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第三章の裏話
追話 エセニアの冒険 ➉
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極限の状態になると時間がゆっくりに感じるといいます。
あれは本当のことだったようです。
「よこせぇ!」
アルシンドは私めがけて飛んできています。
坊ちゃまからのリボンを奪われてアルシンドと目があった瞬間、体の動きがかなり鈍くなってきました。
なにかの呪いでもかけられてしまったのかもしれません。
足は特に貼り付けられたかのように身動きがとれなくなっています。
霊体となってしまった相手に素手では意味もなく、頼りの武器はありません。
「ちくしょうが!」
一兄さんをみれば、一兄さんの周辺にも亡霊のような黒い影がたくさん集まっています。
数分で回復するとはいえ『剣魂破砕』を使用したことで、一兄さんは本来の十分の一ぐらいまで能力が下がっています。
私を助けるのは無理です。
おそらく、寄生されるときに抵抗をしても無駄でしょう。死骸の寄せ集めとはいえ、魔族の中に入れるのですから、私の耐性ではどうみても無駄です。
迫ってくるアルシンドを前にしてとても心は凪いでいます。
肉体を奪うということは、私の持っているスキルを使えるかもしれない。そうであれば、今の一兄さんでも倒せるでしょう。
私の記憶を奪って私のふりをするかもしれない。そして護符の作成者を傷つけるつもりでしょう。
そんなこと許さない。
坊ちゃまに少しでも危険が及ぶのならそれを私は許さない。
肉体を奪われないようにするには、死ぬしかない。
恐怖は一つもない。
でも…坊ちゃまが大人になって、立派な旦那様になる姿をみたかったなぁ。
「くかかか!もらったぁぁぁ!」
舌を噛んでも間に合わない。回復の手だてがないとはいえませんから。
でも、自分の心臓を自分の手で貫けば確実に死ねる。
覚悟は決めました。
さようなら、坊ちゃま。
どうかお健やかに。
腕に力を込めた。
そのときでした。
「くかっ!」
柔らかな光が洞窟内を照らしました。
アルシンドは何かにぶつかるようにして止まっています。
「えっ…誰?」
私を庇うように黒髪の男性が立っていました。ちらりと見えた横顔は眠そうな表情をしていながら、なにかに怒っているかのようです。
私と同じ年頃の男性です。
どことなく坊ちゃまに似ていて、でも坊ちゃまよりもどちらかというと平凡な顔立ちの男性。
少し猫背なのに、背は私よりも高い。はねてそのままの寝癖みたいな黒い髪。
あの男の子が大人になったみたいな姿の人です。
ただ、瞳の形が見たことのないものになっていました。まるで獰猛な獣のような瞳です。
彼を見ていると、ずっと昔から知っているかのような感覚が離れません。
敵が迫ってきているというのに、不思議な安堵感に包まれました。
この人なら私を救ってくれる。それは直感でした。
「おおおおお!」
アルシンドが男性に標的を変えてしまいました!このままでは彼が!
「てぇだす野郎は…ぶっ飛ばす!」
低く落ち着いた声で一言呟くなり、彼はアルシンドを殴り付けました。
たった一撃。格闘術の心得なんてまったくないままのただ突きだしただけ。
でも、力強い拳です。
「この力はぁぁ!英雄のぉ!」
「果てまでぶっ飛べ」
「きぃぇぁぁぁぁ!」
男性の拳が光輝き、アルシンドを叩きつけるようにして殴りつけました。
すると、ぼろぼろと崩れていくようにアルシンドの霊体は消えていきます。
アルシンドの断末魔に呼応するかのように一兄さんを取り囲んでいた霊体も光に包まれていくかのように、消えていきました。
アルシンドの術から解放されたのか、全ての霊体の顔は安らかでした。
「あの!」
声をかければ、彼は私をみてどこか照れくさそうに笑って消えてしまいました。
彼がいた足元には私のリボンが千切れながらも落ちていました。
「リボン?」
動けるようになった足で拾いにいくと、確かに私のリボンです。
「無事か!」
一兄さんが私の大好き体を叩きながら無事を確認します。
痛いです。
「ええ…」
ほっとした一兄さんが手元のリボンをみて、何かに気づきました。
「おい、何か中にも書いていないか?」
いわれてみれば…文字?ですが、私には読めません。
「古代文字?坊ちゃまが書いたのか?」
「一兄さん…読んでくれますか?」
古代文字なんてそんな高等なものは、旦那様や奥様ならすらすら、読めるでしょう。次兄さんや三兄さんもおそらく読めるはずです。
一兄さんは奥様から最低限の教養を得なさいと苦手な勉強もしていたはずです。
奥様の最低限ともなれば、古代文字も読めて当然という可能性があります。
「古代文字は俺も苦手なんだが…えーと…これは…」
どうやら読めるみたいです。
さすが、奥様です。どれだけ一兄さんを教え込んだのでしょう。勉強に関しては才能がないですからね。
「確か…男だろ?あ、野郎ってことか?…これはエセニア?んで、未婚…あ、嫁入り前?…あー…」
なにか、酷いいわれようです。
しばらくして、ようやく解読できたのか、一兄さんが吹き出して笑っています。
「どうやら、エフデ様が書いたみたいだぞ、これ」
「…内容を教えてください」
吹き出しすようなことを書いたんですか?帰って説教です!
