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日常の訓練風景

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金属同士のぶつかり合う音が響く。
「体重を乗せろ!剣と一体になれ、すべてを一撃に込めるんだ!」
「キええええい!」

二人の男が、剣を向け合っている。

一方は、顔中に切り傷を蓄えた、だれがどう見ても歴戦の勇士である壮年の偉丈夫。

体躯は見るからに大柄でありながらも、ゴツイ感じがしない。
剣を振り、弓を扱うことに特化したその体は、一切の無駄な筋肉がそぎ落とされ、動きが最適化されている。
その洗練された動きは、重くて丈夫な剣を振っても剣先は一直線。
ブレがない。

あまりにキレイに剣を振るものだから、たいていの人は、男の繰り出す技の「起こり」を認識できない。
多くの場合、斬られた後に、斬られたことに気づくだろう。

もう一人は、だいぶ幼い。
まだ体が出来上がりきっておらず、日に日に骨格が成長する自分の体をもてあましており、剣を振っているというより、剣に振られている。
とはいっても、ただでさえ体力もない中、早朝から訓練を開始して久しい。
子供でなくても、ヘロヘロになるのは当然だろう。

「いいぞ、今のは剣筋にブレが無かった。いいか、自分で自分の剣筋のブレがわかるようになることが重要だ」
「はい!」
「とにかく、考えるより感覚だ。相手が強そうだとか、隙が無いとか、自分がどう動けばいいかとか、そういう余計なことを考えるほど、剣は鈍る。
とにかく反復して、考えるまでもなく体が勝手に動けるようにすることが第一歩だ。焦るな。」
「はい!」

ブラジュ領の首領であるヒムシンと、その息子ケーヴァリン=シャッド=プラジュ。

二人は剣を持っているが、決して切り合っているわけではない。
ブラド領の剣術は、相手の剣を受けるとか、返すということを想定していない。
とにかく、やられるより前に殺る。
そこに焦点を当てている攻撃的な剣術は、訓練で切り合うことに向いていない。

そのため、ヒムシンが掲げた剣の腹に向かって、ケーヴァリンが打ち込みをし、その踏み込みや腕の振りを指南している。

これは、月に一度行われる訓練の成果報告である。
このブラジュ領は、基本的に領民全員が兵隊だ。
そこに男女の差はない。

当然、男女の対格差はあるため、女性は専ら投石や弓などの遠距離攻撃や、薙刀をたしなんでいる。
そんなブラジュ領では、子供のころから剣を振るうのが当たり前だった。
火入れの儀を終えた5歳ころから、ブラジュ人は戦闘訓練が開始される。
剣を持つことが名誉であるブラジュ人にとって、戦闘訓練に参加できるということは、大人の階段を上る第一歩だ。

それは、祝うに値することであり、道行く領民すべてが祝福してくれる。
そうやって子供の時から、剣と共に生きていくのが当たり前となり、喜ぶべきことだと刷り込まれ、立派なバーサーカーに成長していく。

そういう社会では、子供の方から自然と、「剣を握りたい」と言い出すのに時間はかからない。
まずは軽い木刀から素振りの真似事をさせ、訓練の過程で徐々に打撃の痛みや刃物に慣れさせていくのである。

顔に傷がつけば
「男前になったな!」
打撲で痣だらけになれば
「おめでとう! その腕を自分で処置出来て半人前だ!」

そうやって、ブラジュ領全体で社会通念を築いていく。
つまりは「伝統」だ。
こうした伝統は、ブラジュ人すべてを拘束する。
むろん、ケーヴァリンも例外ではない。
例え領主の息子であろうとも、いや、領主の息子だからこそ、伝統に従い、ブラジュの戦士になるべく教育が施される。

そうした教育の成果は、徐々に行われる実地訓練で活かされる。
ある程度、体が成長してきたときは、山狩りで大人に混じり、イノシシのような魔物などの仕留め方を学ぶ。
あるいはゴブリンなどの雑魚であれば、打ち取らせて首の切り取り方を教える。

