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第一章の裏話

追話 使用人の日記より執事カルドの日記 ➁

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 学園を卒業してからも、私達四人は、時折、冒険の旅をしておりました。主に旦那様のストレス発散の為でありましたが。
 冒険の旅だけでなく、国の要請によって、魔族の討伐や、戦場へも、幾度となく行きました。

 いつの間にか、二つ名を持つほど私達は有名になっておりました。

 全ての属性の魔法が使え、四精霊の王と契約を結んだ『精霊の申し子ティストール』
 時の精霊と契約を結び未来を選びとる『選択の預言者ルワント』
 土の精霊と火の精霊の加護により、刃すら通さない肉体を持つ『鉄塊のヴェルム』

 恥ずかしいことですが、私にも二つ名がついておりました。
 陽炎のようにそこにあってそこにいない『影狼かげろうのカルド』

 二つ名を持つ冒険者となったこと、ないより、私を除いてお三方とも貴族でしたので、縁談の話が何度かありました。
 冒険者として名があがったことで私にも縁談がありましたが、私達は全て断りました。

 ルワント様は、教会に全てを捧げるということで、生涯独身になると宣言され、それから、縁談はなくなりました。
 ヴェルム様は、自分よりも何か作ることで勝るならと条件を出され、全て断りました。

 旦那様は、家族を大事にされる方なのですが、どのようなご令嬢とも、縁談を進める気はなかったようです。
 私は…まったくわからなかった。恋とは、どのようなものなのか。旦那様にも尋ねました。旦那様は、困ったように頬をかいて、おっしゃられました。

「すまない、カルド。私も、よくわからない。だが、父と母から聞いた話だと、一瞬だそうだ。そして、言葉にすれば、恋は愛になるそうだ」

 旦那様がわからないことが、私にわかるはずもないので、私は結婚をすることもなく一人で過ごすと思っていた。

 有名になったことで、ヴェルム様の御実家が、居場所を突き止め、ヴェルム様をリンメギンへと連れ戻そうと何度もお屋敷を訪れられるようになりました。
 普通に面会するのならいいのですが…顔を合わすたびに、使者の方と拳で語り合うので、その度に部屋が壊され、仕方なく作業場を作ってそこで面会をしてもらっていたのです。
 
 今となっては、坊ちゃまがお使いになられているので、よろしいのですが、当時は、大変でした。今の作業場も、六…いえ、七回でしたか。建て直しをしたのですから。旦那様も最初はお怒りでしたが、最後の方は呆れ果てられておりました。

「いい加減、反抗期を卒業しろ!」

 旦那様とルワント様にそういわれたヴェルム様は、とうとう、国に戻ると仰られ、御実家からの使いとお戻りになられました。

 何故、旦那様とルワント様が、そう仰られたのかは、使者の方から、ヴェルム様の父上がご病床びょうしょうということをお聞きしたからでした。

 学園を出てから、五年でしたか。ヴェルム様のおられなくなった作業場は、取り壊さずに、またヴェルム様が家出した時にでもお使いになられるであろうからとお考えになったのでしょう。残すと旦那様は仰られました。

 どこか寂しげ気でしたが、感傷に浸っている間もありませんでした。


 北方の神聖クレエル帝国が宣戦布告をしてきたのは、ヴェルム様がご自分の国に帰られて、一ヶ月ほど経ってからだった。

 神聖クレエル帝国は、クウリィエンシア皇国が、今の王朝になる時に、どさくさに紛れ、生き延びたクレエル王朝の者が建国した国であった。

 クウリィエンシア皇国と、クレエル帝国は、血筋を辿れば同じであるのに、仲違いをしていた。人間は、争うしかない。私は、国というものが、嫌いだ。それは、今でも同じだ。

 けれども、戦場に立てる。旦那様のお役に立てる。
 私は、戦地に向かうのを待ち望んでいました。

 首席ロイヤルメイジであり『精霊の申し子』といわれた旦那様は、最前線で、初撃を放つ大役に抜擢されました。旦那様の魔法で、敵の士気を下げる目的と、戦場に、旦那様が相手になさらねばならない敵がやってきていたからなのです。

