選ばれたのはケモナーでした

竹端景

文字の大きさ
上 下
103 / 229
第三章の裏話

追話 エセニアの冒険 ➉

しおりを挟む
 極限の状態になると時間がゆっくりに感じるといいます。
 あれは本当のことだったようです。

「よこせぇ!」

 アルシンドは私めがけて飛んできています。
 坊ちゃまからのリボンを奪われてアルシンドと目があった瞬間、体の動きがかなり鈍くなってきました。

 なにかの呪いでもかけられてしまったのかもしれません。
 足は特に貼り付けられたかのように身動きがとれなくなっています。

 霊体となってしまった相手に素手では意味もなく、頼りの武器はありません。

「ちくしょうが!」

 一兄さんをみれば、一兄さんの周辺にも亡霊のような黒い影がたくさん集まっています。
 数分で回復するとはいえ『剣魂破砕けんこんはさい』を使用したことで、一兄さんは本来の十分の一ぐらいまで能力が下がっています。

 私を助けるのは無理です。

 おそらく、寄生されるときに抵抗をしても無駄でしょう。死骸の寄せ集めとはいえ、魔族の中に入れるのですから、私の耐性ではどうみても無駄です。
 迫ってくるアルシンドを前にしてとても心は凪いでいます。

 肉体を奪うということは、私の持っているスキルを使えるかもしれない。そうであれば、今の一兄さんでも倒せるでしょう。
 私の記憶を奪って私のふりをするかもしれない。そして護符の作成者を傷つけるつもりでしょう。

 そんなこと許さない。

 坊ちゃまに少しでも危険が及ぶのならそれを私は許さない。

 肉体を奪われないようにするには、死ぬしかない。

 恐怖は一つもない。
 でも…坊ちゃまが大人になって、立派な旦那様になる姿をみたかったなぁ。

「くかかか!もらったぁぁぁ!」

 舌を噛んでも間に合わない。回復の手だてがないとはいえませんから。
 でも、自分の心臓を自分の手で貫けば確実に死ねる。

 覚悟は決めました。
 さようなら、坊ちゃま。
 どうかお健やかに。

 腕に力を込めた。
 そのときでした。

「くかっ!」

 柔らかな光が洞窟内を照らしました。
 アルシンドは何かにぶつかるようにして止まっています。

「えっ…誰?」

 私を庇うように黒髪の男性が立っていました。ちらりと見えた横顔は眠そうな表情をしていながら、なにかに怒っているかのようです。
 私と同じ年頃の男性です。

 どことなく坊ちゃまに似ていて、でも坊ちゃまよりもどちらかというと平凡な顔立ちの男性。

 少し猫背なのに、背は私よりも高い。はねてそのままの寝癖みたいな黒い髪。
 あの男の子が大人になったみたいな姿の人です。
 ただ、瞳の形が見たことのないものになっていました。まるで獰猛な獣のような瞳です。

 彼を見ていると、ずっと昔から知っているかのような感覚が離れません。
 敵が迫ってきているというのに、不思議な安堵感に包まれました。
 この人なら私を救ってくれる。それは直感でした。

「おおおおお!」

 アルシンドが男性に標的を変えてしまいました!このままでは彼が!

「てぇだす野郎は…ぶっ飛ばす!」

 低く落ち着いた声で一言呟くなり、彼はアルシンドを殴り付けました。

 たった一撃。格闘術の心得なんてまったくないままのただ突きだしただけ。
 でも、力強い拳です。

「この力はぁぁ!英雄のぉ!」
「果てまでぶっ飛べ」
「きぃぇぁぁぁぁ!」

 男性の拳が光輝き、アルシンドを叩きつけるようにして殴りつけました。
 すると、ぼろぼろと崩れていくようにアルシンドの霊体は消えていきます。
 アルシンドの断末魔に呼応するかのように一兄さんを取り囲んでいた霊体も光に包まれていくかのように、消えていきました。
 アルシンドの術から解放されたのか、全ての霊体の顔は安らかでした。

