選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第一章の裏話

追話 リンメギン国 玉座にて

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 ドワーフが多くすむ大国リンメギン。その王宮は、技巧ぎこうの種族たるドワーフたちの技の全てを注いだ傑作であり、王城そのものが国の宝として、例え攻め込もうとも、王城に火を放つことなど、あまりにも造形の素晴らしさに、誰もできはしない。そう他国にも知られている。
 
 そのような傑作の王城の中でもさらに特別な部屋がある。
 玉座の間。
 他国の使者や朝議ちょうぎ、儀式典礼などを行う国の心臓部。

 緻密ちみつな彫刻がそこかしこに配置され、天井にも同じく緻密な彫刻がフレスコ画とともに、天井を守護するかのように配置されている。
 
 特に豪華な空の玉座をみつめる男性。耳は長く、一目でエルフと思えるだろう、だがエルフにしては、筋肉質であり、身長もさほど高くはない。

「皇太子殿下…」

 玉座をみつめる彼に声をかけたのは、リンメギン国の宰相である。彼は小さなレンズの眼鏡をかけてはいるが、文官だけではなく彫金ちょうきん細工師として国内外で知られている。
 何人もの弟子を持つ彼ですら、目の前のエルフのような男。この国の皇太子には細工師の腕は負けてしまう。それゆえに、日頃から見た目がエルフによっていても、宰相は皇太子を尊敬している。

 だが、このときばかりは皇太子への配慮は頭になかった。

 今、リンメギン国の王や、リンメギン国に古くから使える主要貴族の当主たちは、この国にいない。
 全員、クウリィエンシア皇国のとある場所へとむかっている。

 全員がその命をもって謝罪をするためにだ。

「父の亡骸なきがらは…まさか燃やされてしまったのだろうか」
「まさか!」

 皇太子の言葉に宰相は驚愕の表情を浮かべた。一国の王が命でもって謝罪をしているというのに、亡骸を返還するどころか、燃やすなど、考えられなかったのだ。

「あのクウリィエンシア皇国の主席ロイヤルメイジだぞ?一国を消し去るほどの大魔法使い…先の大戦のことはまだ記憶に残っているだろう?」
「では…他の方々も…」

 沈痛な顔になりながらも、その可能性が高いと感がてしまい宰相は言葉を失った。
 皇太子はそれでも宰相にいい聞かせる。

「彼の方々にとって、我が国の主要貴族の首など王の付属にすらならぬ…法王の不興ふきょうをかったかもしれぬな」

 リンメギン国の貴族でもあり、主席ロイヤルメイジと個人的な付き合いのあるヴェルムを仲介にしたいと皇太子は王に進言していた。
 王はそれを断り、逆にヴェルムにはこの国に残り、若い者たちをまとめよと命じられ、同行を許さなかった。

 フェスマルク家の連絡をリンメギン国の魔法使いたちが補助しあって届けたのちに、貴族会議へと出席することとなったのだ。

「…これで本当によかったのでしょうか?」
「他に手があると?法王と武神の話を知らぬ馬鹿は、あの戯者だけで充分だ!」

 そもそも原因となったドリュフは黒い噂の多い男であった。金回りが以上によく、資金がどのようにして生まれたのかを調査しているが、貴重な道具や素材をいずこかに売り飛ばしていただけではなさそうだった。
 余罪を追及しているところであるが、その多さにも頭を悩ませている。

 責任を取る形ではあるとはいえ、一国の王の首でなければならないほど、ことが大きくなりすぎているのだ。

「申し訳ありません…父上…せめて一欠片でも…お帰りくだされば…」

 何度目かの謝罪を皇太子が呟いたとき、玉座の間に異変が起こった。
 空間の一部が揺らめきだしたのだ。

「なっ!これは『ゲート』!?結界を超えて、王宮に飛ばせるなど、何者か!」

 王城には侵入者対策の結界が敷いてある。また並大抵のものが玉座の間に直接『ゲート』を繋げるなど考えもできなかった。
 『ゲート』を潜り抜けて現れたのは、命をもって謝罪にでかけた、王や貴族の当主たちであった。

