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鳥になりたい、でも私は蝶々
⑦
しおりを挟む玄はボロボロになったノートの表紙を自分なりに補修して、カバーのように厚紙を貼っている。
「この漫画に出てくる主人公は、僕は勝手に兄さんだと思い込んだんだ。超合金の最強の体を持ってるロボットのグリーは、世界平和のために敵を倒して全人類のヒーローだった。
でも、ある日、人間の女の子に恋をした。超合金の体を持ったロボットのグリーはその女の子に好きとも言えないし、柔らかい肌に触れることもできない。
それでグリーは神様にお願いするんだ。僕を人間にしてくださいって」
玄はやっと会えた大好きな兄に、目をきらきら輝かせてそう話した。
「兄さん、ちゃんと覚えてる?
でも、神様はグリーに人間の体を与えるかわりに、遠い無人島に送り込んだ。そこからがめちゃくちゃ面白かった。人間の事を何も知らないグリーが誰一人いない大自然のど真ん中で生きていく。
まずは生きていく事から、そして、今度は愛する彼女に会いにいくために島の脱出方法を考える。たくさんのサバイバルがあって、動物たちとの触れ合いがあって、かれこれ三年かけて脱出する立派な舟を作り上げる。
それでその愛する彼女に会いに行くんだ」
玄の話はそこにいる全員を惹きつけた。蝶々はもちろん京子も父親である西園寺まで。
「兄さんのこの漫画で僕はたくさん励まされたし勇気ももらった。
このグリーは万人の人から愛されることよりも、たった一人の人に愛してるって言える小さな幸せを選んだんだ。
だから、僕は兄さんも、きっとグリーのように、自分の夢のためにどこかで必死に頑張ってるってそう信じてた」
蝶々は家族でもないのに誰よりも泣いた。玄こそがこの家の天使に違いない。そんな玄が今度は西園寺順也の方を向いた。
「父さん、どうか、どうか、兄さんのデビューの邪魔をしないで。兄さんの夢は僕の夢でもあるんだ。
兄さんは僕の自慢だった。友達の少なかった僕が兄さんが描いてくれた漫画を友達に見せたら、みんなが兄さんの漫画を好きになって、お前の兄ちゃん最高とか、いいな~俺も玄の兄ちゃんみたいな兄貴がほしいとか、そんな風に言ってくれるのが本当に嬉しかった。
そしたら、ホッパーでデビューだなんて、もう、飛び上がりたいくらいに嬉しいよ」
そう言って玄は本当にピョンピョン飛び跳ねている。
「ホッパーの編集者さん、本当に兄さんはデビューするんだよね?」
蝶々はグシャグシャに泣き濡らした顔で大きく頷いた。
「後藤心先生、ううん、西園寺英世さんは、ホッパーだけじゃなく他の出版社の編集部も狙っていたくらいの天才なんです。
その理由は、今、玄さんが全部言ってくれた…
たくさんの少年や少女の心に残る最高の作品を描ける唯一無二の漫画家。だから、こうやって、先生の家まで足を運んだんです。
絶対、手離したくない。絶対、ホッパーで描いてもらいたい。私も、ホッパーの編集部も、もちろん編集長だって本気でそう思ってます」
蝶々がそう話し終えると同時に、西園寺が急に席を立った。
「城戸さん、何度も言うように、英世はここの大切な跡取りなんです。漫画家とかくだらん職業につくために生まれてきたんじゃない。玄もそんな漫画を読む暇があるんだったら、勉強をしろ」
蝶々は開いた口が塞がらなかった。このエゴイスティックな大魔王はどう攻略すれば降参の旗を揚げるのだろう。
「父さん、分かった…
僕が医者になるよ、僕がここの家を継ぐ」
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