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ブラジュ人らしさ

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ブラジュ領での山狩りの日。

稚児衆として従軍したケーヴァリン。

鐘を打ち鳴らし始めてから、しばらくーー。
ケーヴァリンが立てこもる櫓からは、狩場全体の「戦域」が広く見渡せており、森を追い立てるように獲物を追い込む大人衆と、原っぱで待ち構えていた本体が、効率よく獲物を仕留めているのが遠く見える。

とはいっても、いくら集団とはいえ、遠くの原っぱで何が起こっているかなど、よくわからないものだ。
そのため、鬨の声や鐘の音が聞こえる中、たまに見えるのは、
ブラジュ人の大柄な体と比べても、1.5倍はあるであろう、あのバケモノのような猪と、
複数のブラジュ人が囲んで投石や強弓を放ち、とどめを刺すために一斉に剣を振り下ろしている姿だ。

普段は、生き物に対して、本気で武器を振るえないからだろうか、振り下ろす剣には一切の手加減が無い。

広い範囲に展開したブラジュ人の小集団は、待ち伏せをしており、自分の所属する隊の下へ飛び込んできてくれたヴァルハに対し、こぞって襲い掛かっている。
しかし、ブラジュ人はこう見えても、「抜け駆け」をすることは一切無い。
自分のところに来てくれなかった「不運」な隊は、臍をかんでも、勝手に動くことはなかった。
持ち場を勝手に離れて、狩り取りに行かないのは、練度の高さを物語っている。

そうして粗方、狩り終えたころ。

「稚児衆、打ち方終わり!」

青年の号令に、一斉に鐘を打ち鳴らす音が止む。
とはいっても、まだ、軍事作戦は終わっだわけではない。
作戦は、終了が告げられるまでが「作戦」なのだ。
いくら獲物の大半が獲られようとも、気を抜いてはならない。

先程、号令前に立ち上がってしまい殴り飛ばされた子も、今度は、号令あるまで打ち鳴らすのを止めなかった。

稚児衆は、まだまだ戦力にするには非力な子供の隊だ。
でも、こうして行軍の経験を積むと積まないとでは大違いだ。
現に、この子もわずかな間で大きく成長している。

「稚児衆、これより下の大人衆と合流し、帰投する。
総員、櫓から降りろ!」
「「「はい!」」」

梯子に近い人から、順に櫓を降りる。
下には3人の大人が残っていた。
ここに来る前は大人が10人ほどがいたが、獲物を追い立てに行ったのだろう。

全員が一団となって2列縦隊を作り、徒歩で原っぱの本陣に向かう。

「総~員、とまれ!」

櫓を出発して半刻ほどだろうか。
3人の大人衆の内、新たに隊長となった人から、停止命令が下る。
突然の停止命令だが、誰も動揺することなく、一斉に歩みを止めた。

「ここで大休止を取る。
総員、薪準備と昼食用意、始め!」
「「「はい!」」」

ここは、少し勾配が緩やかになった窪地だ。
休憩するにはもってこいだろう。
ケイブと同じ稚児衆は、それぞれが薪を集めて火をおこし、それぞれの腰に付けた兵糧で少し遅い昼食をとる。

「ご子息、ああいや、ケイブ!
地べたに座ると、意外と体力が消耗する。
そういう時は、こうやって落ち葉とか集めて敷物にしたり、倒木に腰かけるんだ」
「意外と、体温が奪われるんですね。
どうりで疲れが取れないと思いました。
もし、周りに適当なものが無かったり、他の人に取られたらどうするんですか?」
「そういう時は、持ってきた荷物を敷物にするんだ。
場合によっては上着を一枚脱いで、敷いたりする。」
「わかりました!」

さすがにケイブも行軍経験は初めてだ。
学ぶことは多い。
よく見ると、あちこちで、稚児衆に指導が入る。
原っぱまでは、そこまで遠くないのだが、山狩りを終えて比較的安全に山を行軍出来るチャンスだからだろう。
ここぞとばかりに、実戦的な行軍経験を積ませているのだとケイブは思った。

そして、ふと隣を見ると、薪に火をくべるのに苦戦している子がいた。
アルト山脈には、鉱物を含む石も大量に算出される。
特にマグネシウムを含む鉱石は多い。
そのため、現代日本では「メタルマッチ」と呼ばれる簡単な機構を持った発火装置「ロッド」が、兵員一人一人に支給されている。
雨にぬれても火花を散らせるので、非常に便利なのだが、着火には少しコツがいる。

「やあ、ヴィーライ。調子はどう?」
「あ、ケイブ!さっきまで探してたんだよ!」
「おや、今は探してないのかい?」
「いや、探すのを諦めてただけ。
ちょっとこれ見てよ。全然ロッドで火がつかないんだ。」
「そのようだね」

この子は、ケイブの住む本村と同郷で、同い年のヴィーライ。
同じ年頃の子と比べても大柄だが、性格は実におおらかで、愛嬌がある。
いつもニコニコしていて、周囲を明るくしてくれる子だ。
さっきまで緊張感が張り詰めていたので、声をかけられなかったが、今は大休止だ。
私語の範囲であれば、いくらでも許される。

そんな彼は、とても不器用で細かい作業が得意ではない。
蝶々結びなんて30分はかかるし、ちまちました作業はめっぽう苦手だ。

「コツはいくつかあるけど、ヴィーライはこういうの苦手だからね。
とにかく、根気よくやるしかないよ。」
「は~い。火がつくまでやります!」
「まずは、木を直接燃やすんじゃなくて、ちゃんと渇いた火口に火を立たせるところから始めよう。
今使っている火口は、ちょっと湿ってるから火が付きにくくなってるね。
あのあたりの直射日光にさらされた落ち葉を拾ってきて」
「わかった、あのあたりだね。」

不器用だけど、鈍重ではない。
すぐさま火口を集め、ケイブが見守る中、懸命にロッドを扱うヴィーライ。
そうして、何十回目かの着火で、ようやく火がたった。

「やった!火が付いた」
「良かった、おめでとう!」
「ケイブありがとう~」

実に気持ちの良い笑顔と共に、感謝を述べるヴィーライ。
思わずこちらが笑顔になる。

そうして、一緒に昼食を取りながら、なんてことはない雑談をしているとき、

原っぱ側の方向から、山を駆け上がるように、一つの集団が向かってくるのが見えた。
およそ20人くらいだろう。
子供くらいの小柄な体で、一心不乱に走っている。

―――他の場所に詰めていた稚児衆だろうか?
それにしては、身なりがボロボロだし、動きが統制されてない。
あれでは、軍事行動ではなく、敗走中の軍というにふさわしいだろう。

明らかに稚児衆じゃない、あれは…。

「「ゴブリンだ!」」
「なに!おい、どこだ!」
「あっちです!」
「…!!総員、戦闘態勢!」

俄かに、あわただしくなる集団。
急いで横一列に整列し、弓を構える稚児衆。
近接戦闘用に短刀を持っているが、ブラジュ人は弓も好きだ。

この突然の事態に対し、10歳にも満たない子供たちの中には震えている子供もいるが、懸命に声を抑えている。
そんな中、大人衆3人と青年が、打ち合わせをしている。

「で、敵は20人以上いるから、単純計算でこちらの倍だぞ。作戦はどうする?」
「そうだな。ここは試しに、稚児衆に聞いてみようか?」

少し悪い顔をしながら、大人衆3人が横陣で整列した稚児衆に向き合う。
ゴブリンとの距離はまだ少しある。
弓の射程圏内に入るのはもうすぐだ。

「おい、稚児衆!どうする?まずはお前の考えを聞こう」
「はい!ぶち殺します」
「お前は?」
「はい!叩き割ります!」
「お前は?」
「はい!首を獲ります!」
「よしよし、それでこそブラジュ人だ!」

誰もかれもが、非常に元気よく、興奮した様子で返答する。
よく見ると、震えているのは恐怖が理由ではない。

―――喜びだ。

「いやはや、このまま稚児衆を帰投させるだけだったのに、最後の最後にゴブリンに出会うなんて」

―――なんて幸運なんだ!!

ゴブリンもまた、こん棒や錆びた剣を持っている。
彼らは体が小さいとはいえ、力が弱いわけでは無い。
それでも、恐怖を感じるどころか、今すぐにでも弓を放ち、短刀を抜いて躍りかかりたい衝動を懸命に抑えている稚児衆。
日ごろの訓練のたまもの(?)だろう。

そんな集団に身を置くケイブもまた、動揺していた。

(あれ、おかしいな。僕もまた嬉しさがこみあげてくる…!)

