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軍事中心社会
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息子の訓練を、腹心のアギンに後退して、執務室へと向かう父親のヒムシン。
その部屋がある建物は、ブラジュ領において唯一と言っていい「防衛」施設の一角だ。
防衛施設といっても、城というには規模は小さく、家というには大きい程度だ。
多少の立派な櫓が複数あるのと、空堀に囲われたこの邸宅は、まさに、「館」という言葉がぴったりな、ブラジュ家の居住区であり政務を執る場所である。
最近は滅多に無いが、外交使節を受け入れることもあるため、もてなすための調度品やソファのある応接室もあれば、人が泊まれる個室も十分な数が用意されている。
とはいえ、その絢爛さは最低限であり、質実剛健なブラジュの家風を反映している。
そうして、慣れた足取りで目的地である執務室に入るヒムシン。
部屋の中には、事務仕事をしている男がいた。
「戻ったぞ、スビン。」
「大将。お待ちしてやした。
つっても、もめ事は痴話げんか程度。今日もブラジュは平和そのものでさぁ。」
「そうか。その程度であれば、お前に任せる。」
「へえ。ではお互い後腐れなく、決闘させやす。ただし、先例に従って腕相撲でさぁ。」
「ああ。それなら人死には出ないな。裁可だ。」
政務室でヒムシンを補佐する男、スビンは一般的に言う文官だ。
とはいっても、知らない人がスビンを見れば、だれも「文官」だとは信じないだろう。
それは、大柄なヒムシンと比べても、ひときわ体が大きいためであり、むしろ切り込み隊長と言われた方が、納得できる。
しかし、スビンにとっては「文官」の方が性に合っていた。
というのも、スビンは「運動神経」が悪く、機敏に動くのが苦手だからだ。
ただ、苦手と言ってもそれはブラジュ領基準であって、一般に言ってそこまで悪いものではない。
それでも、頭の回転が早いスビンは、こういった事務仕事や交渉ごとに役に立つ。
特に、外交交渉においては、その威圧的な体躯は、交渉で主導権をとるのに有利なのだ。
「それと大将。
今年の収穫予定の計算が終わりやしたので報告です。
詳細は記載の通りですが、去年より収穫見込みが断然多いでさあ。
本来であれば、不作になるところでしたが、御子息が担当された区画の豆畑の収穫。
ここ数年の産出量を比較すると、明らかに収穫量が増え、これが全体として「不作」を免れている大きな要因になってやす。
これまで実験的な扱いでやしたが、今後の麦畑は、御子息の農法に全て切り替えて良い頃合いかと。」
「ほう!お前がそういうなら、その手はずで来年からやろう!」
「へえ。また、新田開発の区画整理も、ご子息のおかげで目途が立ちやした。」
「なんと。それじゃあ、来年に向けて新田開発も今年から進めようか。」
「へえ。そのためにも、朝の調練で男手がへばっちまっては作業が捗りやせん。
今後しばらくは調練を加減しちゃくれやせんか?」
「む、そうだな…。
いや、その通りだ。
善処しよう。」
「お願いしやすよ。」
ここ、ブラジュ領に人間が土着してから、すでに途方もなく長い年月が過ぎている。
明確な記録が残っているわけではないが、ひいお爺さんのひいお爺さんが生まれたときには、すでに「はるか昔から」土着していたと口伝されている。
その間、山を切り開きながら、徐々に人の生息域を広げてきた。
自給自足社会であり、決してモノがあふれているわけではないが、かといって貧困にあえいでいるわけではない。
質素ではあるが、ある意味洗練された生活を送っていた。
また、山の恵は豊富にあり、狩猟も盛んで栄養状態も良好だ。
それでも、農作物を主体にしなければ食料は安定しない。
人口という国力の増大は、結局は耕地面積に依存しているのだ。
ーーー国力。
そう、ブラジュ領はどこにも従属しない一つの勢力であり、一種の「国」であった。
そういう意味では、ブラジュ家は「王家」に該当する。
といっても、ブラジュ領はバリバリの階級社会という訳ではない。
もちろん、人間社会なので上下関係はあるし、身分の固定化も無いではないが、富や名声よりも「軍事的な勝利を得る力」の優劣が、社会的な尊敬を集める。
つまりは実力主義の社会だ。
その中でも、腕力の強さや足腰の強い人間は、わかりやすく賞賛される対象になるが、
スビンのような兵站を担う文官や外交官、
あるいは、商人であっても「軍事的な勝利に貢献している」のであれば、同様に賞賛の対象になった。
軍事というのは、強兵だから勝つわけではない。
常に生死をかけた考えが染みついている戦闘民族にとって、むしろ兵站の重要性や、勝利を決定的にする外交交渉の重要性は身に染みているのである。
(これで、こたびの食糧増産策が、ブラジュ家のケーヴァリンの献策であることが領内に伝われば、息子に信望が集まるだろう。)
本来なら、8歳の子供が、画期的で効果的な政策を発案したなど、だれも信じないだろう。
いくら領主の息子とはいえ、誇張しすぎである。
しかし、ケイブが管理している畑だけ、明らかに収穫が多いのは誰もが目撃している事実だ。
そして何より、領主のヒムシンが、こんなつまらないことで嘘を言うような人間では無いことは、領民の誰もが知っている。
実力主義であるブラジュ領でこの成果は大きい。
後は、、、
「そろそろ、ケイブにも『実戦』の経験を積ませる頃かもな」
「へえ。頃合いだと思いやすよ。
ちいとばかし、顔に「勲章」を刻んだ方が、より男前になりまさあ」
