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便葉

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八月十三日 厄介な二人組

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 その鍵に手を伸ばした時、後ろでバンと大きな音がした。私が慌てて振り返ると、その男がちゃぶ台を叩いたのだという事が分かった。

「そのドアを開けるのはやめろ!」

 私は、その理不尽な言葉に、眉間に皺を寄せる。

「でも、お客様が内風呂を使いたいとおっしゃるので、中が使える状態か確認しなければいけません」

 私だって本音を言えば開けたくない。だって、この場所は幽さんの聖域だと思っているから。

「その中は、何で今まで立ち入り禁止になってたんだ?」

 この男、怖がっているくせに何で命令口調?
 私がそんな事を心の中でぼやいていると、幽さんの声が聞こえてきた。

…多実ちゃん、ちょっと作戦を変更しよう。
 この二人に、この部屋にまつわる話や自殺の事や、何かが棲みついてるみたいな恐怖を煽る話は一切しないでほしい。その都度、僕が、多実ちゃんに話してほしい事柄のイメージを送るから、その事柄を二人に話してほしいんだ。

 私はすぐに分かったと返事をした。そして、視線を元に戻す。その男は、私の一挙手一投足を観察している。何かからくりがあると疑っているように。

「立ち入り禁止になっていたというか、この部屋自体が開かずの間だったので、ただ、単にお風呂や洗面台が古すぎて使えないだけの話だと思うのですが」

 私はそう言うと一度諦めたふりをして、二人の座るちゃぶ台の側に腰を下ろした。

「さっきから、あのドアの奥の方で変な音がする。あんた達が客を怖がらすために、何か仕掛けをしてるんだろ?」

 私はハッと驚いた顔をする。戸惑いの表情も微妙に絡め合わせて。

「何か聞こえました?」

 男は鈴木さんを見て同意を求めた後、そのドアに顔を向けて嫌そうに頷いた。

「実は、この部屋は何十年も開かずの間で、何かがいるかもしれないという事でこのような企画を始めさせていただいたんですが、今回が初めてかもしれない…」

「初めて?」

 私は大げさに頷いた。わざと、天井の隅や畳のへりを気にかけながら。

「この部屋、見た感じはすごい不気味でいや~な感じがするんですけど、今まで泊ったお客様は、まだ一度も何も見なければ何も聞いてもないし、何も感じていません。
 だから、お客様の話を聞いて、私が驚いたくらいで」

 私がチラッと彼の方を見ると、腑に落ちない顔でまだちゃぶ台をトントンと突いている。

「どんな音がしたんですか?」

 私は恐る恐る聞いてみた。それは演技ではない。一体、幽さんがどんな手を使ってこの最低男を懲らしめたのか、早く知りたい。

「あんたが出て行った後、二人でくつろいでたら、そのドアの向こうで水が滴り落ちる音がずっとしてた。
 元々オンボロの旅館だし、風呂場も壊れてるって話だったから、どうせ水道がちゃんと閉まってないんだろって、そんなのは無視して二人で話してたら…」

 オールバックに整えられたその男の前髪の生え際に汗の玉が見える。よっぽど怖かったらしい。

「そしたら?」

 悪いけれど、楽しくてしょうがない。
 幽さんの武勇伝を聞くみたいで、ワクワク感が止まらない。
 でも、その彼の方は、何だか罰の悪い顔をしている。幽さんが近くにいると勘が冴え渡る私は、すぐにピンときた。鈴木さんに暴力を振るっていた時に何かが起こったのだと。

「そ、そしたら、急にそのドアの向こうで何かが割れる音がした。
 茶碗が割れるってもんじゃない、窓ガラスが何枚も一斉に割れるみたいな凄まじい音が。
 その音と同時に俺のみぞおちに衝撃が走って、痛いって前のめりになったら、急に…」

 私こそ前のめりになっている。早く、その先が聞きたくてたまらない。

「急に?」

「急に、この部屋のドアがバタンって開いて」

 続きを話してくれたのは鈴木さんだった。私はジェスチャーで、それで?と聞いた。

「しばらく閉じなくなった。どうやっても、びくとも動かない。
 鉄の扉みたいに重く感じて、でも、それよりもすごく怖くて、二人で廊下に立ち尽くしたくらい」

 私は冷静に鈴木さんの話を聞きながら、横目で彼氏の方を何度も見た。その男は、自分の身に起こった怪奇現象に怖がってはいるが、それ以前に、鈴木さんが余計な事を喋らないように威嚇している。

「でも、私がここへ来た時は普通でしたよ」

 私はそんな彼氏に気付かないふりをして、鈴木さんにそう聞いた。

「そうなんです。大久保さんが来る数分前に、自分でゆっくり動いてバタンって閉まったんです」

 鈴木さんも相当に怖かったのか目が潤んでいる。私はまずはドアの状態を調べるために、入口の方へ向かった。

「でも、俺としてはそっちの様子より、こっち方が意味が分かんないだけど」

 その男はそう言うと、私を手招きした。私はその親しみのこもった手招きに反吐が出そうになったが、でも、そんな最低な奴でも、大切な旅館のお客様には変わりない。私は、嫌な顔一つせずにその男に近づいた。

「ほら」


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