「あの!」

 声をかければ、彼は私をみてどこか照れくさそうに笑って消えてしまいました。

 彼がいた足元には私のリボンが千切れながらも落ちていました。

「リボン?」

 動けるようになった足で拾いにいくと、確かに私のリボンです。

「無事か!」

 一兄さんが私の大好き体を叩きながら無事を確認します。
 痛いです。

「ええ…」

 ほっとした一兄さんが手元のリボンをみて、何かに気づきました。

「おい、何か中にも書いていないか?」

 いわれてみれば…文字?ですが、私には読めません。

「古代文字?坊ちゃまが書いたのか?」
「一兄さん…読んでくれますか?」

 古代文字なんてそんな高等なものは、旦那様や奥様ならすらすら、読めるでしょう。次兄さんや三兄さんもおそらく読めるはずです。

 一兄さんは奥様から最低限の教養を得なさいと苦手な勉強もしていたはずです。
 奥様の最低限ともなれば、古代文字も読めて当然という可能性があります。

「古代文字は俺も苦手なんだが…えーと…これは…」

 どうやら読めるみたいです。
 さすが、奥様です。どれだけ一兄さんを教え込んだのでしょう。勉強に関しては才能がないですからね。

「確か…男だろ?あ、野郎ってことか?…これはエセニア?んで、未婚…あ、嫁入り前?…あー…」

 なにか、酷いいわれようです。
 しばらくして、ようやく解読できたのか、一兄さんが吹き出して笑っています。

「どうやら、エフデ様が書いたみたいだぞ、これ」
「…内容を教えてください」

 吹き出しすようなことを書いたんですか?帰って説教です!

「えっとな『嫁入り前のエセニアを襲うようなふてぇ野郎はぶっ飛ばしてください!棒神様!エフデより心と魔力を込めまくって!頼んます!俺の大事な人なんで!』だとさ…いやー。我が妹を選ぶとは趣味が悪いな!よかったな、愛さ、へぶっ!」
「今ので今日のことは内緒にしてあげます。一兄さんもですからね!」

 思わず思いっきり殴ってしまいましたが、頑丈なのが取り柄の一兄さんです。壁に叩きつけられても傷…はかすり傷ですね。

「照れた妹に殺されかけたんだが」
「避けれない一兄さんが悪いです」

 そういえば、まだ回復していなかったようですね。だったら、私でも勝てますから。決して私が強いわけではありません。

「こぇぇ…しかし、護符ってのはすげぇな。障壁でアルシンドを吹き飛ばしちまうなんてな…亡霊まで浄化しちまった」

 障壁?
 一兄さんには彼が見えていなかったのでしょうか?

「一兄さん?見えなかったの?」
「ん?さすがの俺も障壁はみえねぇな」

 私にしか見えなかった。
 もしかしたら…いえ、そんなはずありませんね。
 エフデ様が助けてくれたなんてそんな奇跡のようなこと起こるわけない。
 きっと、極限の緊張がみせた幻…なんでしょう。

「とりあえず、しっかり滅んだみてえだが…情報は得られずか…いや、待てよ…Aランクの冒険者が山賊退治に?…そうか、依頼か」
「では、私は戻りますから…報酬は期待してます」

一兄さんが何かしらに引っ掛かりを覚えたようです。どうして勉強は、できないのにそういったことは頭が回るのでしょう。

「おう!坊ちゃまによろしくな!明後日行くからよ!」
「…休みの日ぐらい休んでは?」
「あ?だから休みに帰るんじゃねぇか!わかってねぇな!」

 王都でゆっくりしていれば?とは伝わらないのは、もどかしいです。
 そろそろ、ポルティも移住者を締め切らないと、一兄さんや次兄さんを知っている人がでてきそうです。
 坊ちゃまに知られないようにするのも大変なんですが。
 あっけらかんとしている兄のお腹に肘鉄ぐらい許されますよね?妹ですから。

 一兄さんと別れて屋敷に戻ると、やたらと疲れた顔の母さんが出迎えてくれました。
 なにかあったのかしら?

