇ。便利な道具があれば別だがよ」

 サイジャルに喧嘩を売れるやつが黒幕か。
 俺はどうにでもなって構わないがヴォルノ君たちはどうにかして助けないといけない。

 必ずこいつらをここで倒す。そして、黒幕とやらが、二度と俺らを狙わないようにしてやる。

 ケルンには知らせない。きっと心配しているだろうけど、伝えてあいつが巻き込まれるなんて、そんなことを俺はさせない。

 ケルンを狙っているなんて聞いたからには絶対にこいつらとケルンを会わせてたまるか。
 二度とそんなことを思えないようにしてやらねぇと俺の気がおさまらない。

 あいつは俺が守るんだ。俺はあいつのお兄ちゃんだからな。弟を守ってやれるのは、俺だけだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 感想などで登場人物についての考察系をいただくことがありますが、全て非公開にしています。
 合っているか合っていないかの答えについても個別で返答ができません。ただ、今のところは全て外れています。これ以降は物語の中ででお答えします。

 ヒントというか、伏線というか答えというか、一話から今までを読み返していただけると、書いていると思います。

 また、最後になりますが、ブックマークがとてもたくさん増えていて驚いています。
 こんなに増えていてどうしたんだろ?と焦ったりもしています。
 少しでも楽しんでもらえたらうれしいので、よければこれからも読んでいただけると幸いでございます。
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