「えっとな『嫁入り前のエセニアを襲うようなふてぇ野郎はぶっ飛ばしてください!棒神様!エフデより心と魔力を込めまくって!頼んます!俺の大事な人なんで!』だとさ…いやー。我が妹を選ぶとは趣味が悪いな!よかったな、愛さ、へぶっ!」
「今ので今日のことは内緒にしてあげます。一兄さんもですからね!」
思わず思いっきり殴ってしまいましたが、頑丈なのが取り柄の一兄さんです。壁に叩きつけられても傷…はかすり傷ですね。
「照れた妹に殺されかけたんだが」
「避けれない一兄さんが悪いです」
そういえば、まだ回復していなかったようですね。だったら、私でも勝てますから。決して私が強いわけではありません。
「こぇぇ…しかし、護符ってのはすげぇな。障壁でアルシンドを吹き飛ばしちまうなんてな…亡霊まで浄化しちまった」
障壁?
一兄さんには彼が見えていなかったのでしょうか?
「一兄さん?見えなかったの?」
「ん?さすがの俺も障壁はみえねぇな」
私にしか見えなかった。
もしかしたら…いえ、そんなはずありませんね。
エフデ様が助けてくれたなんてそんな奇跡のようなこと起こるわけない。
きっと、極限の緊張がみせた幻…なんでしょう。
「とりあえず、しっかり滅んだみてえだが…情報は得られずか…いや、待てよ…Aランクの冒険者が山賊退治に?…そうか、依頼か」
「では、私は戻りますから…報酬は期待してます」
一兄さんが何かしらに引っ掛かりを覚えたようです。どうして勉強は、できないのにそういったことは頭が回るのでしょう。
「おう!坊ちゃまによろしくな!明後日行くからよ!」
「…休みの日ぐらい休んでは?」
「あ?だから休みに帰るんじゃねぇか!わかってねぇな!」
王都でゆっくりしていれば?とは伝わらないのは、もどかしいです。
そろそろ、ポルティも移住者を締め切らないと、一兄さんや次兄さんを知っている人がでてきそうです。
坊ちゃまに知られないようにするのも大変なんですが。
あっけらかんとしている兄のお腹に肘鉄ぐらい許されますよね?妹ですから。
一兄さんと別れて屋敷に戻ると、やたらと疲れた顔の母さんが出迎えてくれました。
なにかあったのかしら?
「お帰りなさい。無事でなによりです」
「ただいま戻りました…坊ちゃまは、今どちらに?あの…メイド長様、どうされたのですか?」
いつものようなはっきりとしたいいかたではなく、どこなそわそわとしています。
メイド長という立場の母さんならそんな態度を見せないはずです。なにかあったとしか思えません。
「坊ちゃまは、作業部屋で絵を描いておられます…それから…エセニア…娘として意見を聞かせてほしいんだけど…」
「なによ、母さん。本当にどうしたの?」
明確に勤務時間があるわけではないですが、坊ちゃまが起きている時間は公私をわけると決めたのは母さんです。
その母さんが娘としての意見を求めるなんて、驚きです。
「坊ちゃまが学園に行くっていうのを応援するべきか、引き留めるべきか教えてちょうだい…どうにかしてついていくべきかしら?」
「母さん、詳しく教えて!」
私のちょっとした冒険よりも、坊ちゃまの冒険の方が密度が濃いような気がするのは、なぜでしょう。
坊ちゃまと二人での散歩です。ミルディには頼んでお屋敷でお茶の練習をしてもらっています。
もしかしたら、こうして二人で散歩をするのもあと、わずかかもしれませんから。
「坊ちゃまから、いただいリボン…ちぎれてしまいました…申し訳ありません」
新しいリボンをいただいてはいますが、前にいただいた、リボンはアルシンドによって千切りとられてしまいました。
「いいの!エセニアを守ってくれた?」
坊ちゃまは私の油断で破かれたというのに、私を叱ることなく、それどころか心配してくれています。
「ええ…変な男からも守ってくれましたよ」
だから思わず話してしまいました。
迂闊でした。内緒にしとかないといけなかったのに。
「ん?なにお兄ちゃん?…エセニアー。お兄ちゃんがね、変な男だと!ぶっ飛ばす!って、ぷんぷんしてる!僕も怒っちゃうぞ!エセニアいじめられてないよね?」
それを聞いて思わず笑ってしまいました。
エフデ様はやっぱり、エフデ様なんだなぁ。
「大丈夫です!ちょっと耳がへたってしまいましたけど、私はこの通りですから」
力こぶなんてできませんけど、坊ちゃまを抱き上げるぐらい軽々やってしまいますよ?
ああ…でも…坊ちゃまは大きくなられました。きっとあっという間に素敵な殿方になられてしまうんでしょうね。
きっと、あの人みたいに。
「坊ちゃま。エフデ様に伝えてくれます?」
「んー?なにをー?」
「守ってくれてありがとう。大好きです、と」
きっと、私は貴方が一番なんです。ううん。貴方が守ろうとしている全てが一番です。
「お兄ちゃん、なんか照れててね、よせやい!エセニアのケモミミ?がへたってなきゃいいんだよ?だってー。変なお兄ちゃんだねー」
それから坊ちゃまはエフデ様と何事かお話をされています。
どうも奥様のおっしゃったとおり、エフデ様は照れ屋なのですね。
それに、きっと何でも知っているって顔を真っ赤にさせて、猫背をさらに曲げて照れているんでしょう。
ちらちらと私をみて、とても優しく嬉しそうに笑って。
背中を伸ばしなさい!っと、注意はできませんが、私は知っていますからね。
「ふふっ」
私の大好きな幼馴染はとっても優しくて、家族想いの素敵な人だって知っている。
貴方が守れない分、私が守るから。
今度はきっと。
・・・・・・・・・・・
設定集を抜かして数えると次で百話目です。
ほのぼの回です。
九月からぼつぼつ書き初めまして、宣伝をとくにしていない中、ブックマークが二百人をこえました。
感謝感謝でございます。
物語はもう少し追話を書きましたら四章へと入ります。
ケルンが初めて外の世界や様々な思惑に触れる中、エフデがどのようにケルンと力を合わせて行動していくか…ぜひ読んでいただけたらなとも思います。
あれは本当のことだったようです。
「よこせぇ!」
アルシンドは私めがけて飛んできています。
坊ちゃまからのリボンを奪われてアルシンドと目があった瞬間、体の動きがかなり鈍くなってきました。
なにかの呪いでもかけられてしまったのかもしれません。
足は特に貼り付けられたかのように身動きがとれなくなっています。
霊体となってしまった相手に素手では意味もなく、頼りの武器はありません。
「ちくしょうが!」
一兄さんをみれば、一兄さんの周辺にも亡霊のような黒い影がたくさん集まっています。
数分で回復するとはいえ『剣魂破砕』を使用したことで、一兄さんは本来の十分の一ぐらいまで能力が下がっています。
私を助けるのは無理です。
おそらく、寄生されるときに抵抗をしても無駄でしょう。死骸の寄せ集めとはいえ、魔族の中に入れるのですから、私の耐性ではどうみても無駄です。
迫ってくるアルシンドを前にしてとても心は凪いでいます。
肉体を奪うということは、私の持っているスキルを使えるかもしれない。そうであれば、今の一兄さんでも倒せるでしょう。
私の記憶を奪って私のふりをするかもしれない。そして護符の作成者を傷つけるつもりでしょう。
そんなこと許さない。
坊ちゃまに少しでも危険が及ぶのならそれを私は許さない。
肉体を奪われないようにするには、死ぬしかない。
恐怖は一つもない。
でも…坊ちゃまが大人になって、立派な旦那様になる姿をみたかったなぁ。
「くかかか!もらったぁぁぁ!」
舌を噛んでも間に合わない。回復の手だてがないとはいえませんから。
でも、自分の心臓を自分の手で貫けば確実に死ねる。
覚悟は決めました。
さようなら、坊ちゃま。
どうかお健やかに。
腕に力を込めた。
そのときでした。
「くかっ!」
柔らかな光が洞窟内を照らしました。
アルシンドは何かにぶつかるようにして止まっています。
「えっ…誰?」
私を庇うように黒髪の男性が立っていました。ちらりと見えた横顔は眠そうな表情をしていながら、なにかに怒っているかのようです。
私と同じ年頃の男性です。
どことなく坊ちゃまに似ていて、でも坊ちゃまよりもどちらかというと平凡な顔立ちの男性。
少し猫背なのに、背は私よりも高い。はねてそのままの寝癖みたいな黒い髪。
あの男の子が大人になったみたいな姿の人です。
ただ、瞳の形が見たことのないものになっていました。まるで獰猛な獣のような瞳です。
彼を見ていると、ずっと昔から知っているかのような感覚が離れません。
敵が迫ってきているというのに、不思議な安堵感に包まれました。
この人なら私を救ってくれる。それは直感でした。
「おおおおお!」
アルシンドが男性に標的を変えてしまいました!このままでは彼が!
