42 / 43
こころの扉
①
しおりを挟む私の中で何かが終わったような、そんな気がしていた。加藤さんが帰った今、その予感は現実に変わろうと意気込んでいる。
幽さんと私が友達になれた理由…
きっと幽さんと加藤さんの魂の架橋になること。実体のない幽さんの想いを今を生きている加藤さんに伝えること。その結末は、加藤さんの笑顔に表れている。私の仕事はもう終わってしまった。
「多実、加藤さんに頼まれた事をちゃんとやらなきゃいけないよ。
おばあちゃんも手伝うから」
祖母はそう言うと、旅館のロビーに設置されている昔ながら暖炉の蓋を開け始める。
「え? 今から、暖炉に火を入れるの? 夏なのに?」
この旧式の暖炉はこの旅館が創業した当時からあるものだった。煙突が屋根から出ているタイプの暖炉のため、冬の時期は暖房ではなく鑑賞用に用いている。煙突から煙を出す事が今は良しとされない時代のためだと、祖母からそう聞いた。それなのに、祖母は、暖炉の中の残った灰を取り出し綺麗に掃除をしている。
「康之さんへの加藤さんの手紙を、ここで燃やしてあげよう。
普通のゴミに出すなんてそんな事は絶対にダメ…
この暖炉は康之さんも気に入っていた物だから、ここで灰にしてあげるのが一番いい」
祖母の言葉を聞いて、私は幽さんが恋しくなった。いつも幽さんが座っている階段に目をやるけれど、そこに幽さんの姿はない。
「ほら、多実が火を付けて」
私は祖母にマッチを預かり、あまり得意じゃないマッチを擦ってみる。一回でマッチに火が灯った。祖母が手紙の束を暖炉に入れ、私はその炎を青い色の封筒の上へ置いた。暖炉の扉を閉めると、その中で小さかった炎は鮮やかな色を放ち、そして、大きな炎に変わっていく。
「康之さんも、これで天に昇れるかもしれないね…
このお盆の時期は、亡くなった人達が浄土から地上へ帰ってくる唯一の三日間なんだよ。
という事は、あの世への扉が開いてるって事。
このお盆に加藤さんが現れて、今、私達がこうやって供養をしている。康之さんはその扉から、天国へ昇っているよ、きっとね」
私はその真っ赤な炎を眺めながら、幽さんの事をずっと考えていた。ずっと天に昇ってほしいって祈っていたけれど、でも、いざとなったら、寂しくてしょうがない。私は、おばあちゃんの横で声を上げて泣いた。幽さん、行かないでって言いたいけど、そんな事言っちゃいけない。おばあちゃんが、私の背中を優しくさする。
「多実の心の中には、ちゃんと康之さんがいる。
見えなくなっても、忘れてしまっても、康之さんとの記憶は、多実の中で言霊となって、そう、大切な時に多美の気持ちとなって、多実の事をちゃんと守ってくれる。だから、寂しい事なんかないよ」
手紙が燃え尽きてしまいそうだ。あの大きかった炎はまた小さな炎に戻っていく。
私は外に出て、煙突から出る煙をぼんやり見ていた。今日は昨日と違い最高にいい天気。真っ青な空は、見上げるには眩しくて私は何度も目を細めた。
幽さん…
大好きな幽さん…
私の心の扉はいつも開けておくから、いつでも遊びに来て…
その煙は真っ青な空に同化していく。幽さんの魂を乗せて、空高く昇っていく。
幽さん、さようなら… またいつか、会えるかな…
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~

【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話
古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】
食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。
コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。
将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。
しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき
山いい奈
ライト文芸
★お知らせ
3月末の非公開は無しになりました。
お騒がせしてしまい、申し訳ありません。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。
世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。
恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。
店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。
世都と龍平の関係は。
高階さんの思惑は。
そして家族とは。
優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる