イケメンエリート軍団の籠の中

便葉

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何でもない世界は本当は美しい世界

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 舞衣は、昨夜寝ていないせいもあって、なんだか頭の中は異常なほどに冴えていた。変なアドレナリンが出ているのか、落ち込んだ心とは裏腹にハイテンションな自分がいる。


「舞衣、始めようか?」


 ジャスティンが舞衣のデスクに来てそう言った。


「あ、はい……」


 実は、舞衣は、今日はジャスティンと二人っきりになりたくなかった。ジャスティンと二人きりになると、はぐらかしている本当の感情が助けを求めて騒ぎ出すのが分かっている。
 でも、日常は変えられない。二人はいつもの会議室に入った。


「大丈夫? 顔色が悪く見えるけど…」


 舞衣は精一杯笑って見せた。


「ジャ、ジャスティンさん……」


 もうダメ……
 こんなに早く涙が出てくるなんて……


「わ、私、どうしたらいいのか分からないんです……」


 ジャスティンは慌ててティッシュの箱を持ってくると、舞衣の前に置いた。


「何でもいいから話してごらん、聞いてあげるから…」


 舞衣はティッシュを何枚も取り出して、あふれ出てくる涙を何度も拭いた。


「私、本当に本当に、凪さんの事が大好きで……
 こんなにも人を愛せるんだって、自分でもビックリするくらい凪さんの事が大好きで…

 凪さんは、一緒にアメリカに行こうって言ってくれました…
 でも、舞衣にとっては簡単なことじゃないから、よく考えて答えを出してほしいって…

 凪さんは一週間しか待てないみたいで…
 それまでに答えを出してって…」


 ジャスティンはプッと笑った。


「一週間って… 短くない?
 ま、凪にとってはそれがいっぱいいっぱいなんだろうけど……」


 舞衣は涙を溜めたまま困った様に頷いた。


「で、舞衣はどうするの?
 どうするの?っていうより、胸に手を当てて、余計な事柄を全部取っ払って、そこに見えてくる答えは何?」


 舞衣は胸に手を当てて、静かに深呼吸をした。


「胸に手を当てても当てなくても、凪さんの事しか考えられないんです…」


 ジャスティンはまたクスッと笑った。


「じゃ、もう答えは出てるじゃん。舞衣は凪の待つニューヨークに行くって」


 舞衣の目から、また涙がポロポロこぼれ出した。


「でも、でも……
 私の中ではそんな簡単なものではないんです……

 私は母子家庭で育ったせいで、自分の事は自分でする、人に迷惑をかけない、早く自立してお母さんを楽にさせてあげるって、そんな事を考えて育ってきました。

 金銭面でも生活面でも、お父さんがいなかったから、甘えるっていう事を知らずに今に至ってます…」


「でも、舞衣が凪のいるアメリカに行くという事は、仕事も日本での生活も、全部捨てていかなきゃならない。
 今までは自分で働いてそのお金で生活していた舞衣にとって、何もかも凪に甘えてしまうことに躊躇しているってことなのかな?」


 ジャスティンはそう分析して、舞衣を優しく見つめた。


「何だか怖いんです……
 今まで普通がいいと思って生きてきました。

 色んな夢を見る事はあったけど、こんな風に映画に出てきそうな夢以上の夢が自分の目の前にやって来て、怖くて一歩が踏み出せないのは確かなんです」


 ジャスティンは困ったように微笑んだ。


「ねえ、舞衣……
 凪を信じてあげてよ…

 あいつがこんな風になるなんて、俺達からしたら信じられない事なんだ。真剣に舞衣の事を想ってるから、舞衣にアメリカに来てほしいって思ってる。
 あの人間嫌いで血も涙もないような凪がそんな事を言うなんて、舞衣、俺は、神様よりも信じていいと思う。

 それに、お金の事なんて気にする方がバカだよ。
 舞衣を養うための金額って、あいつにとってはあってないようなもんだからな。舞衣の家族にだって惜しまないでお金を出すよ。凪ってそんな男だから。

 だから、あいつを信じてあげて…
 きっと結婚まで考えてるって……」


 舞衣は小さく頷いて、またポロポロ泣いた。


「な、凪さんが、舞衣に、自分の心臓を差し出すって言ってくれました…」


「心臓??
 何だよ、それ? 怖くない?

 でも、凪らしいか…」


 ジャスティンはティッシュをたくさん取り出し、舞衣に渡した。


「あとは、舞衣が凪と結婚したいかどうかだな…
 舞衣は、結婚する気はあるの?」


 舞衣は何も考える事はなかった。


「結婚っていう形で死ぬまで凪さんと一緒に居れるなら、私、凪さんとずっと一緒にいたいです…」


 ジャスティンは舞衣にウィンクしてパチンと指を鳴らした。


「もう、舞衣の中で答えは出てるじゃん。

 今まで健気に必死に生きてきた舞衣に、神様は凪を与えてくれた。好きなだけ死ぬほど甘えなさいってね。

 そして、それは、凪にとっては最高の喜びなんだから」


 舞衣は自分の単純さに苦笑いが出るほど、自分の中の固い殻が壊れたのが分かった。


「ジャスティンさん、どうしよう…?」


「今度は何??」


「今からでも、ニューヨークに行きたくなってきちゃった…」


 ジャスティンは大げさに肩をすくめて、舞衣のほっぺを撫でた。


「凪の元へ行くには、まだまだやることがたくさんあるだろ?
 まずはソフィアとちゃんと話をしなきゃ」


 舞衣は天を仰いでしまう。


「あ~、ソフィアからは絶対に嫌われます…
 社内恋愛にあまりいい顔していなかったし、私、ブサイク好きって公言しちゃったし」


 ジャスティンは大きな声で笑った。


「明日、俺はソフィアとリモートで話す用事があるから、その後に、舞衣がソフィアと話ができるようにセッティングする。

 ノロノロしてたらあっという間に一週間が立って、あの気の短い凪様のことだから、もう前日にはシャッターを下ろしてるかもしれない。

 そうならないように、急がなきゃ」


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