「てぇだす野郎は…ぶっ飛ばす!」
低く落ち着いた声で一言呟くなり、彼はアルシンドを殴り付けました。
たった一撃。格闘術の心得なんてまったくないままのただ突きだしただけ。
でも、力強い拳です。
「この力はぁぁ!英雄のぉ!」
「果てまでぶっ飛べ」
「きぃぇぁぁぁぁ!」
男性の拳が光輝き、アルシンドを叩きつけるようにして殴りつけました。
すると、ぼろぼろと崩れていくようにアルシンドの霊体は消えていきます。
アルシンドの断末魔に呼応するかのように一兄さんを取り囲んでいた霊体も光に包まれていくかのように、消えていきました。
アルシンドの術から解放されたのか、全ての霊体の顔は安らかでした。
「あの!」
声をかければ、彼は私をみてどこか照れくさそうに笑って消えてしまいました。
彼がいた足元には私のリボンが千切れながらも落ちていました。
「リボン?」
動けるようになった足で拾いにいくと、確かに私のリボンです。
「無事か!」
一兄さんが私の大好き体を叩きながら無事を確認します。
痛いです。
「ええ…」
ほっとした一兄さんが手元のリボンをみて、何かに気づきました。
「おい、何か中にも書いていないか?」
いわれてみれば…文字?ですが、私には読めません。
「古代文字?坊ちゃまが書いたのか?」
「一兄さん…読んでくれますか?」
古代文字なんてそんな高等なものは、旦那様や奥様ならすらすら、読めるでしょう。次兄さんや三兄さんもおそらく読めるはずです。
一兄さんは奥様から最低限の教養を得なさいと苦手な勉強もしていたはずです。
奥様の最低限ともなれば、古代文字も読めて当然という可能性があります。
「古代文字は俺も苦手なんだが…えーと…これは…」
どうやら読めるみたいです。
さすが、奥様です。どれだけ一兄さんを教え込んだのでしょう。勉強に関しては才能がないですからね。
「確か…男だろ?あ、野郎ってことか?…これはエセニア?んで、未婚…あ、嫁入り前?…あー…」
なにか、酷いいわれようです。
しばらくして、ようやく解読できたのか、一兄さんが吹き出して笑っています。
「どうやら、エフデ様が書いたみたいだぞ、これ」
「…内容を教えてください」
吹き出しすようなことを書いたんですか?帰って説教です!
「えっとな『嫁入り前のエセニアを襲うようなふてぇ野郎はぶっ飛ばしてください!棒神様!エフデより心と魔力を込めまくって!頼んます!俺の大事な人なんで!』だとさ…いやー。我が妹を選ぶとは趣味が悪いな!よかったな、愛さ、へぶっ!」
「今ので今日のことは内緒にしてあげます。一兄さんもですからね!」
思わず思いっきり殴ってしまいましたが、頑丈なのが取り柄の一兄さんです。壁に叩きつけられても傷…はかすり傷ですね。
「照れた妹に殺されかけたんだが」
「避けれない一兄さんが悪いです」
そういえば、まだ回復していなかったようですね。だったら、私でも勝てますから。決して私が強いわけではありません。
「こぇぇ…しかし、護符ってのはすげぇな。障壁でアルシンドを吹き飛ばしちまうなんてな…亡霊まで浄化しちまった」
障壁?
一兄さんには彼が見えていなかったのでしょうか?
