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八月十三日 厄介な二人組
⑦
しおりを挟む「ま、待て。
俺は職業柄、色々な人に恨みを持たれているのは分かってる。
性格的にも怒ったら手がつけられない。
殺人までは起こしてないけど、その手前みたいな酷い事は、数えきれないほどやってきた。その中の奴らだろ?
それだったら何人か心当たりのある奴が」
「違います!」
私はその男のグダグダと長ったらしい説明に、イライラが増し始める。そんなのんびり会話をしていたら、鈴木さんが帰って来てしまう。私は鬼の形相でその男を見た。
「そんなその他大勢の人なんかじゃない」
「え…」
私は何だか腹が立って、その男の目の前でテーブルをバンと叩いた。
「あなたに憑いている生霊の元の人間は、あなたが愛して止まない鈴木さんです」
私はテーブルを叩いた右の拳がわなわな震えている。か弱い人間に暴力を振るうなんて絶対に許されない。特にこんなゲスの極みみたいな最低な男が、そんな事を平然とやって帝王気分になって生きているなんて、そんな事が許されると思ったら大間違いだ。
「あいつ…?」
私は煮えたぎる怒りの感情を鎮めるために、目を閉じ小さく深呼吸をする。
「鈴木さんに暴力を振るってますよね?」
男は私の視線から目を逸らした。
「あなたは、あの怪奇現象が起こる前、彼女に暴力を振るってた。
今日だけじゃない。
その暴力は日常茶飯事で、あなたにとってはご飯を食べるくらい普通の事。
しっかりとした理由を教えてあげます。
彼女からの現象は今に始まった事じゃない。最近の自分の生活を思い出して下さい。物事が上手くいかなかったり、体調が悪かったり、大事な車をぶつけられたり」
私は頭の中に浮かぶイメージを言葉に出して言っているだけなのに、その男の動揺ぶりを見ればそのイメージが的中している事が分かる。
「この部屋は、霊感が強い人は入りたがらないくらいに負のパワーが渦巻いているらしいです。
鈴木さんの強烈なあなたに対しての憎しみや怒りの怨念が、この部屋に来た事をきっかけに完全なる生霊となった。
彼女は何も気づいていない。だって、それは無意識の事だから。
一回、こういうパワーを発してしまったら、これは永遠に続きます。
あなたが、鈴木さんと完全に手を切らない限り」
その男は黙って聞いていた。目はうつろになり、今までの自分の行動を思い出しては、後悔しているように体が震えている。
「暴力で鈴木さんをがんじがらめにしているあなたの愛情は歪んでるけど、でも、もっと、歪んでいるのは、鈴木さんのあなたへの愛情です。
いずれ、あなたは死んでしまう。
生霊の仕業で、あなたは自ら命を絶とうとする。私には、そんなイメージが見えます」
私はいつからインチキ霊媒師になったのだろう。そんな事を思った途端、頭の中で幽さんの笑い声が聞こえた。
…多実ちゃん、ばっちりだよ。ありがとう。
…幽さん、こんなんでこの男、鈴木さんの事を諦めるかな。
幽さんはわざとらしく咳払いをする。
…多実ちゃん、僕を甘く見ちゃダメだよ。
必ず、この男は彼女の元を去る。近い未来、うん、今夜中かな?
私は幽さんの言葉を聞いた後、頭を抱えるその男に目を向けた。きっと、恐怖が頂点に達しているのだろう。顔から血の気が引いて動きは挙動不審になっている。
「もし、また、さっきみたいな現象が起こったら、とにかく早く鈴木さんから離れる事をすすめます。
自分の身を守る事だけを、第一に考えてください」
トントン…
鈴木さんは、最高のタイミングでお風呂から帰ってきた。
左頬は真っ赤に腫らしたまま。
「お風呂はどうでした?」
私は何もなかったように鈴木さんにそう聞いた。鈴木さんは彼氏の隣に座り、買ってきたミネラルウォーターを一気に飲み干す。
「すごい気持ち良かったです。心も体も癒されました」
鈴木さんは旅館の方で準備をした浴衣を着てくれていた。半分乾かした長い髪は軽くねじって上の方で留めている。シャンプーのいい香りと真っ白いうなじにかかる後れ毛が妙に色っぽかった。
「浩司さんもお風呂に入ってきたら?」
浩司さん?
私は初めてこの男の名前が浩司だという事を知った。受付の時にこの男の風貌にどれだけ動揺していたかが分かる。だって、名前を見てないくらいだから。
私がそろりと二人を観察していると、明らかにその浩司の動作はぎこちなかった。
「ふ、風呂入ってくる」
その男はどうやら神経質な性格らしい。浴衣ではなく自分用の部屋着をちゃんと準備していた。綺麗に畳まれたそのTシャツと短パンは、真新しいバスタオルにクルクルとくるまれて男の小脇に落ち着いた。
神経質な男ほど気が小さい。私の持論はそうだ。気が小さいあの男は、きっと、お風呂に浸かりながら逃げ出す事を考える。
私は男が確実に部屋を出て行った事を確認すると、鈴木さんの方を見た。
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