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我らはブラジュ人です

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「敵が崩れましたね。御曹司。」
「…みたいだね。バダラ。」
「さあ、見とれている暇はありません。我々も一気に下って、首級をあげましょう」
「そうだね!さあ皆、走れ!殺れ!獲れ!」
「「おおおう!」」

見とれていたのではない。
呆気にとられていたのだ。
こうもあっさりと、そして見事に崩れるさまは、まるで映画を見ているようだ。

こうして、ケイブ隊の隊員は、持っていた残りの石を全て投げ捨て、一気に駆け出していく。
あちこちの山で、雄たけびが聞こえる。
しかし、どこからも金属の打ち合う声は聞こえない。

一方的な戦いとなった。
ただでさえ、ブラジュ人は走るのが早いうえに、パニックになってる人間は、上手く走れない。
次々と追い付いては首を討ち捨てていく。

(やっぱり!
これは『山狩り』と同じだ。
獲物を反包囲し、鐘や石でパニックとさせ、逃走させたところを本体が叩く。
何度も狩りでやっているから、各隊がこんなにも息がぴったりなんだ。)

訓練をしなければ、集団は機能的に動くことはできない。
そういう意味では、この普段からやっている戦い方こそが、ブラジュ人の本領だろう。
敵兵は哀れなただの『獲物』となるしかない。

…………
………
……

そうして、父上が率いる本体が追撃する方向とは、「別の方向」に向かう集団を追撃してしばらく…。
この先に、明らかに兵隊が整列した500人ほどの、敵の集団が「鳥瞰」で見える。
あの旗は確か…。

「あれは、、、イネア領の一団だ。」
思わず、つぶやくようにしゃべる。

「なんですか?御曹司。」
「…よし、少し速度を下げよう!バダラ、皆をまとめて!」
「?はい、わかりました。御曹司。
 皆!我らの後ろに続け!
 ケイブ隊長を追い越すな!
 おいそこ!止まれ、追い越すな!
 …」

先を走っていた兵もかなり不満気だが、徐々に命令に従って後ろに付いてくれる。
練度が高い、ありがたいことだ。
しばらくして、ケイブ隊の周囲にいた100名ほどが、一塊になった。
先頭を行くのは、もちろんケイブだ。

「それで、御曹司。どうしたのですか?」
「バダラ!この先にはお隣の領地であるイネア領の一団が『待ち構えて』いる!」

100人に届くような勢いで大声を出し、状況を説明する。
これで不満気な兵も、少しは納得してくれただろうか。
しかし、一人一人の表情なんて、見る余裕はない。

「声を出して!
このまま、敗走する奴らを追い立てる。
イネアにパニックを届けるんだ!
逃げ惑う敵兵を、味方の陣に突っ込ませて、大いに陣を乱してもらおう!」
「なるほど、承知しました!」

命令は簡潔に短文。
意図を理解してくれた兵を皮切りに、ひときわ大きく、恐怖をあおるように爆音が鳴り響く。

もし、このまま周囲の敵兵を討ち果たしてしまったら、隊列を組む敵兵の中に突っ込んでしまうことになる。
それよりは、戦闘不能なくらいパニックになった兵を使って、イネアの整然とした陣を乱した方がよっぽど良い。

…ただし、これが最善かはわからない。

でも今はこちらの軍に「勢」があるとはいえ、あくまでこちらは、少数であり、敵は3倍の兵力だ。
今この戦場に限って言うと、味方100人に対し、イネア勢は500人ほど。
全く、油断はできない。

さて、どうなるだろうか?
敵が乱れてくれればそれでいい。
あるいは、うまく対処するかもしれない。
しばらくして、敵陣の様子を観察するため、そして息を整えるためにしばらく足を止める。
ここからなら、木の陰からイネア勢が見える。

「さすがは、御曹司。初陣にしてその冷静さは信じられないほどです。」
「おや、バダラがほめるとは驚いた。父上に褒めて伸ばせと言われたか?」
「ご冗談を。本心です。」

バダラは、短い付き合いだが、冗談を言わない。
いたって冷静で、大まじめな男だ。
よく相談にも乗ってくれるし、助言も適切なものをしてくれる。

(バダラは本当に19歳か?僕の方こそ驚きだよ。その冷静さには。)

この男になら、安心して背中を任せることもできるし、意見を求めることができる。

「それでバダラ。敗走する連中は目論見通り、イネアの連中に突っ込んでくれそうだけど、この後どうしようか。
遠距離攻撃でもする?」
「いいえ、御曹司。遠距離武器はとっくに捨て置いてきました。石を拾うのも間に合わないでしょう。」
「そうか。敵陣が崩れればわかりやすいけど、崩れなかった場合は、どうするか…」
「突っ込んで攻撃すればよいでしょう。」
「…弓でも撃ってきたら?」
「突っ込んで攻撃すればよいでしょう。」
「そしたら、被害が大きくなるけど…。」
「御曹司。」

ケイブを真正面から見つめるバダラ。
その目には迷いがない。

―――どうしてそんな簡単なことを聞くのだろう?
―――そんなこと、わかりきっている。
―――なぜなら…

「我らはブラジュ人です。」

単純明快。
「ブラジュ人だから突撃する。」
これですべてを納得してしまう力強さがある。
これこそ、目に見えないブラジュ人の伝統の力だろう。

(なるほど、これはブラジュ人が強い理由だ。でも…。)

こうしている間にも、遠くに布陣しているイネア勢が、状況に対応し始めた。
彼らはブラジュ人の恐ろしさをわかっているのだろう。
あるいは、こうしてパニックとなった味方に囲まれることも想定していたのだろうか?
彼らの見事な対処により、ケイブの想定よりも敵陣の乱れが少ないように見える。

こうしている間に、イネア勢は混乱を沈めてしまうだろう。
やはり、敵も一筋縄ではいかないことを悟ったケイブ。

―――じゃあ、この戦いに勝つためにはどうしたら良いだろうか?

指揮官は部下を信頼し、決心するのが仕事だ。
考えをまとめたケイブは振り返り、バダラを先頭にしたブラジュ人の集団を見やる。

「素晴らしい!バダラ、皆。そこまで言うなら、とことん付き合ってもらうよ!」
「もちろんです。御曹司」

「「「「おおお!」」」」
にわかに鬨の声が上がる。

これでいて、ケイブもまた人を率いるに足るカリスマの片鱗がのぞかせる。
この一生懸命で好感が持てる若者には、安心して「役に立ちたい」と思わせてくれる何かがあるのだ。

ケイブは作戦を伝えた後、さっそく行動を開始する。
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