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便葉

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その手の人

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 八月十三日、私は朝一番でパソコンをチェックした。今日、109号室に宿泊するお客様に変更やキャンセルがないかを確認するためだ。すると、朝早い時間に、取引先のツアーサイトの山田さんからメールが入っていた。

“大久保様、今日からの三日間どうぞよろしくお願いいたします。
面接が困難という十五日のお客様より、大久保様から頼まれたアンケートの回答がようやく届きましたので、ファイルで添付させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします”

 私は添付されたファイルをとりあえず開いた。でも、今朝は色々とやる事が多くてゆっくり見ている暇はない。開いたファイルを保存すると、すぐにパソコンを閉じた。

 私はチェックインの時間まで、109号室の大掃除に取りかかった。実体はないといっても、この109号室には幽さんが住んでいる。そのため、幽さんの部屋を借りる約束はお盆の三日間だけと決めていた。
 というか、皆の手前ではこの109号室は開かずの間となっているわけで、そんな私達の取り決めを誰も何も知らない。


「お邪魔します」

 私は一年ぶりにこの109号室のドアを開けた。
 この旅館は本当に古い建物で、だからこそ、109号室以外の他の部屋はそれなりに修繕やリフォームが必要だった。でも、この部屋だけは五十年以上何も手を付けていない。開かずの間なのだからしょうがない事だけれど。

 そっとドアを開けると、湿気を含んだカビの匂いがじんわりと漂ってくる。私は中へ入ると、どこかに居る幽さんに向かってこう叫んだ。

「幽さん、窓を開けるからね」

 私は、閉め切っている分厚いカーテンとすりガラスの窓を一年ぶりに開け放った。この部屋は階段下に位置していて、窓は北側を向いている。
 でも、その窓から外を見ると一面に畑が広がっていて、青い空や白い雲、畑に咲く季節ごとの花や緑、黄金色に輝く稲穂など、自然の美しさに簡単に触れる事ができた。

 でも、幽霊になった幽さんは、そんな外界の美しい変化を感じる事はできない。自殺してしまった幽霊には相当なペナルティが課せられているみたいな事を幽さんから聞いた事がある。
 そんな事を思い出しながら、燦燦と降り注ぐ太陽の光を惜しみなくこの部屋へ取り込んだ。

「多実ちゃん、おはよう」

 幽さんの声は洗面室の方から聞こえた。
 この六畳にも満たない小さな部屋にも洗面室とトイレは付いている。あ、それも、もちろん、五十年以上も前の古いものだけれど。というわけで、洗面室とトイレは使えたものではない。だから、その二つに通じるドアには大きな南京錠がぶら下がっていた。

「幽さん、しばらく窓開けても大丈夫? ちゃちゃって掃除済ませちゃうから」

「了解」

 やっぱり洗面室の方から声がする。幽さんはあまり天気のいい昼間の時間は好まない。雨降りのどんよりとしたお昼の時間にはたまに見かける事はあっても、基本的に朝とか昼間は幽さんの活動タイムではなかった。ちゃんとした理由は聞いた事はない。でも、きっと、幽霊だからしょうがない。

 私は古いカーテンを新しいカーテンに取り換えたり、埃がたまった畳の雑巾がけをする時間を利用して、奥に隠れている幽さんに今日のお客様の報告をする。

「初日のお客様は、二十代の若いカップル。
 女の人とはちょこっと話せたんだけど、男の人はどんな人かは分からない。
 女性の方は、ホラーとかオカルトとかそんなものが大好きで、彼氏には黙ってこの企画に申し込んだんだって。
 何で黙ってたかっていうと、その彼はあんまり感情がない人で、喜んだり怖がったりとかほとんどないらしくって、だから、こんなツアーには絶対興味がないって思ったみたい。
 そしたら、抽選に当たって、彼にこのツアーの事を告白したら行ってもいいって。
 でも、めっちゃ怖いツアーだって事は、まだ黙ってるみたい」

 私は矢継ぎ早に一通り説明した。大した説明にはなっていないけれど、だけど、鈴木里美さんの話がこんな風だったから仕方ない。

「鈴木さんは、あ、その女性の名前ね、すごくいい感じの人だった。
 年齢は二十五歳って書いてあったけど、それよりも若く見えて可愛らしい感じの人。
 彼は二十七歳。あんまり怖がらない人みたいだけど、幽さん、どうしたい?
 無理やり怖がらすのも変な話だし」

 私はいつも幽さんにお任せする。どのみち、お客様をこの部屋に案内して、私がこの部屋にまつわるおどろおどろしい話をしたら、それだけで一晩は怖がってくれる。
 たまに、幽さんがその近くを歩いたりするだけで、少しでも霊感がある人は背筋が凍るほどの違和感を覚えるらしい。

「多実ちゃん、きっと、その人も、多分、あの手の人だと思う」

 あの手?
 私はその幽さんの言葉で去年の出来事を思い出した。いや、去年だけではない。幽さんが私に話さなかっただけで一昨年だってその手のお客様はいたらしい。
 その手のお客様とは、自殺願望のある人の事だ。このツアーは肝試し的な恐怖の体験を売りにはしているけれど、最初から自殺があった部屋だという事は公表していない。でも、一年にたった三組しかいないお客様の中にそういう人が何組もいたら、それはたまたまだとは言い難かった。


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