 その者は神聖クレエル帝国の英雄。真偽は不明だが、ボージィン神より『勇者』の称号を授けられたと噂に名高なだかきノルリス公爵が出陣するとの情報があったからだ。

 お互いの軍が整列して、いざ戦が始まるそのとき、神聖クレエル帝国側の兵士たちが、道をあけだした。

 その者が現れ、剣を抜くのを私は『遠見』のスキルで見たのです。
 咄嗟に、私は、スキルを発動させた。

 馬上からの剣圧だけだった。ただ、軽く横凪よこなぎに払っただけであった。ただ、それだけで、最前にいた兵の半数が膝をついた。

 私は剣圧を受け流し、旦那様は、障壁を展開しておりました。最前線にいたロイヤルメイジは、百人。王宮の守護に二百人が残されていましたが、精鋭百人が旦那様を除いて、障壁が耐えきれず、半数が意識を失っておりました。
 魔力が足らず、障壁が衝撃を受け流せなかったようだった。

 魔法使いは、スキルをあまり得られません。魔力の強い者ほど、それは顕著けんちょでした。それ故に、常時発動しているスキルと、任意でしか発動しない魔法の差ともいえます。

 それだけではありませんでした。

 『剣技』『威圧』『剣舞』『神速』『剛力』私がわかるだけでも五つも同時に使われた。
 私が剣圧をいなすだけに使った物が、『神速』『剛力』『不動』の三つ。特に『不動』は、肉体や精神に、いかな攻撃を受けようとも、その場から一歩も動かないですむというのに、私は、一歩、足が後退した。ただ、受け流すのではなく、受け止めることに意識をやっていたなら、私も膝をおっていただろう。

 複合されたスキルは、同じだけのスキルがなければ、まともに戦えない。もしも、魔法使いが戦うのなら、スキルの多い者を先に仕留めるか、魔力が高くなければ、戦えない。

「旦那様、私が先攻いたします。隙を作りますので、その隙をついて…旦那様?」

 旦那様は、遠視魔法『サーチアイ』を発動しておりました。

 私よりも、敵の姿を認識されておられるようでした。私の『看破』のスキルよりも、敵の『隠蔽』スキルの方が習熟しているようでした。しかし、旦那様の魔法は『隠蔽』のスキルよりも強かったのでしょう。

 旦那様は敵を凝視しておりました。
 そして、震えておられました。恐怖?いいえ、旦那様に限ってそれはないでしょう。武者震いだと、私は思いました。

「旦那様、落ち着いてください。私が先に」
「精霊よ!我が身に羽を!『フライト』あの者の所へ!」

 私が囮となって敵を引き付けている間に、私もろとも、敵をほふっていただくように進言するつもりだった。それほど、相手の力量は高く、すきを作らねば、勝てるような相手ではなかった。
 勿論、旦那様の実力を考えれば、スキルと魔法とはいえ、遠距離でなら、勝機は充分にあった。

 飛行の魔法をお使いになられ、ふわりと飛び立つと、私も敵も味方も眼中になく、駆け出しておりました。
 旦那様の風圧と、敵の移動により、お互いの兵士が、空に舞っておりました。

 旦那様が杖を、敵が剣を抜いて、打ち付けあった。どちらかが死ねば、死んだ者の国は滅びる。みなそう思っただろう。

 まさか、接近戦を挑まれるとは思わず、旦那様がどのような魔法を使うのかはまったく読めず、私は、酷く焦った。
 私は『遠見』と『遠耳』の二つを発動させつつ、旦那様の元へと急いでおりましたが『神速』のスキルも、ただ足を動かすのも止めてしまいました。

「君、名前は!?」
「貴方こそ、名前は!?」
「俺はティストール」
「そう、私はディアニア」

 旦那様が、まるで、思春期の少年…学園で見かけた子供のような表情で、敵と相対されていました。
 そのあと、お二人の会話を聞いたとき、私は、自分のスキルが上手く発動していないと思いました。

