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クリスマス
…10
しおりを挟む私は胸が詰まって何も言えない。
森魚の発したあの人という言葉が、何だか寂しさを纏って聞こえたから。
「うん…
早く帰るって言っちゃったから、きっと、待ってる…」
森魚は、手早く、髪に絡まったティアラや装飾品を取ってくれた。
そして、背中から腰にかけて結ばれている長めのリボンを、上手にほどく。
「本当はまひるんをあの人の元へ帰したくないけど、俺はあの人に借りがあるからさ」
「もしかして、すき焼きの事?」
私は目を丸くしてそう聞いた。
こういう森魚の単純なところが好きだ。
「うん…
実は、俺、あんな最高級の牛肉のすき焼き食べたの、高校生ぶりだった。
実家離れてから、貧乏一筋だったからさ。
本当に、美味しかった…
しばらくは、その思い出でご飯が食べれるくらい」
私は可笑しくて笑ってしまった。
森魚がいい子なのはちゃんと分かっている。
そして、ミチャの事を少しは気に入っているのもちゃんと気付いていた。
一人でできない着替えを森魚に手伝ってもらい、そして、それが終わると森魚は控室から出て行った。
私はワックスでガチガチに固まった髪を洗面台で洗い、そして、簡易式のドライヤーで急いで濡れた髪を乾かす。
こんなに時間が早く過ぎるなんて思わなかった。
もう、クリスマスイブの日は終わりを告げようとしている。
とりあえず、荷物は明日取りに来る事にした。
それは先輩にお願いするしかない。
私は、半分しか乾いていない髪のまま、外へ飛び出した。
一分でも一秒でも早く、ミチャの待つ二人の家へ帰りたい。
だけど、駅前近くまで来てもタクシーは見つからなかった。
ちょっと時間はかかるけれど、私は終電前の電車に飛び乗った。
その頃、外は大粒の雪が舞い始める。
紫色の空にネオンの色が映え、そして、対比する白く輝く雪が景色を一面に覆いつくす。
電車の窓から見えるその景色は、私の心を重くした。
世間はクリスマスイブで盛り上がっているのに、私は、ミチャを一人ぼっちにした。
思いのほか空いている電車の中で、日付はイブからクリスマスに変わる。
私は、待っているはずのミチャに、メッセージさえ入れられずにいる。
今さら何を言っても手遅れで、その前に気の利いた言葉さえ思い浮かばない。
自分のいい加減さにほとほと呆れた。
ミチャになんて言えばいいの…
マンションの最寄の駅のコンビニでビールを買った。
何で買ったのかは自分でも分からない。
とりあえず、クリスマスだからと自分に言い聞かせた。
マンションに着いた私は、夜空を見上げ大きく深呼吸した。
降り続く雪のせいで、外気はすっかり冷え込んでいる。
でも、今の私は、そういう変化さえ気付けない。
ミチャの事を考えると胸が張り裂けそうで、ミチャが怒っている姿がただ怖くてしょうがなかった。
私は鍵を持っていたけれど、エントランスの方でインターホンを鳴らした。
ミチャの声が聞きたかった。
怒っているのか怒っていないのか、臆病な私はそんな事を気にしている。
「まひる…?」
その一言だけで、正面玄関の大きな自動扉が慌ただしく開く。
エントランスホールの中へ入ると、そこには大きなクリスマスツリーが飾られていた。
十日前、先輩の家へ向かった時、あの時は正面玄関ではなく駐車場の方の出入り口を使ったせいで、このクリスマスツリーを見ることはなかった。
ホールを埋め尽くすほどの大きなツリーは、もう夜中だというのに、たくさんのライトがピカピカと楽しそうに輝いている。
私は呆然とそのツリーを見ていた。
コスプレのイベントは本当に楽しかった。
必死に作り上げた衣裳も、たくさんの人達からの賛辞も、今となってはこの電飾の光のように儚げで空しい過去の事。
現実逃避をしたいだけの私の独りよがり…
ミチャと真正面から向き合う事を恐れて、ミチャも自分自身も傷つけた。
そんなネガティブな事ばかり考えていると、この場所から動けない。
この美しく完璧なツリーの陰に隠れてしまいたかった。
「まひる… よかった…」
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