ココロオドル蝶々が舞う

便葉

文字の大きさ
上 下
63 / 72
ココロ踊る蝶々は夢へと舞う

しおりを挟む


 後藤はさっきまでの蝶々との会話がまるでなかったように、仕事の顔になっている。藤堂は蝶々の横に座った。蝶々も必要以上に背筋を伸ばし不自然な笑顔を作っている。

 藤堂は蝶々と後藤の奇妙な関係に嫉妬しつつも、でも、職場ではそういう秘めた想いは封印していた。ただ一つはっきりしている事は、この漫画家にいまだになりたい蝶々の夢の話は、蝶々と後藤だけの秘密ということだ。

……勝手にしろ。


「蝶々、後藤君にこれからのスケジュールは伝えたのか?」


「い、いや、まだです」


 蝶々は明らかに動揺していた。有望な漫画家の担当編集者になることで、蝶々自身の気持ちは満足していると思っていた。でも、違うと心が叫んでいる。押さえつけられていた蝶々の芯となる根っこの欲望が動き出し、前へ出たがっている。


「蝶々?
 このたくさんいる担当編集者の中で、後藤君自身が蝶々を指名してきたんだ。後藤君が立派な一人前の漫画家になるまでお前はちゃんとサポートする義務がある。
 それができないんだったら担当を変えなきゃならない。それだけ後藤先生はホッパーにとって大切な存在なんだぞ」


 藤堂はあえて後藤のいる前で厳しくそう言った。


「分かってます、すみません」


 蝶々は後藤から受け取った書類をチェックして藤堂に渡した。


「後藤先生のこれからのスケジュールは、まずは新人賞の結果待ちです。その結果次第で新年度に発売されるホッパー特別号の読み切りを描いてもらいます」


「結果待ちって… 賞を取れなかったら?」


 後藤は不安を拭えない顔をしてそう聞くと、今度は藤堂が答えた。


「今、ホッパーの全編集者によって厳正な選考を行っている最中だ。
 それぞれの編集者が点数と批評をつけてその点数が高いものから5作品が選ばれる。そして、最後にホッパーが選出した有名な漫画家3名と編集長、副編集長で大賞1作品、優秀賞2作品を決める。
 今のところ後藤君の作品は群を抜いてトップだ。
 ま、入賞は間違いないと思うから、次の準備を俺としてはやってもらいたい」


「銀龍賞は?」


「それも新人賞の結果次第。新人賞の大賞を取ったら銀龍賞にエントリーはしない。だから今のこの時期はとにかく画力を上げること。
 冬彦先生が上達が早いってほめてたぞ」


 蝶々は後藤の目が輝くのが分かった。後藤は藤堂の言葉の力で、やる気と自信に満ち溢れている。


「俺と蝶々で、最高のサポートをする。だから、後藤君は最高で最強の漫画を描いてくれ」



 蝶々と藤堂がデスクに戻ると、蝶々の机の上には新人賞の応募作品が山積みにされて置いてあった。


「集計結果が出て最終選考に残った5作品を除いた、ま、言えば落選作品です」


 石原が複雑な笑みを浮かべて疲れた顔でそう言った。


「どの作品も皆の努力の結晶なので、この仕事もちょっと辛いですよね」


 心優しい石原ならではのコメントだ。蝶々は、以前の自分の漫画もこういう風に山積みにされてたのかと思うと心が痛んだ。


「才能七割、努力三割の世界。編集者になってつくづくそれを感じる」


 浅岡のコメントに全員が頷いた。


「じゃ、ここにいる城戸先生の作品はどうかな~?」


 藤堂はそう言って、引き出しから見覚えのある蝶々のノートを取り出した。


「落ち着いたら皆に見せるって約束してたろ?
 後藤の件も蝶々の活躍のおかげで一件落着したし、この最高に面白い漫画を皆にも読んでもらいたい。
 題名は俺が勝手に決めた。

 “私は蝶々、何か文句あります?” 」


 蝶々はポカンとした顔で藤堂を見ている。


「これは蝶々と西園寺父のバトル系グロ系コメディ漫画。一押しなので、皆の評価を待ってます」


 藤堂はそう言ってその漫画ノートを石原達に渡し、目をまん丸にしている蝶々に向かってウィンクをした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

はじまりと終わりの間婚

便葉
ライト文芸
画家を目指す夢追い人に 最高のチャンスが舞い降りた 夢にまで見たフィレンツェ留学 でも、先立つ物が… ある男性との一年間の結婚生活を ビジネスとして受け入れた お互いのメリットは計り知れない モテないおじさんの無謀な計画に 協力するだけだったのに 全然、素敵な王子様なんですけど~ はじまりから想定外… きっと終わりもその間も、間違いなく想定外… ミチャと私と風磨 たったの一年間で解決できるはずない これは切実なミチャに恋する二人の物語 「戸籍に傷をつけても構わないなら、 僕は300万円の報酬を支払うよ 君がよければの話だけど」

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか? その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。 守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...