「そ、その…君に恋したようなんだ…デ、デートしてくれませんか!」
「そうなの?…良いわよ。じゃあ、戦争を止めちゃいましょう」
「喜んで!」

 そうして、二人して、自軍を殲滅…いえ、気絶にとどめ、二人で、クウリィエンシア皇国と、神聖クレエル帝国の王宮に乗り込んで、戦争を止めてしまいました。

 クウリィエンシア皇国の皇太子と、神聖クレエル帝国の王女が、実は学園で知り合って隠れて恋仲であったこともあって、開戦から、二時間ほどで、戦争は終わってしまいました。

 神聖クレエル帝国の英雄であり、ノルリス家の家督を継いでいた『神速の剣姫』や『武神の体現者』と呼ばれたディアニア・オルテ・ノルリス公爵。

 旦那様と奥方様の出会いは、お互いに一目惚れだったそうです。

「これから、よろしくお願いしますね」

 戦争を終結させたあと、奥様は国を追われました。公爵も返上し、旦那様の元へと参られたのです。
 聞けば、スキルが優秀であった為、家督を継いだが、腹違いの兄弟が多く、その誰かが継ぐだろうと、国を捨てたそうです。

 しかしながら、最初は、北の人間であるということで、私は警戒しておりました。南では、確かに獣人は人ではなく、獣として扱っておりましたが、スキルに秀でておれば、待遇もまだ北よりも良かったのです。北では、獣人であることが、罪の証だというのか、獣人であるだけで、税がかけられておりました。ランディも北の出身であり、私は、北の人間に対して、良い印象がなかった。

 無言で頭を下げた私に、奥様は紹介すると、ある者の手を引いてこられた。お一人で、来られると思っていたのですが、使用人を連れてきていたのでしょう。旦那様は何も仰いませんでした。数年経ってから、当時のことをお尋ねすると、ルワント様から、見守るようにといわれていたそうです。

「彼女を紹介するわ。私の乳母の娘で、私とは姉妹同然に育ったの。一緒に、家を追い出されてしまって、この国のことをあまり知らないから、教えてあげて。フィー。自己紹介。恥ずかしがってはダメよ?ほら」

 奥様の後ろから、ちらりと、犬の耳がみえておりました。

「フィオナと申します…ご指導のほど、よろしくお願いいたします」

 ああ、なるほど。これが恋なのか。

 旦那様いわく、あれほど普通の少年のようなカルドは、みたことがなかった。と仰いになりましたが、お言葉をそのまま返さしてもらいました。

 恋とは、どんな生き方をしてきても、何年生きようとも。普通の少年になってしまうものなのだと、私は理解した。

 フィオナとの間に愚息であるティルカができた時、私は旦那様に、名付け親になっていただいた。旦那様のお名前をもじって付けられというのに、愚息は未だに愚息のままだが。

 三年経って、キャスとナザドが産まれた。

 さらに四年経って、奥様がご懐妊なされ、フィオナもエセニアを身籠った。

 御結婚から、八年目のことでした。強すぎる魔力と、多種類のスキルを持つ者同士では、お子を身籠みごもることが難しいとはいえ、ようやく、旦那様と血の繋がったご家族がお出来になられるのです。
 その日だけは、ランディと二人だけで、祝宴をあげた。酒が美味いと思ったのは、この時と、坊ちゃまが産まれた時の二回だけでしたね。

 愚息には、私のスキルのほとんどが遺伝していることがわかり、産まれてこられる坊ちゃまか、お嬢様をお守りするのだと厳しく育てた。
 ティルカには、どこから発現したのか『直感』のスキルがあり、そのおかげなのか、私が教える前から、奥様のご懐妊がわかっていた。

「親父、俺は、坊ちゃまを守るよ」

 まだ、性別がどちらかもわからないのに、ティルカは坊ちゃまだと思ったようだ。いや、もしかしたら『直感』によって、わかったのかもしれない。

 そう、フィオナ譲りの顔で決心していると、ちょうどティルカの歳の頃に、私と旦那様が出会ったことを思い出した。

 おそらく、私は、八歳だった。数えたことはなかったから、正確なことは、わからない。それでも、お仕えして、二十二年。

 幸せな日々でした。早く、いいえ、どうか健やかにお産まれになってください。そう、祈っておりました。
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