ココロオドル蝶々が舞う

便葉

文字の大きさ
上 下
55 / 72
鳥になりたい、でも私は蝶々

しおりを挟む


「……玄か?」


 後藤は久しぶりに見た弟に感極まり声を詰まらせた。後藤が家を出た時、玄はまだ小学生だった。あの時の思いが胸に甦る。母の事も気がかりだったが英世に懐いていた弟を置いていくということの方が、一大決心にブレーキをかけるくらいの足かせだった。玄の事を考えると前へ進めなくなる。でも、それでも英世は前へ進むしかなかった。

……小さな可愛い弟を、僕はその時、捨てたんだ。

玄はもう高校生になっていた。でも、小さい頃から心臓が弱かったせいで成長が若干遅いのか、見た目はまだ中学生のようだ。


「玄には関係ない、部屋に入ってなさい」


 西園寺順也は邪魔臭そうにそう言った。


「……玄、行きましょう」


 京子がそう言って玄に手を伸ばすと、玄はその手を振り払いその場から立ち去った。


「英世、戸籍を抜くとかそんな事は、この私が許さないからな。お前の勝手な一存でそんな大変のことができるはずはないんだ。
 西園寺家に生を受けた男子は、その敷かれたレールの上で人生を全うする。どこにどう逃げても、結局は大きな籠の中でジタバタしてるだけなんだよ」


 後藤は弟の苦しい表情を見て、胸が張り裂けそうだった。玄はこの呪われた家で一人もがいて生きている。自分の身勝手な行動により、玄はきっと二倍の苦痛を味わっている。
 後藤は拳をわなわなと震わせ、自分の飛び出しそうな感情と必死で闘っていた。蝶々はそんな後藤の手をそっと握ることしかできない。

 すると、また突然扉が開いた。大きな段ボール箱を抱えた玄が真っ直ぐにリビングの中央へ歩いてくる。そして、その大きな段ボール箱を西園寺順也の目の前に置いた。


「何だ? これは?」


「僕の宝物です」


 玄はそう言うと、その箱からたくさんのノートを取り出した。


「父さん、これ何か分かる?」


 玄は使い古してボロボロになったノートを開いて西園寺に見せる。


「これは、兄さんが僕のために描いてくれたたくさんの漫画ノートなんだ。
 兄さんはこうやって、僕が小さい時からたくさんの漫画を描いてそれをプレゼントしてくれた。
 病院に入院してる時も、行きたかった遠足に行けなかった時も、兄さんは必ずこうやって、楽しい漫画を僕だけのために描いてくれた。
 小学生の兄さんが描く漫画なんてまだ絵も全然上手くなかったけど、でも、僕は、兄さんが描いてくれる漫画が大好きで、辛いことも全部この漫画のおかげで乗り越えてこれたんだ」


 玄は今度は後藤を見た。後藤を見る玄の顔は、あの時、別れた小学生の頃のあどけない表情のままだ。


「兄さん……」


 そう言うと、玄の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「兄さんがあの日、突然この家から消えた日を、僕は今でも鮮明に覚えてる。
 小六の夏休みで僕は朝から塾の夏期講習に行ってた。夜に家に帰ってきて自分の部屋に入ったら、この漫画が机の上に置いてあったんだ」


 玄は段ボールの中に入っている漫画とは別に、大切に手に持っている三冊のノートを後藤に見せた。後藤も目に涙を浮かべ、それでも気丈に微笑んで頷いた。


「兄さんは母さんに手紙とか何も残していなかったけど、僕はこの漫画を読んで兄さんはこの家を出て行ったんだって思った。
 兄さん……
 僕は、最初は、兄さんがいなくなって、毎日泣いて過ごした。寂しくて寂しくて、だって、心のどこかでは、兄さんはもう絶対に帰って来ないって分かってたから。
 ほら、見て。この漫画ノート、何百回読んだかな…」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...