「一兄さん?見えなかったの?」
「ん?さすがの俺も障壁はみえねぇな」
私にしか見えなかった。
もしかしたら…いえ、そんなはずありませんね。
エフデ様が助けてくれたなんてそんな奇跡のようなこと起こるわけない。
きっと、極限の緊張がみせた幻…なんでしょう。
「とりあえず、しっかり滅んだみてえだが…情報は得られずか…いや、待てよ…Aランクの冒険者が山賊退治に?…そうか、依頼か」
「では、私は戻りますから…報酬は期待してます」
一兄さんが何かしらに引っ掛かりを覚えたようです。どうして勉強は、できないのにそういったことは頭が回るのでしょう。
「おう!坊ちゃまによろしくな!明後日行くからよ!」
「…休みの日ぐらい休んでは?」
「あ?だから休みに帰るんじゃねぇか!わかってねぇな!」
王都でゆっくりしていれば?とは伝わらないのは、もどかしいです。
そろそろ、ポルティも移住者を締め切らないと、一兄さんや次兄さんを知っている人がでてきそうです。
坊ちゃまに知られないようにするのも大変なんですが。
あっけらかんとしている兄のお腹に肘鉄ぐらい許されますよね?妹ですから。
一兄さんと別れて屋敷に戻ると、やたらと疲れた顔の母さんが出迎えてくれました。
なにかあったのかしら?
「お帰りなさい。無事でなによりです」
「ただいま戻りました…坊ちゃまは、今どちらに?あの…メイド長様、どうされたのですか?」
いつものようなはっきりとしたいいかたではなく、どこなそわそわとしています。
メイド長という立場の母さんならそんな態度を見せないはずです。なにかあったとしか思えません。
「坊ちゃまは、作業部屋で絵を描いておられます…それから…エセニア…娘として意見を聞かせてほしいんだけど…」
「なによ、母さん。本当にどうしたの?」
明確に勤務時間があるわけではないですが、坊ちゃまが起きている時間は公私をわけると決めたのは母さんです。
その母さんが娘としての意見を求めるなんて、驚きです。
「坊ちゃまが学園に行くっていうのを応援するべきか、引き留めるべきか教えてちょうだい…どうにかしてついていくべきかしら?」
「母さん、詳しく教えて!」
私のちょっとした冒険よりも、坊ちゃまの冒険の方が密度が濃いような気がするのは、なぜでしょう。
坊ちゃまと二人での散歩です。ミルディには頼んでお屋敷でお茶の練習をしてもらっています。
もしかしたら、こうして二人で散歩をするのもあと、わずかかもしれませんから。
「坊ちゃまから、いただいリボン…ちぎれてしまいました…申し訳ありません」
新しいリボンをいただいてはいますが、前にいただいた、リボンはアルシンドによって千切りとられてしまいました。
「いいの!エセニアを守ってくれた?」
坊ちゃまは私の油断で破かれたというのに、私を叱ることなく、それどころか心配してくれています。
「ええ…変な男からも守ってくれましたよ」
だから思わず話してしまいました。
迂闊でした。内緒にしとかないといけなかったのに。
「ん?なにお兄ちゃん?…エセニアー。お兄ちゃんがね、変な男だと!ぶっ飛ばす!って、ぷんぷんしてる!僕も怒っちゃうぞ!エセニアいじめられてないよね?」
それを聞いて思わず笑ってしまいました。
エフデ様はやっぱり、エフデ様なんだなぁ。
「大丈夫です!ちょっと耳がへたってしまいましたけど、私はこの通りですから」
力こぶなんてできませんけど、坊ちゃまを抱き上げるぐらい軽々やってしまいますよ?
ああ…でも…坊ちゃまは大きくなられました。きっとあっという間に素敵な殿方になられてしまうんでしょうね。
きっと、あの人みたいに。
「坊ちゃま。エフデ様に伝えてくれます?」
「んー?なにをー?」
「守ってくれてありがとう。大好きです、と」
きっと、私は貴方が一番なんです。ううん。貴方が守ろうとしている全てが一番です。
「お兄ちゃん、なんか照れててね、よせやい!エセニアのケモミミ?がへたってなきゃいいんだよ?だってー。変なお兄ちゃんだねー」
それから坊ちゃまはエフデ様と何事かお話をされています。
どうも奥様のおっしゃったとおり、エフデ様は照れ屋なのですね。
それに、きっと何でも知っているって顔を真っ赤にさせて、猫背をさらに曲げて照れているんでしょう。
ちらちらと私をみて、とても優しく嬉しそうに笑って。
背中を伸ばしなさい!っと、注意はできませんが、私は知っていますからね。
「ふふっ」
私の大好きな幼馴染はとっても優しくて、家族想いの素敵な人だって知っている。
貴方が守れない分、私が守るから。
今度はきっと。
・・・・・・・・・・・
設定集を抜かして数えると次で百話目です。
ほのぼの回です。
九月からぼつぼつ書き初めまして、宣伝をとくにしていない中、ブックマークが二百人をこえました。
感謝感謝でございます。
物語はもう少し追話を書きましたら四章へと入ります。
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