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便葉

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八月十五日 可愛いあの子

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「多実さん、本当にありがとうね。この出会いを絶対に忘れない…不思議な縁に導かれたこの出会いを、ね?」

 加藤さんは少女のように目配せをして私を見た。
 本当に可愛い人…
 私の思いなのか、幽さんの気持ちなのか、やっぱりそんな事を考えてしまう自分が可笑しかった。すると、廊下から祖母が慌てて走って来るのが見えた。

「おばあちゃん、慌てないで。転んじゃうよ」

 私の言葉に祖母は頷きながら、一枚のセピア色の写真を手に持って加藤さんに歩み寄る。

「あそこに飾っている写真を撮った後、その場に居合わせなかった従業員をしばらくした後に撮ってあげたんです。
 康之さんがたまたまそこを通りかかって、聞いたらさっきの写真に入ってないって言うから、嫌がる康之さんを無理やり入れて一緒に撮って…」

 祖母はその写真を加藤さんに渡した。

「すぐに分かると思いますよ。男性は康之さんしかいないですから」

 セピア色をした小さな写真は、一瞬で加藤さんの顔をピンク色に染めた。そして、その写真に釘付けになっている加藤さんの瞳からまた大粒の涙が溢れ出す。

「康之さん、とても楽しそう…」

 私もその古い写真を見せてもらった。そこには、いつもの幽さんがいる。私の知っているそのままの幽さん…
 そして、加藤さんの言う通り、その写真の中の幽さんは、照れくさそうに、でもすごく楽しそうに笑っていた。私だってこんなに楽しそうな幽さんの笑顔を見た事はない。

「ここへ来る事ができて、本当によかった…
 だって、こんな素敵な康之さんの笑顔を見れるなんて思ってもなかったもの。
 それだけで本当に幸せです…
 本当に、本当に、ありがとうございます」

 加藤さんは写真の中の幽さんに何か呟いている。私達には聞こえないほどの小さな声で。そして、最後にもう一度、写真の中の幽さんを目を細めて眺め、その写真を胸に当てる。

「康之さん、さようなら…」

 加藤さんはそう言って、その写真を祖母へ渡した。

「じゃ、そろそろバスの時間になりますので、私はこれで失礼します。本当に楽しい旅でした。そして、多実さん、こんな私のお世話をしてくれて本当にありがとう」

 加藤さんが荷物を持って玄関の方へ歩き出すと、急に祖母が思い出したように加藤さんへ声を掛ける。

「加藤様、あのお手紙は?」

 祖母はその大切な手紙の束を手に握って、加藤さんの元へ走り寄る。でも、加藤さんは首を振るだけで、その手紙を受け取らなかった。

「多実さん、良かったら、多実さんの手で捨てて下さい…その時の私の想いは、もう康之さんには届いてると思うから」

 加藤さんは丁寧に私と祖母に頭を下げて、満面の笑顔でこの場を後にした。
 私は加藤さんの姿が見えなくなるまで見送ると、突然、大粒の涙が溢れ出す。何故かは分からない。でも、幸せとは違う切ない感情に身が引きちぎられそうだった。

「おばあちゃん…
 幽さんが、最近、薄くなって見えるの…
 私、幽さんと別れたくない…
 幽さんが見えなくなるなんて、絶対、いやだ…」


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