「父上!」
「陛下!」

 皇太子と宰相は驚いて王のそばに駆け寄った。
 幽霊や傀儡ではなく、生きた王たちの姿に、安堵と困惑が産まれた。

「おお!皇太子、ならびに宰相よ。ちょうどよいところに」
「ちょうどよいところにではありません!かの方は!主席ロイヤルメイジ殿はお許しなられたのですか?」

 皇太子たちにまるで何事もなかったかのように話す王に、皇太子は怒りを覚えた。

「ん?おお!そうだ。ケルン様はなんとも慈悲深いことにお許しくださり…みよ!」
「こ、これは」

 王たちの後ろには、一度は王城にはいってきたが、返還された生きた石像リビングゴーレムがいた。しかも二頭もだ。

「まさに、聖王イムル様の再来よ。ささ、ペガサスたちよ。好きに王城を探索して結構だ。明日は国民へのお披露目もあるが、まずはこの城を気に入ってくれたまえ。衛兵たちよ、国賓こくひん待遇をせよ。よいな?」

 控えていた兵士に命じて生きた石像を玉座の間の外へと連れ出した。
 呆然としながらも、皇太子は一つ腑に落ちないことがあった。

「しかし父上…ケルン様とは?どなたのことでしょうか?主席ロイヤルメイジ殿はティストール・フェスマルク殿とお聞きしておりますが」
「うむ、ケルン様はエフデ様だ。なんと、主席ロイヤルメイジ殿のご子息でな…立派なお子であった」
「おお、エフデ殿!…ご子息ですと?」

 主席ロイヤルメイジにむすこがいたことにも驚きだが、エフデが人族であることに驚きが隠せなかった。若い男とは情報があがってきていたが、本人の情報はフェスマルク家が秘匿ひとくしていた。それゆえ、ドワーフ族の者か。己のようにドワーフの血が入った者だと皇太子は思っていた。

「しかり!まさか人族から、の様なお子が生まれようとは」
「いやいや、彼の国には、我らドワーフもいにしえからおりまするぞ!きっと、我らの血も流れておられるから、あのような素晴らしきお子であるのだ!」

 そのような声が貴族の当主たちから聞こえてくる。
 このことも、皇太子は驚きを隠せなかった。

「父上、これはどういうことです?純ドワーフ派の主だった者たちが、あのようにほめはやすなど、前代未聞ですが」
「それはだな」

 リンメギン国の純ドワーフ派たちは、スキルの継承もだが、ドワーフ族にこそ技巧関係のスキルは発現するもものと信望している派閥だ。
 しかも、発言権がかなり強く、彼らの技巧の腕も軒並み高い。リンメギン国の主要産業のほとんどを純ドワーフ派が占めているほどである。

「王よ!いつ、ケルン様をリンメギン国へお連れいたすのだ!」
「うむ。王よ、ぜひかの方には、我が国へ来ていただき、末永くリンメギン国にてお過ごしいただいてもらわねば…それで王よ、我が家にはひ孫がおりまして、これがなかなかの器量を」
「待たぬか!わしの所は純ドワーフの中でも一番の器量を持つぞ!みなも知っておろう!我が家こそふさわしい!」
「何をいうておるか!自称しおって!」

 王と皇太子の会話に入り込むだけでなく、貴族同士で喧嘩寸前の口論が始まった。
 さすがに顔色を変えた王が息をすい一喝する。

「静まれ!」

 貴族の当主たちは、一応、黙って王をみる。そのことにも皇太子は酷く驚いた。朝議ですら、王の一喝だけでは静まることはなかったというのに、どのような心境の変化であろうか。

「その話はまた後日…みなを集めて話そうと思う。各々方おのおのがた。今は家中かちゅうの者たちへと話されるのがよかろう」

 当主たちを玉座の間から追い出すようにして追い払い、宰相には己や当主たちが書いた遺書の撤回の処理を命じ、王や皇太子は執務室へと移動した。

「…父上…本当に何があったのですか?」
 
 執務室につくなり、皇太子は王に詳細を聞く。
 王は深いため息を吐いた。最近の癖になりつつある行為だった。
 
 しかし、いつもならば疲れ果てた目をしていたのだが、目を見開き生き生きとして、皇太子に語った。
 
「ケルン様は、イムル様のお言葉を語られたのだ…まさに、あの方の生まれかわり!」

 まるで何かにとりつかれたのかと、皇太子も身構えたが、王は気にするそぶりもなく話を続ける。

「王権を渡そうとしたのだ」
「王権をですか!?」
「そちも王にはなりたくないのであろう?」
「それは…そうですが…」

 王の言葉に本音を語る。皇太子の立場であるが、王が他の者へと王位を譲るというならば、自分はそれに賛同しただろう。大国の王の重さと、職人たちの長という重圧、その二つの重さを受け入れれるほど。まだ自分には自信が持てなかったのだ。
 王もそうだったはずだが、今は自信に満ちているように思える。

「純ドワーフ派も、昨今の誘拐事件で、他種族への批判が高まっており、王の言葉でも聞かぬ…しかし、我らはドワーフ。技術がある者にひかれ、従う」

 皇太子は見た目のことでも反発が多少でていたが、細工師の腕をもって、反発を黙らせた。そのため王の言葉に頷く。

「ケルン様はな、あの生きた石像を民たちにみせて、イムルの心を思い出させようとしてくださったのだ…無論、それだけではないがな」
「その他に何か理由が?」

 王は皇太子の疑問に答えようと口を開いたが、頭をふって、返答をやめた。

「いや…詳しくは今はやめておこう。ただ、それだけの価値があるお方よ…いずれにしろ、ケルン様はお前の末娘より幼いのだ。これから先、さらに素晴らしき物作りのたくみへとなるであろう」
「なんと!…私ほどの年齢なのかと思っていました」

 それほど年齢が離れていないと思えば、自分の子供よりも幼いとは思いもしなかった。
 スキルには習熟がある。長く使えば長く使うだけスキルは成長するのだ。
 幼いながらあれほどの、石像を彫像できる腕前に、皇太子はわずかに背筋が凍った気がしたのだ。

「そういえば、あの子は母親に似て、ドワーフよりも人族の特徴が強くでているな?」
「ええ、私よりドワーフ族とは見られないでしょうね」

 側室の一人が生んだ娘であるが、唯一の姫である王女を、皇太子はかわいがっていた。

「ふむ…年頃も近いし…」
「お言葉ですが、父上。その…あの子の中身はドワーフ族ですよ?」

 娘かわいさにいっている言葉ではない。
 ドワーフは美的センスが高い。いってしまえば、種族的に面食いなのだ。

「なんだ。ケルン様の見目を気にしているのか?」
「親がいうのもなんですが…あの子はかなりの面食いですので」
「それなら心配無用よ。ケルン様の母上はノルリス元女公爵ぞ?お会いできたが、地上であれほどの容姿を持つものなどみたことがないわ。お前の母よりも上など、いないと思っておったがな」
「母上よりもですか…それはまた…人間ですか?」

 今は亡き王妃はエルフの王族の出で、生きた精霊とも称された美貌の持ち主であった。その王妃よりも上であるとするならば、精霊以外では考えれなかったのだ。

「精霊の化身といわれても信じてしまうのう…ケルン様はよく似ておられた。父親の主席ロイヤルメイジ殿も美男ゆえ、将来、社交界荒らしになるであろうな…今は大変おかわいらしいがな」
「父上がそこまでおっしゃるとは…」
「貴族の当主たちでも純ドワーフ派がああも気に入っているんだ。押して図るべきであろう」

 職人の腕もさることながら審美眼も確かな王や当主たちが、こぞって気に入るというのだ。
 ただ、ドワーフ族に関していえば、綺麗なものよりかわいらしいものに滅法めっぽう弱いというのも種族の特性である。
 それほどならば王女も気に入るだろうと皇太子は考えた。

「確かに…血族に他種族、しかも純他種族をいれるなど、かなり珍しいですね」
「うむ。いずれにしろ…まずは、ケルン様の気に入りそうなものを調べるところから始めるとするかの」

 王たちは、夜遅くまでケルンが贈った石像をどのように民にみせて、他種族との友好をといていくかを話し合った。
 また、いかにしてフェスマルク家の縁を繋ぐかで、数日の間、貴族間でも話し合いがもたれたようだ。
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