ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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この蝶々は勇敢に空をも飛ぶ

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 藤堂がシャワーを浴びて出て来ると、リビングに蝶々の姿がなかった。

……まさか帰ったりしてないよな?

 藤堂は家中を捜してみたが蝶々は見当たらない。するとベランダに人影が見えた。


「蝶々、風邪ひくぞ」


 秋も深まる冷たい風の中、蝶々は藤堂に借りたTシャツの上に藤堂のダッフルコートをはおって、ベランダから見える夜景を眺めていた。


「蝶々、中に入って」


 藤堂は蝶々の肩を抱いてリビングに連れ戻しソファに座らせる。


「そんな薄着で、それに外から誰が見てるか分からないんだぞ。他の男が蝶々の裸を見てたらどうするんだよ」


「裸じゃありません」


「遠くから見たら透けて見えるんだ。
 マジであり得ない。絶対に蝶々の裸を他の男に見せてたまるか」


 自分の足元に座り込み勝手に腹を立てている藤堂を、蝶々はすごく可愛いと思った。そんな藤堂の濡れている髪をタオルで拭いてあげる。


「藤堂さん、今日は、後藤先生の宿題を考えなくてもいいですか?
 今日は……
 藤堂さんの事しか考えられないんです。私、本当に、藤堂さんの事、好きみたい……」




 そんなピンク色のほんわかな時間はあっという間に過ぎ、蝶々の帰る時間になっていた。蝶々の家は都心から離れた郊外にあるため、ざっと一時間は通勤にかかる。
 駅までの道を二人でトボトボ歩きながら、蝶々は決心したようにこう言った。


「藤堂さん、私、一人暮らしをします。もっと、会社に近いところにマンションを借りて、そしたらこんなに早い時間に家に帰らなくてもよくなるし」


 藤堂ははなっから首を横に振っている。


「だめだ」


「何でですか?
 だって、そうしたら藤堂さんとも遅くまで一緒にいれるのに」


「だめだ。そんな一人で暮らすだなんて…」


 一人暮らしになった途端、気が緩んでまた酔っ払ってどっかに倒れてしまうのがオチだ。それに帰り道、誰かにつけられて襲われてしまう危険性だってある。


「じゃあ、俺と一緒にいたいときは、俺の家に泊まればいい。あの何とか先輩の家に泊まりますみたいな感じでさ」


 蝶々は、部屋着のままで外を歩いている藤堂の腕に思いっきりしがみついた。はにかむ横顔はまるで少年のように幼く見える。すぐ目を細めていじわるな顔になるけれど、普段の藤堂さんとは違う藤堂さんが大好きだと心が叫んでいる。


「藤堂さん、藤堂さん?」


「何?」


「藤堂さん!」


 また蝶々の不思議なあれこれの始まりだ。藤堂はいつか慣れる時が来るのだろうかと不安になる。でも、気が付けば、そんな蝶々を抱きしめている自分がいた。

……もう、俺は完全に壊れている。





 藤堂は編集長の里田と、特別号の目玉を何にするかを朝から話し合っていた。


「本来だったら後藤心の読み切りをドーンと持ってくる予定だったんだけどな」


 藤堂は、後藤の話は今は避けたいと思っている。


「彼は今の時点でもう三作品の読み切りのネームを仕上げてます。どれも甲乙つけがたいほどの良作ですよ。何があってもいいように後藤には準備させておきます。ま、彼なら難なくやってくれますよ」


 藤堂は例の件に話がいく前に編集長室を後にした。今は何も里田に報告できるものはない。中途半端な情報ではなく、できればいい結果の報告にしたいと思っている。そのためには、後藤心が本名で様々な手続きができるよう慎重に事を運ばなければならない。そして、蝶々の暴走を食い止める。藤堂は大きくため息をついた。

……仕事上、蝶々を絶対に甘やかさない。

 藤堂は心の中で何度も何度もそうつぶやいた。


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