79 / 97
ホワイトデー
…3
しおりを挟む「ミチャ… ありがとう…
本当は、何度も買い換えようと思ってたの…
でも、あのデジカメは、本当に大切なもので、あの頃、お母さんが私のために奮発して買ってくれた。
その時のお母さんの顔をすごくよく覚えていて…」
ミチャは泣きそうな私の肩を抱き寄せる。
「まひる…
カメラとかロボットとかもそうだけど、電子機器っていうのは消耗品なんだ。
そんな消耗品が、今の今まで、壊れずにまひるの元にある事自体が、僕から言わせれば奇跡だよ。
だから、尚更、大切にしてほしい。
僕のプレゼントしたカメラは消耗品だから、失くしても壊しても全然構わないから」
ミチャは、きっと、こう思ってる。
ヨーロッパの美しい景色もこのカメラで好きなだけ撮ってほしいと。
でも、私は、その事については何も言わない。
そんな先の事、今のこの時間に考えたくはないから。
日が暮れる前に、私達はホテルへ着いた。
森の中にひっそりと佇む近代的な建物に、ちょっと驚いてしまう。
奥日光は歴史のある旅館やホテルが多い中、ミチャが選んでくれたこの今風のホテルは、ある意味、風景とのアンバランス感が不思議と気持ちが良かった。
そして、ホテルの敷地を少し下って行くと、中禅寺湖のほとりに着くらしい。
「チェックインを済ませたら、ちょっと散歩に行こうか?」
車を降りたミチャは私に薄手のダウンのジャンパーを着せ、そして、私の荷物を持って歩き出す。
チェックインを済ませると、私達は急ぎ足で湖へ向かった。
初めて訪れた奥日光は、森の緑と湖の透明色、そして、空の色合いのバランスがとても美しい。
特に、今の時間の空は、線香花火に似たほんのりとしたオレンジ色に染まっている。
「寒くない?」
湖のほとりにあるベンチに腰掛けた私に、ミチャは優しくそう聞いた。
「うん、大丈夫」
私は隣に腰掛けたミチャの腕に絡みついた。
ミチャの温もりがあれば寒さなんて感じない。
そんな私をミチャは愛おしそうに見つめている。
「この間のまひるからの質問に、今、答えていい?
早く聞きたいだろ?」
私は湖を眺めたまま、何も返事をしない。
返事をしないというより、したくないという方が正しいけれど。
どう?って、何だか楽しそうに聞いてくるミチャが何だか腹立たしい。
「答えていい?って聞かれれば、答えなくていい。
聞きたいか?って言われれば、聞きたくない」
ミチャは唖然とした顔で私を見ている。
というか、私がその答えを聞きたくてワクワクしているとでも思ってたの?
そういうところは空気を読んでほしいのに、いつもの鈍感でマイペースなミチャがここにいる。
「でも、まひるが質問をしたんだよ?
僕はその答えをずっと考えてたのに…」
そう言って遠くを見つめるミチャは、ちょっとだけ可哀そう。
母性本能を簡単にくすぐる術をちゃんと心得ている。
私に限ってかも?だけど…
「…ごめん、でも、まだいいよ。
まだ、聞きたくない。
でも、ミチャはこの旅行で言いたいんでしょ?
じゃ、聞きたくなったら、私の方から合図を出すから、その時に答えてね」
ミチャは目をパチパチして私を見る。
でも、何だか納得したみたいな顔をしている。
どうやら、私の一方的な言い分を理解できないまま頷いてしまった感じ。
そして、あっという間に、景色の色もオレンジ色から紫色へ変わっていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる