イケメンエリート軍団の籠の中

便葉

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エリートの感覚についていけません

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 退社時刻の前になると、舞衣は玄関やカウンターを除菌シートで拭き掃除を始める。
 ずっとパソコンと向き合っているため体はガチガチになっているし、もともと綺麗好きの性格だ。今までやってきたバイトは体を動かす仕事が多かったせいで、こうやって綺麗にするために体を動かしている方が性に合うし気が楽だった。


「マイマイ、ただいま~~」


 17時が過ぎた頃、ジャスティン達が帰って来た。


「おかえりなさい、お疲れ様でした」


「舞衣ちゃん、何やってるの?」


 一番最後に入って来たトオルが、目を丸くして舞衣にそう聞いた。


「あ、はい。
 ちょっと埃がたまってる所があったので、除菌シートで拭いてました」


 トオルは舞衣が話している間、ずっと首を横に振っている。


「舞衣ちゃん……
 それは舞衣ちゃんの仕事じゃないよ。
 それは、清掃会社の人達の仕事だ。

 僕達、EOCの人間は、そんなことしなくていい。
 というか、そんなことよりもっと大切な仕事があるだろ?」


 トオルは優しい口調だけど、でも厳しく舞衣にそう伝える。


「舞衣ちゃんが今までどういう所で働いてきたかは僕は知らないけど、今までの価値観は全部捨てる事。
 EOCの人間だという誇りを持って、自分のスキルを上げて会社に貢献する。

 それはこういう掃除とかじゃないんだ。

 僕達は世界を相手に仕事をしている。それを常に忘れないで」


「………はい」


 舞衣は小さな声で返事をして、持っていた除菌シートをすぐに後ろに隠した。


「あと、もう時間だから、今日は帰っていいよ」


 トオルはいつもの優しい瞳をメガネの奥から覗かせ、舞衣に優しく頷いて見せる。


「………はい」


 舞衣はもう一度そう返事をして、メイクルームへ駆け込んだ。そして、すぐに除菌シートをダストボックスに投げ入れた。何だか悔しかったり切なかったりで涙が出てくる。
 この超一流企業で働くことの難しさに思いっきり直面した。

 私は一流の人間じゃない。
 ジャスティンが、皆んな最初から一流じゃないよって言ってたけど、一流になるまでには少なからず一流のふりをして過ごさなければならない。
 でも、私は一流のふりもできないみたい。
 だって、私が大切に育ててきた価値観は、皆の嫌がることを積極的にやること…
 埃がたまっている所に気付いてすぐに拭き掃除をする。それだって立派な仕事なのに、こんな風に怒られるなんて夢にも思わなかった…

 舞衣は誰にも気づかれないようにオフィスから出た。
 このたったの二日の間に、目まぐるしく舞衣の世界は変わった。

 疲れた……
 なんか、前の世界の方が私にはいいみたい……

 舞衣は自動扉のガラスに映る、凪に買ってもらった高級スーツを着ている自分を見て、小さくため息をついた。



 舞衣はアパートへ帰り着くと、自分のためにオムライスを作った。オムライスだけは自信がある。お母さんの味をちゃんと再現できる唯一の自慢の料理だった。
 舞衣は一人暮らしを始めて、嫌な事や落ち込む事があると、必ず自分のためにオムライスを作る。今夜は頑張っている自分にご褒美をあげたかったし、それとなんとなくお母さんの顔を思い出したから。

 そして、途中のコンビニで缶酎ハイを一本買った。
 今夜は、食べて、飲んで、すぐに寝るぞ。


ピンポン。


 舞衣は、21時という時間の来客に驚いて身構えてしまった。以前、このアパートの界隈でピンポンダッシュのいたずらが流行り、このアパートも何度か被害にあっていた。

 どうせまたそのピンポンでしょ?

 舞衣は一回目のチャイムは無視してテレビを観ていると、またピンポンと鳴った。それも、今度のピンポンの音は、なんとなく寂しげで力が入ってないように聞こえる。
 舞衣は玄関ドアの小さな覗き穴から外を覗いてみた。

 何? これ??

 そこには真っ白のもさもさした何かが視界を遮っている。そして、目を凝らしてみると、そのもさもさの奥に誰かが立っていた。


「え~~~~」


 そのドアの向こうに立っているのは、真っ黒いスーツにもさもさの花束を抱えた凪だった。


「………どうしたんですか?」


 舞衣は自分の格好に気付き、ドアを3センチほどしか開けることができなかった。
 だって、今日に限って、うさぎの耳のフードがついたピンクのモコモコのフリースのセットアップを着ていたから。
 凪はその3センチしか開けてもらえないドアの隙間に顔を近づける。


「開けろ」


 この期に及んで俺様の凪の態度に、舞衣は少しだけげんなりした。


「本当にどうしたんですか? 突然に……」


 舞衣はそれでも3センチの幅をキープした。凪はまたあの恐ろしい顔で、舞衣の部屋を覗きこんでいる。


「ねえ、これ、見えてない?」


 凪はそう言うと、そのもさもさの大きな花束をドアの隙間に入れ込んできた。


「え? もしかして? これ?」


 それは巨大なかすみ草の花束だった。あまりにも大き過ぎて直径1mほどの白い風船を抱えてるようだ。


「ねえ、重いし恥ずかしいし、早く開けろ…」


 凪は力任せにドアをこじ開けた。


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