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便葉

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八月十四日 若者の暴走

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「あの、すみません、よろしいですか?」

 私も遠慮もなしに109号室へズカズカと入って行く。

「何すか?」

 この男、芸術家気取っているけど、絶対に映画監督なんかになれるはずがない。それは、ただの女たらしのろくでなしだから。私が頭の中で悪態をついていると、柔らかい息遣いが私の脳に浸透する。

…多実ちゃん、落ち着いて。多実ちゃんはほたる荘の顔だという事を忘れないで。

 私は幽さんの一言でほんの少しだけ冷静になる。

「あの、この部屋は、お二人しかお泊りになれません。
 夕食も二人分しか準備しておりませんので。
 もし、宿泊を希望されるのであれば、空いているお部屋を案内いたしますので、まずはカウンターの方で受付をお願いします」

 私は事務的にそう言って、その彼女の方に顔を向けた。
 その修斗君の彼女という人はとても可愛らしい人だった。三奈さんみたいに、カッコよくジーンズとか穿いてない。ひざ丈のオレンジ色のフレアスカートに、白いシンプルなブラウス、その上にターコイズブルーの夏ニットのカーディガンを羽織っていて、完全なお嬢様スタイルだ。
 悔しいけれど、控室で横になっている三奈さんとは真逆のほんわかタイプの女の子だった。

 私は何だか敗北感に陥った。三奈さんに勝ち目がないとは言わないけど、修斗君の好みのタイプが分かっただけで、がっくりと肩の力が抜けた。
 あ~、正直過ぎる自分が嫌になる。

「修斗君、私、他の部屋に泊まるの?」

 彼女の儚げなその言葉に、私は嫌悪感しか覚えない。このタイプって完全に無理だわ…

「絵里はこの部屋に一緒に泊まるから大丈夫だよ。
 あ、すみません、一人は帰ったので、よろしくお願いします」、

 私の顔が鬼のようになっていない事を祈った。いや残念ながら、確実にそうなっている。だって、自分の口元が引きつっているのが分かるし、修斗君を見る目つきが怒りでコントロールできない。

「三奈さんは帰っていませんし、帰る予定はありません。
 それにこのツアーは三奈さんがお申込みになっておりますので、そんな勝手な変更は許されません」

 許されませんって…
 私は自分自身の感情を抑える事ができずに焦った。幽さんのアドバイスが何の役にも立っていない。
 それにこの修斗という男、私の事をただの同級生くらいにしか思っていない。私の意見なんて何の効力もないみたいに、入口に立ちすくむ彼女の荷物を受け取り何もなかったように部屋の中へ連れて行く。
 私の存在なんてどうでもいいような顔をして。

「じゃ、三人でここに泊まる。
 追加分の料金はちゃんと払うからそれでいいだろ?
 何なら二倍払ってもいいけど」

 修斗君って今風のイケメンで賢い顔をしているけれど、本当はただのバカなのかもしれない。バカじゃなきゃこんな狭くて古めかしい部屋に、自分は彼女といちゃいちゃして、そして、隣には自分を好きな女の子がいて、そんな状況で泊まりたいなんて絶対思わない。

「三奈はどこにいるの?」

 私はハッとして顔を上げた。

「三奈さんは受付の近くに居ます」

 修斗君は面倒くさそうに天井を仰ぐ。そして、隣に佇む彼女を愛おしそうに見ると、その彼女の肩を抱き寄せた。私はムカついて瞬時に目を逸らす。

「すぐに呼んできてほしい。
 あと、もう夕食なんでしょ?
 早く食べれるかな?
 二人で夜の散歩に行きたいからさ」

 二人で? 三奈さんは?
 私はそう口走りそうになるところを、寸前で堪えた。

「夕食はできるだけ急いで準備いたします。あと、三奈さんにもそう伝えてきます」

 私は平静を装ってそう答えると、すぐに廊下へ出た。そして、すぐに幽さんを頭の中で呼んだ。

…多実ちゃん、あまりカッカしないで。

 そう言いながら幽さんは半分笑っている。

…もう、無理! あんな最低男、今まで見た事ない!
 幽さん、どうすればいい?
 三奈さんに何て伝えよう?

 私は三奈さんを思えば、涙が溢れてくる。三奈さんはこのツアーで、修斗君に自分の気持ちをちゃんと伝えるつもりでいたのに。

…どうすればいいかなんて、僕には何にも分からないよ。でも、一つ言える事は、三奈さんには何一つ勝ち目はないという事。そんな三奈さんを、この部屋に放り込む事がいい事だとは思わないな。

 私は目には見えないけれど、頭の中で幽さんを睨んだ。

…そんな事、分かってるよ。
 でも、このまま、三奈さんが一人で帰るなんて辛すぎるじゃん。このツアーは、三奈さんがオカルト好きな修斗君のために申し込んでチャンスを勝ち取ったんだよ。それを、あの女とろくでもない男にプレゼントするなんて、私が許せない。

 幽さんが肩をすくめてため息をつくのが、目に浮かんでくる。

…僕は、この手の問題は、やっぱり苦手だよ。感情論になったら、僕は色々なところで経験がなさ過ぎるから。

 私は沸々と煮えたぎる怒りの炎をまだ消せずにいる。どうにかして、三奈さんの屈辱を晴らしてあげたい。

…幽さん、もし、三奈さんが傷ついた心のまま帰る事になったら、いたずら程度でいいから修斗君を怖がらせて、落ち込ませて。
 お願い!

…怖がらすのは分かるんだけど、落ち込ますってのが難しいな。

 私は幽さんのボヤキは聞かなかった事にして、幽さん、お願いねと、再度お願いして三奈さんの待つ控室へ向かった。


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