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こころの扉
①
しおりを挟む私の中で何かが終わったような、そんな気がしていた。加藤さんが帰った今、その予感は現実に変わろうと意気込んでいる。
幽さんと私が友達になれた理由…
きっと幽さんと加藤さんの魂の架橋になること。実体のない幽さんの想いを今を生きている加藤さんに伝えること。その結末は、加藤さんの笑顔に表れている。私の仕事はもう終わってしまった。
「多実、加藤さんに頼まれた事をちゃんとやらなきゃいけないよ。
おばあちゃんも手伝うから」
祖母はそう言うと、旅館のロビーに設置されている昔ながら暖炉の蓋を開け始める。
「え? 今から、暖炉に火を入れるの? 夏なのに?」
この旧式の暖炉はこの旅館が創業した当時からあるものだった。煙突が屋根から出ているタイプの暖炉のため、冬の時期は暖房ではなく鑑賞用に用いている。煙突から煙を出す事が今は良しとされない時代のためだと、祖母からそう聞いた。それなのに、祖母は、暖炉の中の残った灰を取り出し綺麗に掃除をしている。
「康之さんへの加藤さんの手紙を、ここで燃やしてあげよう。
普通のゴミに出すなんてそんな事は絶対にダメ…
この暖炉は康之さんも気に入っていた物だから、ここで灰にしてあげるのが一番いい」
祖母の言葉を聞いて、私は幽さんが恋しくなった。いつも幽さんが座っている階段に目をやるけれど、そこに幽さんの姿はない。
「ほら、多実が火を付けて」
私は祖母にマッチを預かり、あまり得意じゃないマッチを擦ってみる。一回でマッチに火が灯った。祖母が手紙の束を暖炉に入れ、私はその炎を青い色の封筒の上へ置いた。暖炉の扉を閉めると、その中で小さかった炎は鮮やかな色を放ち、そして、大きな炎に変わっていく。
「康之さんも、これで天に昇れるかもしれないね…
このお盆の時期は、亡くなった人達が浄土から地上へ帰ってくる唯一の三日間なんだよ。
という事は、あの世への扉が開いてるって事。
このお盆に加藤さんが現れて、今、私達がこうやって供養をしている。康之さんはその扉から、天国へ昇っているよ、きっとね」
私はその真っ赤な炎を眺めながら、幽さんの事をずっと考えていた。ずっと天に昇ってほしいって祈っていたけれど、でも、いざとなったら、寂しくてしょうがない。私は、おばあちゃんの横で声を上げて泣いた。幽さん、行かないでって言いたいけど、そんな事言っちゃいけない。おばあちゃんが、私の背中を優しくさする。
「多実の心の中には、ちゃんと康之さんがいる。
見えなくなっても、忘れてしまっても、康之さんとの記憶は、多実の中で言霊となって、そう、大切な時に多美の気持ちとなって、多実の事をちゃんと守ってくれる。だから、寂しい事なんかないよ」
手紙が燃え尽きてしまいそうだ。あの大きかった炎はまた小さな炎に戻っていく。
私は外に出て、煙突から出る煙をぼんやり見ていた。今日は昨日と違い最高にいい天気。真っ青な空は、見上げるには眩しくて私は何度も目を細めた。
幽さん…
大好きな幽さん…
私の心の扉はいつも開けておくから、いつでも遊びに来て…
その煙は真っ青な空に同化していく。幽さんの魂を乗せて、空高く昇っていく。
幽さん、さようなら… またいつか、会えるかな…
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