「そうだな、我が息子ながら、あれで顔に生傷を生やせば、モテてモテてしょうがないだろう」
後は、戦闘における功績を挙げさせるだけだ。
その部屋がある建物は、ブラジュ領において唯一と言っていい「防衛」施設の一角だ。
防衛施設といっても、城というには規模は小さく、家というには大きい程度だ。
多少の立派な櫓が複数あるのと、空堀に囲われたこの邸宅は、まさに、「館」という言葉がぴったりな、ブラジュ家の居住区であり政務を執る場所である。
最近は滅多に無いが、外交使節を受け入れることもあるため、もてなすための調度品やソファのある応接室もあれば、人が泊まれる個室も十分な数が用意されている。
とはいえ、その絢爛さは最低限であり、質実剛健なブラジュの家風を反映している。
そうして、慣れた足取りで目的地である執務室に入るヒムシン。
部屋の中には、事務仕事をしている男がいた。
「戻ったぞ、スビン。」
「大将。お待ちしてやした。
つっても、もめ事は痴話げんか程度。今日もブラジュは平和そのものでさぁ。」
「そうか。その程度であれば、お前に任せる。」
「へえ。ではお互い後腐れなく、決闘させやす。ただし、先例に従って腕相撲でさぁ。」
「ああ。それなら人死には出ないな。裁可だ。」
政務室でヒムシンを補佐する男、スビンは一般的に言う文官だ。
とはいっても、知らない人がスビンを見れば、だれも「文官」だとは信じないだろう。
それは、大柄なヒムシンと比べても、ひときわ体が大きいためであり、むしろ切り込み隊長と言われた方が、納得できる。
しかし、スビンにとっては「文官」の方が性に合っていた。
というのも、スビンは「運動神経」が悪く、機敏に動くのが苦手だからだ。
ただ、苦手と言ってもそれはブラジュ領基準であって、一般に言ってそこまで悪いものではない。
それでも、頭の回転が早いスビンは、こういった事務仕事や交渉ごとに役に立つ。
特に、外交交渉においては、その威圧的な体躯は、交渉で主導権をとるのに有利なのだ。
「それと大将。
今年の収穫予定の計算が終わりやしたので報告です。
詳細は記載の通りですが、去年より収穫見込みが断然多いでさあ。
本来であれば、不作になるところでしたが、御子息が担当された区画の豆畑の収穫。
ここ数年の産出量を比較すると、明らかに収穫量が増え、これが全体として「不作」を免れている大きな要因になってやす。
これまで実験的な扱いでやしたが、今後の麦畑は、御子息の農法に全て切り替えて良い頃合いかと。」
「ほう!お前がそういうなら、その手はずで来年からやろう!」
「へえ。また、新田開発の区画整理も、ご子息のおかげで目途が立ちやした。」
「なんと。それじゃあ、来年に向けて新田開発も今年から進めようか。」
「へえ。そのためにも、朝の調練で男手がへばっちまっては作業が捗りやせん。
今後しばらくは調練を加減しちゃくれやせんか?」
「む、そうだな…。
いや、その通りだ。
善処しよう。」
「お願いしやすよ。」
ここ、ブラジュ領に人間が土着してから、すでに途方もなく長い年月が過ぎている。
明確な記録が残っているわけではないが、ひいお爺さんのひいお爺さんが生まれたときには、すでに「はるか昔から」土着していたと口伝されている。
その間、山を切り開きながら、徐々に人の生息域を広げてきた。
自給自足社会であり、決してモノがあふれているわけではないが、かといって貧困にあえいでいるわけではない。
質素ではあるが、ある意味洗練された生活を送っていた。
また、山の恵は豊富にあり、狩猟も盛んで栄養状態も良好だ。
それでも、農作物を主体にしなければ食料は安定しない。
人口という国力の増大は、結局は耕地面積に依存しているのだ。
ーーー国力。
そう、ブラジュ領はどこにも従属しない一つの勢力であり、一種の「国」であった。
そういう意味では、ブラジュ家は「王家」に該当する。
といっても、ブラジュ領はバリバリの階級社会という訳ではない。
もちろん、人間社会なので上下関係はあるし、身分の固定化も無いではないが、富や名声よりも「軍事的な勝利を得る力」の優劣が、社会的な尊敬を集める。
つまりは実力主義の社会だ。
その中でも、腕力の強さや足腰の強い人間は、わかりやすく賞賛される対象になるが、
スビンのような兵站を担う文官や外交官、
あるいは、商人であっても「軍事的な勝利に貢献している」のであれば、同様に賞賛の対象になった。
軍事というのは、強兵だから勝つわけではない。
常に生死をかけた考えが染みついている戦闘民族にとって、むしろ兵站の重要性や、勝利を決定的にする外交交渉の重要性は身に染みているのである。
(これで、こたびの食糧増産策が、ブラジュ家のケーヴァリンの献策であることが領内に伝われば、息子に信望が集まるだろう。)
本来なら、8歳の子供が、画期的で効果的な政策を発案したなど、だれも信じないだろう。
いくら領主の息子とはいえ、誇張しすぎである。
しかし、ケイブが管理している畑だけ、明らかに収穫が多いのは誰もが目撃している事実だ。
そして何より、領主のヒムシンが、こんなつまらないことで嘘を言うような人間では無いことは、領民の誰もが知っている。
実力主義であるブラジュ領でこの成果は大きい。
後は、、、
「そろそろ、ケイブにも『実戦』の経験を積ませる頃かもな」
「へえ。頃合いだと思いやすよ。
ちいとばかし、顔に「勲章」を刻んだ方が、より男前になりまさあ」
「そうだな、我が息子ながら、あれで顔に生傷を生やせば、モテてモテてしょうがないだろう」
後は、戦闘における功績を挙げさせるだけだ。
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