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八月十四日 若者の暴走
⑥
しおりを挟む私は祖母に自分のしてきた事を見透かされているようで、ちょっと居心地が悪かった。
必要以上に記憶に残る事を今しようとしている。でも、それは、誰にも言わない。それは、私と幽さんの秘密。私達にはそんな秘密がたくさんあった。
「大丈夫だよ。心配しないで」
私は平気なふりをしてそう答えた。平気なふりというか、本当に平気だから。
それから、急いで夕食の準備をした。例年通りの薄暗い中でのシチュエーションに、単純な二人組は喜んでくれた。ちゃぶ台の真ん中に置かれたろうそくと、テレビ台の上に置かれたろうそく、それに部屋はエアコンでキンキンに冷やして、この部屋にまつわるかなり盛った怖い話をする。
絵里という女は修斗君の腕に絡み付き、私から言わせればイチャイチャして、怖いけれど楽しいみたいな雰囲気で、夕食の時間は過ぎて行った。
「お風呂は適当に済ませるので、もう、大久保さんがこの部屋に来る用事はないですよね?」
私は早くイチャイチャしたいだけだろうってそう思ったけれど、でも、変な勘がすぐに働いた。
「お客様が動画とか撮ったりしなければここに来る用事はないですけど、でも、ちょっと怪しいですので、何度か伺わせていただきます」
「撮らないから! 約束します」
私は幽さんの気配に気付いた。幽さんは二人の後ろで胡坐を組んで座っている。そして、私を見て頷いた。
とりあえず、その意向を汲んであげてと。
「分かりました。では、何かあったら内線電話で呼んで下さいね」
修斗君はホッとした顔をして、はいと返事をした。でも、その後に彼女を見る修斗君のしたり顔が、私の嫌な気分と不吉な予感を増幅させる。
私は109号室を後にすると、その部屋からあまり遠くない厨房の中にある椅子に腰かけて休憩をした。この場所なら幽さんからのSOSがすぐに届くはすだし、受付に修斗君達が来たとしてもおばあちゃんがすぐに内線電話で呼んでくれる。
私はスマホからツアー会社の山田さんのメールをチェックする。
あれ?
明日の宿泊予定のお客様の変更点が書いてあった。でも、その前に、私は山田さんから送ってもらったそのお客様のアンケートにもまだ目を通していない。私は添付されているそのお客様のアンケートのファイルを開いてみた。山田さんの方から年配の方とは聞いていたが、72歳の女性という事を知って少し驚いてしまった。それも一人で泊まるらしい。
そして、そのアンケートも長文で丁寧にびっしりと答えている。どうやら、ツアー会社を訪れたお客様から口頭で聞いた内容を、山田さんが代わりにパソコンで打って送信してくれたようだった。
私はそのアンケートは後で読む事にした。今のこの時間は、いつ何時幽さんに呼ばれるか分からない。でも、山田さんからの伝言はちゃんと受け取った。その年配の女性のお客様は、この街に早めに着く事になったから、午前中に面接希望だという事を。
その厨房に居る間に、私は軽く夕食も済ませた。でも、幽さんからも修斗君からも何も連絡がない。私はうかつにもそのテーブルに顔を突っ伏してウトウト寝てしまった。
「多実、多実、起きなさい」
お父さんの私を起こす声は、何か問題が起こった時に出す低く通る声だった。
「お父さん、何? 何かあった?」
私はお父さんに言われて、慌てて受付のあるカウンターへ向かう。そこには、修斗君の彼女の絵里さんが立っていた。
「どうかされましたか?」
絵里さんは私の質問には何も答えずに、私の手を引いて109号室へ小走りで向かう。その間に幽さんからのメッセージが入った。
…大したことじゃないよ。ちょっと、懲らしめただけだから。
私は絵里さんに続いて109号室へ入ると、そこには見た事のないような立派な撮影用カメラが三脚にしっかりとセットされて置いてあった。でも、その隣に座る修斗君は、目が泳いで何かに憑りつかれたようにカメラの電源やたくさん付いているボタンを何度も何度も押している。
「修斗さん、そのビデオカメラどうしたんですか?
っていうか、こういう物をここにセットするなんてあり得ないんですけど」
修斗君に私の声は届いているのだろうか?
私の質問には全く答えずに、必死にカメラをいじったままだ。すると、代わりに絵里さんが答えてくれた。
「このカメラ、大学から借りてきた物なんです。
ミラーレスの一眼レフタイプで5K担当での撮影ができる上に、暗視カメラの機能も搭載してるので、はっきりいってめちゃくちゃ高額なカメラで…
何か、壊れちゃったみたいで…
急に電源が落ちたかと思ったら、うんともすんとも動かなくなって。さっき、スマホもそんな感じで使えなくなったとか、言ってるんですけど、そうなんですか?」
私は別に驚く事もなく、うんうんとは絵里さんの話を聞いた。
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