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こころの扉
②
しおりを挟む私はあまりの脱力感で、お昼ご飯も食べずにずっと昼寝をした。濃厚過ぎたお盆ツアーが終わった安心感も加わって、何も覚えずに一時間ほど眠っていたらしい。
祖母に起こされた私は、まだ半分眠った状態だけど、109号室の掃除に行く事にした。今日を境にまた一年間、この部屋は開かずの間になる。
え? でも、もう幽さんはいないのに?
幽さんはいないのに、開かずの間のツアーなんて成り立たない。私は109号室のドアを開ける前に、また涙が溢れ出した。
…どうしよう、幽さんに会いたくてたまらない。
ドアの前で、私は子供のように泣いてしまった。開けるのが怖い。現実を知るのが怖い。幽さんがいないなんて考えられない…
私がシクシク泣いていると、頭の中にふわりと涼しい風が舞った気がした。
「幽さん!」
私はドアを開いてそう叫んだ。
「幽さん、居るの? 幽さん… 幽さん」
部屋の中は、加藤さんが綺麗に整理してくれていた。何も片付ける所がないくらいに元通りになっている。
「多実ちゃん、僕はどこにも行ってないよ」
幽さんの声がはっきりと聞こえる。それも洗面台のあるいつものドアの向こうから。私は慌ててカーテンを全部閉め切った。でも、天気がいいせいで所々に日光が差し込んでくる。
「幽さん、出て来れる? 私、幽さんの姿が見たい」
何だか複雑な気分で、でも、すごく喜んでいる自分がいる。そして、その気持ちを素直に出す事をためらってしまう自分もいた。幽さんはいつもの窓際ではなく、部屋の隅の一番暗い場所に姿を見せてくれた。
「幽さんがいなくなったかと思った…」
幽さんは笑いを堪えている。私のあの涙の理由を全部知ってるみたいに。
「幽さんのバカ…
せっかく、あの世への扉が開いてたのに…
なんで天国へ行かなかったのよ…」
幽さんは困ったように首をすくめた。
「もし仮にその天国への扉が開いていたとしても、僕はここから離れないよ。
多実ちゃんが大人になって、僕の姿が見えなくなるまで、僕はここにいる」
「いつまでも大人になれなかったら?」
幽さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべて私を見る。
「その時は、いつまでも友達でいよう」
大人になんかなりたくない。でも、必ず、いつかは幽さんが見えなくなる時が来る。
「じゃ、幽さん、来年もこのツアーやるからね。
もう、今日の内に、山田さんにやりますって言っちゃうからね」
幽さんは何も言わずに小さく頷いた。昨日よりも今日、今日よりも明日って、幽さんの姿は薄くなっていく。
でも、幽さんが線と点になったとしても、私の大切な友達には変わりない。
「幽さん、加藤さんに会えて嬉しかった?」
私は幽さんの前だと小さな子供に戻る。そんな事を平気で聞けるそういう間柄が本当に心地よかった。
「うん、嬉しかった…」
幽さんは照れ臭そうに下を向いた。幽さんの見た事のないリアクションに私まで嬉しくなる。
カーテンで閉ざされたこの部屋に青い空は届かないけれど、闇の中でしか生きられない幽さんのために、私の存在が青い空になればいい。
「良かったね、幽さん…」
109号室の住人は、いつも優しい笑顔…
その笑顔を知る人は私しかいない。
だって、彼は幽霊だから…
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