ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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鳥になりたい、でも私は蝶々

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「玄、だめだ、そんな事を簡単に口に出すな」


 今まで黙っていた後藤は玄をそう制した。


「違う、違うんだよ……」


 玄はそう言うとまた大粒の涙を流し始める。


「違うんだ……
 本当は…僕は…兄さんとは逆なんだ……」


「逆?」


 後藤は涙に明け暮れる弟の事を心配そうに、でも優しく見つめた。


「ぼ、僕は、本当は医者になりたいって心から思ってるんだ…
 小さい頃、入院している病院で、僕は大好きな先生がたくさんいた。どの先生も僕達の病気が早く治るようにいつも頑張ってくれてた。僕は口には出さなかったけど、小さい頃から医者になりたいってそう思ってた……」


「でも、お前の学力じゃ相当努力をしないと無理だ。英世とはそこが違う。英世は医者向きの頭の良さを持ってるが、玄は凡人だからな」


 蝶々は西園寺を本当に殺したいと思った。よくこのシチュエーションでそんな残酷極まりない言葉を発するなんて、生きてる価値なんてどこにもない。


「父さんはそうやって、はなっから僕が医者になるなんて考えもしてないだろ?
 それが死ぬほど悔しかったし、そんな自分が情けなかったんだ…」


 玄は下を向いて肩を震わせて泣いている。


「でも、決めた。僕はやっぱり小児科の医者になりたい。僕が医者になれば兄さんだって助けてあげれるんだ」


 後藤は玄に歩み寄った。


「玄、俺はいいんだ。俺を助けるとかそういう事は考えなくていいから」


「違う…
 僕は…兄さんを…助けたいんだ……
 兄さんに…大好きな漫画を描かせてあげたい……」


 玄は拳で涙を拭いてまた父親を見た。


「父さん、約束する。僕はこれから死ぬほど努力してちゃんと医者になる。医者になって、この西園寺病院も僕が守る。

 だから、だから…
 兄さんを自由にしてあげてください…」


 感情を表に出さない後藤も、もう涙を隠すことはできなかった。


「あなた、私の方からもお願いします。英世の夢も、玄の夢も、叶えさせてください…」


 京子は土下座をしてまで懇願している。


 蝶々は祈った。

……神様、どうか、この不幸な家族に笑顔と幸せを与えてください。

 西園寺はバツの悪そうな顔をして、玄と後藤の顔を交互に見てこう言った。


「英世の漫画家なんて考えたくもないし、どうでもいい。でも、この家と病院を守る事は一番大事な事だ。
 玄、医者になる約束は必ず守れ。あとは勝手にしろ」


 後藤はキョトンとしている。玄と京子は顔を見合わせて大きく目を見開いたままだ。
 でも、蝶々はそうではない。部屋を出て行こうとする西園寺を大きな声で呼び止めた。


「西園寺さん、ここに署名をお願いします」


 蝶々は独自で誓約書を準備していた。西園寺英世が漫画家としてホッパーからデビューすることに異議を唱えないと書いている。その下に小さな文字で箇条書きで細かい事柄も書いているが、それは適当に読んでくれればいいと思っていた。


「署名?」


「はい、勝手にしろということは了承したと判断したのですが。これを読んでいただいて署名がほしいと思っています」


 西園寺は気難しそうに目をつり上げてその用意されている紙を読んだ。テーブルに置いているスタンド式のボールペンを手に取り、西園寺順也と達筆な字で署名する。そして、西園寺順也は何も言わずにその部屋を後にした。
 蝶々はその紙を握りしめたままその場に座り込んでしまった。


「後藤先生、お母さま、玄さん……
 誓約書、ゲットしました~~~~~」


 蝶々は感動のあまり手が震えた。そして後ろを振り返ると、初めて見る後藤の穏やかな笑顔にまた涙がこみ上げる。


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