「お帰りなさい。無事でなによりです」
「ただいま戻りました…坊ちゃまは、今どちらに?あの…メイド長様、どうされたのですか?」

 いつものようなはっきりとしたいいかたではなく、どこなそわそわとしています。
 メイド長という立場の母さんならそんな態度を見せないはずです。なにかあったとしか思えません。

「坊ちゃまは、作業部屋で絵を描いておられます…それから…エセニア…娘として意見を聞かせてほしいんだけど…」
「なによ、母さん。本当にどうしたの?」

 明確に勤務時間があるわけではないですが、坊ちゃまが起きている時間は公私をわけると決めたのは母さんです。
 その母さんが娘としての意見を求めるなんて、驚きです。

「坊ちゃまが学園に行くっていうのを応援するべきか、引き留めるべきか教えてちょうだい…どうにかしてついていくべきかしら?」
「母さん、詳しく教えて!」

 私のちょっとした冒険よりも、坊ちゃまの冒険の方が密度が濃いような気がするのは、なぜでしょう。


 坊ちゃまと二人での散歩です。ミルディには頼んでお屋敷でお茶の練習をしてもらっています。
 もしかしたら、こうして二人で散歩をするのもあと、わずかかもしれませんから。

「坊ちゃまから、いただいリボン…ちぎれてしまいました…申し訳ありません」

 新しいリボンをいただいてはいますが、前にいただいた、リボンはアルシンドによって千切りとられてしまいました。

「いいの!エセニアを守ってくれた?」

 坊ちゃまは私の油断で破かれたというのに、私を叱ることなく、それどころか心配してくれています。

「ええ…変な男からも守ってくれましたよ」

 だから思わず話してしまいました。
 迂闊でした。内緒にしとかないといけなかったのに。

「ん?なにお兄ちゃん?…エセニアー。お兄ちゃんがね、変な男だと!ぶっ飛ばす!って、ぷんぷんしてる!僕も怒っちゃうぞ!エセニアいじめられてないよね?」

 それを聞いて思わず笑ってしまいました。
 エフデ様はやっぱり、エフデ様なんだなぁ。

「大丈夫です!ちょっと耳がへたってしまいましたけど、私はこの通りですから」

 力こぶなんてできませんけど、坊ちゃまを抱き上げるぐらい軽々やってしまいますよ?
 ああ…でも…坊ちゃまは大きくなられました。きっとあっという間に素敵な殿方になられてしまうんでしょうね。
 きっと、あの人みたいに。

「坊ちゃま。エフデ様に伝えてくれます?」
「んー?なにをー?」
「守ってくれてありがとう。大好きです、と」

 きっと、私は貴方が一番なんです。ううん。貴方が守ろうとしている全てが一番です。

「お兄ちゃん、なんか照れててね、よせやい!エセニアのケモミミ?がへたってなきゃいいんだよ?だってー。変なお兄ちゃんだねー」

 それから坊ちゃまはエフデ様と何事かお話をされています。
 どうも奥様のおっしゃったとおり、エフデ様は照れ屋なのですね。

 それに、きっと何でも知っているって顔を真っ赤にさせて、猫背をさらに曲げて照れているんでしょう。
 ちらちらと私をみて、とても優しく嬉しそうに笑って。

 背中を伸ばしなさい!っと、注意はできませんが、私は知っていますからね。

「ふふっ」

 私の大好きな幼馴染はとっても優しくて、家族想いの素敵な人だって知っている。
 貴方が守れない分、私が守るから。
 今度はきっと。





・・・・・・・・・・・
設定集を抜かして数えると次で百話目です。
ほのぼの回です。

九月からぼつぼつ書き初めまして、宣伝をとくにしていない中、ブックマークが二百人をこえました。
感謝感謝でございます。
物語はもう少し追話を書きましたら四章へと入ります。
ケルンが初めて外の世界や様々な思惑に触れる中、エフデがどのようにケルンと力を合わせて行動していくか…ぜひ読んでいただけたらなとも思います。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

処理中です...