そのことに、一番自分が驚いている。
前世だったら、ここは間違いなく恐怖する場面だろう。
それが今では、喜びと高揚感に満ち溢れている。
ブラジュ人の本能には「殺る気スイッチ」でもあるのだろうか。

落ち着くために、深呼吸をして周りの様子を見るケイブ。
隣にいるヴィーライは、こんな時でもいつも通りニコニコしている。

「うおお!ゴブリン殺す!首を獲る!」

でも言ってる言葉がとてつもなく物騒で、そのニコニコ顔がむしろ怖い。

―――見ちゃいけないものを見ちゃったかな…。

興奮する友人からそっと目を離し、ゴブリンを観察する。
そろそろ弓の射程圏内だ。

「総員、構え。ぅてええ!」

一斉に弓が放たれる。
子供の弓ではそこまで威力は出ないが、怯むだけでも勢いが止まるし、少しでも怪我すれば戦闘力は大きく下がる。

一射、二射、…
……


五射をするあたりで、近接武器の距離となる。
最初の一射以外は、狙いをつけない連射だ。
完全に脱落したゴブリンは1割程度だが、足並みは完全にバラバラになった。
おまけに、高所はこちら側だ。

「総員抜刀!続け!ウルアアアアアア!」
「「「イエァアアアアアア!」」」

大人衆を先頭に、ゴブリンに突進する。
先頭を走るゴブリンが、ゴムボールのように弾けとんだ。
そのまま次々に巨大棍棒のような剣を振るいながら、血道をつくる。
そうして怯んだゴブリンのうち漏らしを、後ろで稚児衆が刈り取る。

こちらは子供で、力は「普通の子供」の域を出ない。
しかし、大人に混じって毎朝訓練に参加している稚児衆であれば、ゴブリンを戦闘不能にする程度はわけない。

1匹のゴブリンに2人で当たり、確実に数を減らすため、足並みが崩れたゴブリンは成すすべなく数を減らされる。
ケイブがヴィーライと共に、3匹のゴブリンを倒したころには、
ゴブリンのわずかな生き残りは、すでに敗走を始めていた。

「ヴィーライ!周囲に討ち漏らしがいないか警戒!」
「りょーかい!……いないよ!」
「…みたいだね。」
「あっちに、おとな衆の人がいるよ!」
「ああ、そうだね。」

「総員、集合!!」

号令がかかる。
稚児衆の中には、逃げる獲物を追いかけて少し離れたところにいる集団もある。
一度、隊を立て直すのだろう。
この後、周囲の安全を確認しながら、せっかくの戦闘、せっかくの勝利なので、ゴブリンの首を戦利品として持ち帰ることになった。
(もし、別の敵集団に出くわしたら、邪魔な首をすぐに捨てるようにと、くぎを刺されたが)

各々が自分で仕留めたゴブリンの死体に取り付き、懸命に短刀で首をねじ切る。
これも軍事訓練のうちなんだろう。
人の首というのは、案外丈夫にできており、子供では上手く切れない。
各々が、ねじ切るように首を回し、引き抜くように力を入れている。

ケイブは大人衆の指導の下、上手く頸椎の間に刃を入れて、体重を乗せることで首を取った。
初めて、人の形をした生命体を剣で殺したケイブ。
ましてやゴブリンの首を獲ったのだ。
やり遂げた自分の手を神妙な面持ちで見るケイブ。

「どうしたの?ケイブ?」
「…いや、なんでもない。行こう。」
「? わかった!」

ケイブは前世の現代日本においても、殺したことがあるのは虫くらいだ。
魚でさえ、自分の手で絞めたこともない。
そんなケイブが初めて動物を、しかも人型の動物を殺した。
このブラジュ領に住んでいれば、いつかこの日が来ることは容易に想像がつく。
しかし、その日は想定以上に早く訪れたため、内心、動揺した。

何に動揺したのか? それは…

(思ったより、ショックを受けていないな、それよりも嬉しさや達成感の方が強い。)

自分がブラジュ人の生活に染まりきっていことにだ。

―まあ、別にブラジュ人が嫌なわけでは無いし、それでもいっか。

自分が現代日本人という感覚は、もはや希薄になったのだろう。
ブラジュ人らしく、戦利品を腰に括り付け、胸を張ってブラジュ本陣へと帰投するのだった。
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