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裸族の蝶々に未だ慣れません
⑦
しおりを挟むでも、蝶々がいるその空間だけが、黄色いぼんやりとした灯りが揺れている。藤堂は手に持っている紙袋を落としそうになった。蝶々は本当に美しい。
藤堂に気付いた蝶々は、テーブル越しに笑顔で手を振った。まるで、暗闇の中に現れた天使のようだ。黄色い灯りの中、蝶々の滑らかな背中に羽が見えたような気がした。
藤堂は何かに急かされるように蝶々の側に行く。蝶々を好きな気持ちが膨らみ過ぎて、何だか胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「藤堂さん…?」
藤堂は蝶々の目の前に座った。テーブルを見ると、原稿がないのに気付いた。
「漫画は…?」
蝶々はテーブルに置いているランプの灯りに包まれて、肩をすくめて笑った。
「今日は休憩かな…
っていうより、今日は、何だか藤堂さんと一緒に過ごしたいって思った…
そう思ったら、漫画を描く気も失せちゃって。
藤堂さんって凄いです… 私の中で、漫画と競り合って勝ったんですから」
藤堂は蝶々を抱き寄せたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。今日は、真剣な話をするためにここへ来たのだから。
「俺も…
俺も、今日は、蝶々に大切な話があるんだ…」
「…藤堂さん、洋服、着ましょうか?」
藤堂は静かに首を横に振った。蝶々のこの姿こそが今の自分自身には必要で、この姿を前にして話したい。
「蝶々…
俺は、蝶々と結婚したい…
でも、俺が蝶々と結婚するためには、蝶々のこの姿を当たり前にように受け入れなきゃならない。
でも、それが中々難しいんだ。
だって、蝶々は、本当に綺麗で、蝶々のその姿に、俺は毎回ときめいて、毎回恋をしてしまうから」
藤堂は蝶々の可愛らしい顔をずっと見つめている。顔を凝視すれば、体に目がいかなくていい。こんな大切な瞬間にもこんな低レベルな事を考えてる藤堂は、エロの神様に支配されていると思い込むしかなかった。
「だから、俺は、決めたんだ。
蝶々が漫画デビューできるその日まで、俺は蝶々の体を求めない。
蝶々が全裸で俺の前をウロウロしても、抱きついてきても、俺は平然を装うよ。それができてこそ、俺は、蝶々にプロポーズできると思ってる」
蝶々はいつの間にか俺の膝の上に座っている。いや、いつの間にかではない。藤堂は、蝶々が近づいてくるのが分かっていた。そして、こういう我慢大会の中で、しっかりと自分の想いを伝えた…はずだ。
……蝶々は俺の話をちゃんと聞いていたか? ちゃんと聞いていたとすれば、これはただの拷問だろ?
蝶々は藤堂の首に腕を回し、耳元でこう囁いた。
「…藤堂さん。私は、藤堂さんと、明日でも結婚したいです…」
藤堂は目を丸くして驚いている。蝶々はそんな藤堂を優しく包み込むように抱きしめた。
「え…?
でも、蝶々は、こんな全裸の蝶々に、毎回反応する俺は嫌いだろ?」
藤堂は蝶々のたわわな乳房に顔を潰されながらそう聞いた。まだ、かろうじて平静を保っているが、もう、それも時間の問題だ。
「そんなことないです。よくよく考えたら、私の体に反応しなくなった藤堂さんは面白くない…
だから、藤堂さんは、そんな事気にしなくていいんです。
私の裸族の生活は変わらないけど、藤堂さんも変わらなくていい。二人が生活していく上で、必ずいい方法が見つかるはずだから…」
蝶々は更に藤堂に抱きついた。
「じゃ、結婚するか…?
俺は、本当に、明日でもいいぞ…
それか、蝶々のデビューが決まってからでも」
藤堂がそう言い終る前に、蝶々はくちびるを重ねてきた。
「デビューなんてどうでもいいんです…
私は、藤堂さんが居てくれればそれでいい。
結婚しましょ… 私は明日がいいな…」
藤堂は蝶々の世界へ堕ちていく…
毒を盛られたわけでも、変なワインを飲まされたわけでもない。蝶々は自分の世界をひらひらと自由に舞い、藤堂はそんな蝶々をウットリと眺め幸せを噛みしめる。
蝶々は藤堂の体に絡み付きながら、ウブな女の顔をして、そっと耳元でまた囁いた。
「藤堂さん…
昆虫採集のように、腐らない注射を私に打ってくださいね…
蝶々をこの綺麗なままで、藤堂さんの箱の中にしまって下さい。
それが、私にとっての結婚です…
それが、藤堂さんの物になるということです」
この何だか恐ろしい逆プロポーズも、蝶々の世界。
どうか、婚姻届と一緒にその変な注射を持ってきませんように…
……end
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