そうした実地経験で度胸をつけさせるためには、普段の鍛錬がものをいう。
とはいっても、十代の半ばになるまでは、無茶はできない。
仮に、骨を折ってしまい、変にくっついて治っては、むしろ将来にとってマイナスである。

何がマイナスなのか?
それはもちろん、取れる首がむしろ少なくなってしまう、という意味で、だ。

だからこそ、子供の時は、骨折未満の怪我までしか許容できない。
しかし、それはつまり、痣までならOKというわけだ。

そんな「児童虐待上等」なブラジュ人の訓練。
体力づくりのためにも、ラストスパートをかける際は決まって腕がちぎれそうになるまで剣を振り、足が止まるたびに蹴りが飛んでくる。
そんなシゴキを受けながら成長するのが、ブラジュの「伝統」だった。

「御大将!御大将!
探しましたよ。こちらでしたか!」
「どうしたアギン?息子の訓練中だぞ。」

ここブラド領は、領主と領民の心理的距離は近い。
その中でも、アギンと呼ばれたこの男は、ヒムシンの幼馴染にして腹心。
親衛隊である精鋭を率いる側近中の側近だ。

アギンは「探した」という割には、さして急用があるわけではないのだろう。
特段、慌ててるわけではなく、無駄のない歩法で近寄りながら、
訓練でしごかれているケーヴァリンを見て微笑みつつ、父のヒムシンに声をかける。

「御大将は、夢中になると時間を忘れて没頭しますんで、こうして呼びに来たんです。
空を見てください。もう日がアルト山脈の峰から出て二刻は経ってます。
そろそろ、館へ戻ってください。」

周りを見ると、まだ訓練をしているのは、稚児衆と呼ばれる体操程度の体づくりをしている集団だけで、
大人たちはすでに農作業に繰り出していた。

「そうか。もうそんな時間か。ではこの辺で切り上げて戻るとするか。」
「はい。スビンの奴が執務室で待ってます。」

一つ納得をしてから、無駄のない動きで訓練用の剣を鞘に納める父、ヒムシン。
でも、息子は知っている。これが訓練の終わりを告げたわけではないことを。

「それじゃあ御大将、ケイブの訓練は私が引き継ぐんで。」
「ああ、子供は剣と同じだ。鍛えれば鍛えるほど鋭くなる。頼むぞ」
「お任せ下さい」

ここは天下のブラド領。
8歳になるケーヴァリンでも容赦はない。
訓練は、限界を超えてからが本番であり、その限界を決めるのは、指導者だ。
そういう意味では、訓練の本番はここからと言える。

「しかし、ケイブは中々見込みがありますね。
剣を振るときの理。剣の法を理解しようとしている努力がよく見える」
「ああ。さすがは我が息子だ。必ずや良い戦士になるだろう。
ケイブは、何事においても『なぜ、そうなのか?』を深く考えて納得しながら行動している。
実に将来が楽しみだよ」

普通、子供というのはむやみやたらと剣を振り回すものだ。
特に、剣を振った回数が多いほど「えらい」と勘違いし、いかに多く剣を振れるかで仲間と競う。
とにかく一回でも多く剣を振ること、多く相手に攻撃することに執着してしまい、そうなるともはや剣を振り回すに過ぎなくなる。

そういう意味では、ケーヴァリンは、特殊だった。
子供らしさと大人の知性が同居しており、それが自然に融合されている。

「さあ、ケイブ。俺にも打ち込みを見せてくれ!」
「はい!ウラアアアア!」
「いいぞ、戦場では一度の切り合いで生死が決まる。剣を多く振ること自体には意味が無い。一撃にかけろ!」
「ウルアアアアアア!」

金属の打ち合う音は、まだまだ止むことは無い。
ケイブが解放されるのは、それから半刻後。
手と足に力が入らず、もはや立つこともできなくなった時だった。
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