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ブラジュ人をブラジュ人たらしめるもの

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うららかな木漏れ日が眠気を誘う、ある昼下がり。
人々に癒しと温かさを提供する太陽光は、どんな人であっても平等に降り注がれる。

しかし、そんな太陽光を避けるかのように、
ある集団が、明かりの乏しい一つの部屋に、整然と座っている。

ろうそくの光の中、男たちは床に胡坐をかいて座っており、恭しく頭を垂れている。
筋肉に覆われたその男たちは、かれこれ半刻は一言も発していないし、微動だにもしない。
加えて、かれらは一様に目隠しをしている。
あれでは、目の前で何が起きているか、誰もわからないだろう。

そんな男たちを従えるように、最前列の男が一人踊っている。

いや、「舞っている」と言った方が正確だろう。
手には装飾の施された剣を持っている。

つまり、これは「剣舞」だ。

ここ、ブラジュ領において、剣をこのように流暢に使うのはめったにない。
大抵は、力の限り上から下に振り下ろすだけだ。
そのため、この舞が特別な儀式であることは誰が見ても容易に想像がつく。

着剣の儀。

ケーヴァリンが、この後の生涯、常に苦楽を共にする分身ともいうべき剣を手にする時が来たのだ。
最前列で舞を踊るのは、ブラジュ領の領主、ヒムシン。
通常は、ブラジュ家の分家の人間などが手分けして行うのだが、自分の愛息子となると、自分でやりたがるのが親心なのだろう。

この舞は、ブラジュ家のみに伝わる門外不出の秘伝であり、儀式に参加する男たちが目隠しをしているのは、この舞を見せないようにするためだ。
本来は、着剣の儀の主役であろうとも目隠しをされるはずだが、今回の主役は領主の息子であるため、免除されている。
そのため、最後列に位置するケイブは、入念に祈りが込められた父の舞を、好奇心に満ちた目で食い入るように見入っている。

この舞は。神様に奉納しているのだろう。
ではその神様はというと、神殿の一室の奥に開かれた扉から見える、ブラジュの象徴、アルト湖だ。
そして、扉の目の前には祭壇が設置されており、そこには桶が見える。
おそらく、あの中にケイブの分身となる短剣が付け込まれているのだろう。

やがて、舞が進むに従い、ただの水と短剣が、明らかに光をまとっているのがわかる。
暗い部屋の中で、ぼうっと光る桶は何とも幻想的だ。
それからというもの、ケイブは舞よりもそのことが気になってしょうがない。

―なぜ光ってるのだろう?

とにかく、ケイブの頭を締めるのはその一点だ。
が、いくら考えてもわからない。
舞っている父にもわからないかもしれない。

それでも、舞をすれば光るというのは、おそらく、これまで何度も行われたこの儀式で、繰り返し再現されてきたのだろう。
であるからには、何か理由があるはずだ。
前世からの学者気質な好奇心を大いに刺激され、研究対象がまた増えたケイブ。

考えに耽っている間に、いつの間にか舞が終わった。
すると、あれだけ光っていた桶は、いまでは何事もなかったかのように元に戻っている。
これもまた、舞と光に何かしらの因果関係がある証拠なのだろう。
そんなことを考えているケイブに、父のヒムシンが声をかける。

「ケイブ。わかっていると思うが、今見たことは一切口に出すな。皆の目はふさがれているが、耳はふさがれていない。」
「はい。父上」
「それでは、そのまま黙って俺についてくるように」

そういって、祭壇の桶を抱えるヒムシン。
そのまま、胡坐で目隠しをしている面々を部屋に残し、扉を出て湖のほとりに向かう。
ここはすでに、部屋があった神殿の外なわけだが、神殿の塀はこの辺りをしっかりと囲っており、ここが神殿の敷地であることを物語っている。

ーーーこれでは、外からこの場所を見ようと思っても見る手段はない。

そんなことを思いながら、神殿から出るケイブ。

ーーーまだこんなに日が明るかったのか。

舞が踊られてからかなり時間がたったように感じられていたが、
意外とそんなに時間は経ってないらしい。

恐らくこの時間帯は、領民が農作業や狩猟に出ており、一番神殿に人が寄り付かない時間なのだろう。

厳かに進む父の背中を追い、湖のほとりにも同じような祭壇が見えてきた。
その祭壇に桶を置く父。
ケイブが桶の中をのぞくと、火入れの儀で組んだ水の中に、短剣が浮かんでいる。

ーーー浮かんでいる?

そう。目の錯覚なんかじゃない。
明らかに短剣は水に浮かんでいるのだ。

山ほどある疑問に、とうとう我慢ができなくなったのだろう。
クリっとした可愛らしい目一杯に、「好奇心」の文字を埋め込んで父親を見上げるケイブ。
そんな息子の様子に苦笑しつつも、「今じゃない」というメッセージを顔中いっぱいに表現して見返す父親。

というより、たとえ質問されても「俺に聞かれても知らん」というのが本音だろう。

そんな短い小競り合いを繰り広げながらも、根負けしたケイブは、諦めて短剣に手を伸ばす。
剣に触れた瞬間、とても不思議な感覚だった。
まるで、自分自身の体を触っているかのような、奇病な一体感を感じた。

手になじむどころの話ではない。
もはや手の延長戦として、元からある自分の体の一部であるかのような感覚だ。
初めて触った、明らかに無機物の短剣が、自分の体の一部に思うなんて違和感でしかない。
しかし、ケイブはそんな違和感すら感じないほど、短剣がなじんでいたのだ。

「ふふ、ケイブ。その様子だと、随分と神器がなじんでいるようだな。」
「はい父上。これが私の神器でしょうか。」
「そうだ、それがケイブの分身たる神器だ。」
「不思議な感覚です。その、なんといえばいいのか。。」
「ほう、ケイブもそんな風に、戸惑うこともあるんだな。」
「はい?そうですか?」
「ああ、そして、気をつけろよ?」
「え、なにをで…!」

突然、あまりに唐突に。
短刀がひとりでに動き、ケイブの胸に突き立てられた。

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