57 / 72
鳥になりたい、でも私は蝶々
⑧
しおりを挟む「玄、だめだ、そんな事を簡単に口に出すな」
今まで黙っていた後藤は玄をそう制した。
「違う、違うんだよ……」
玄はそう言うとまた大粒の涙を流し始める。
「違うんだ……
本当は…僕は…兄さんとは逆なんだ……」
「逆?」
後藤は涙に明け暮れる弟の事を心配そうに、でも優しく見つめた。
「ぼ、僕は、本当は医者になりたいって心から思ってるんだ…
小さい頃、入院している病院で、僕は大好きな先生がたくさんいた。どの先生も僕達の病気が早く治るようにいつも頑張ってくれてた。僕は口には出さなかったけど、小さい頃から医者になりたいってそう思ってた……」
「でも、お前の学力じゃ相当努力をしないと無理だ。英世とはそこが違う。英世は医者向きの頭の良さを持ってるが、玄は凡人だからな」
蝶々は西園寺を本当に殺したいと思った。よくこのシチュエーションでそんな残酷極まりない言葉を発するなんて、生きてる価値なんてどこにもない。
「父さんはそうやって、はなっから僕が医者になるなんて考えもしてないだろ?
それが死ぬほど悔しかったし、そんな自分が情けなかったんだ…」
玄は下を向いて肩を震わせて泣いている。
「でも、決めた。僕はやっぱり小児科の医者になりたい。僕が医者になれば兄さんだって助けてあげれるんだ」
後藤は玄に歩み寄った。
「玄、俺はいいんだ。俺を助けるとかそういう事は考えなくていいから」
「違う…
僕は…兄さんを…助けたいんだ……
兄さんに…大好きな漫画を描かせてあげたい……」
玄は拳で涙を拭いてまた父親を見た。
「父さん、約束する。僕はこれから死ぬほど努力してちゃんと医者になる。医者になって、この西園寺病院も僕が守る。
だから、だから…
兄さんを自由にしてあげてください…」
感情を表に出さない後藤も、もう涙を隠すことはできなかった。
「あなた、私の方からもお願いします。英世の夢も、玄の夢も、叶えさせてください…」
京子は土下座をしてまで懇願している。
蝶々は祈った。
……神様、どうか、この不幸な家族に笑顔と幸せを与えてください。
西園寺はバツの悪そうな顔をして、玄と後藤の顔を交互に見てこう言った。
「英世の漫画家なんて考えたくもないし、どうでもいい。でも、この家と病院を守る事は一番大事な事だ。
玄、医者になる約束は必ず守れ。あとは勝手にしろ」
後藤はキョトンとしている。玄と京子は顔を見合わせて大きく目を見開いたままだ。
でも、蝶々はそうではない。部屋を出て行こうとする西園寺を大きな声で呼び止めた。
「西園寺さん、ここに署名をお願いします」
蝶々は独自で誓約書を準備していた。西園寺英世が漫画家としてホッパーからデビューすることに異議を唱えないと書いている。その下に小さな文字で箇条書きで細かい事柄も書いているが、それは適当に読んでくれればいいと思っていた。
「署名?」
「はい、勝手にしろということは了承したと判断したのですが。これを読んでいただいて署名がほしいと思っています」
西園寺は気難しそうに目をつり上げてその用意されている紙を読んだ。テーブルに置いているスタンド式のボールペンを手に取り、西園寺順也と達筆な字で署名する。そして、西園寺順也は何も言わずにその部屋を後にした。
蝶々はその紙を握りしめたままその場に座り込んでしまった。
「後藤先生、お母さま、玄さん……
誓約書、ゲットしました~~~~~」
蝶々は感動のあまり手が震えた。そして後ろを振り返ると、初めて見る後藤の穏やかな笑顔にまた涙がこみ上げる。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい
四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』
孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。
しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。
ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、
「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。
この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。
他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。
だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。
更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。
親友以上恋人未満。
これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる