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蝶々の罠は卑しくて心地よい
②
しおりを挟む「で? その家の軒下の死体っていうのは?」
藤堂はたかが子供の噂話だとは思いつつ、この蝶々の家なら何があってもおかしくないとも思っていた。
「友達は怖がって私の家には近寄らなかったので、一人で家の中を探索しました。勝手に床を剥がして父に怒られたりもしましたけど……」
「でも、何も出なかった」
蝶々は残念そうに頷いた。
「でも、中学の時のある友達にその話を教えたら、最高の誉め言葉をもらったんです」
「誉め言葉? なんて?」
藤堂は蝶々の異次元の世界にまだ入り込めていない。
「蝶々の家には死体は出なかったかもしれないけど、でも、恐怖の館には違いないよ。だって、気味の悪いおばけみたいな蝶々がいるんだからって」
蝶々は顔を赤らめながら、その頃の思い出に浸っている。
「浩司君の事は一生忘れません」
……浩司くん? バカバカしい、そんな言葉で喜ぶんだったら毎日ささやいてやるよ。
というか… 俺はもう蝶々の底なし沼の魅力にどっぷりと嵌まっているに違いない。思い出の中の浩司君に嫉妬してどうするんだ?
そして、二人はお腹を満たし、駅へ続く道を歩いている。蝶々はほろ酔い気分でやけにテンションが高い。隣を歩く藤堂に何かにつけて絡んできた。
「藤堂さん、なんか私ばっかり喋ってたような気がするんですけど」
地下からのエスカレーターが止まっていたため、二人は近くにあった階段を使って地上へ上った。
「ほら、階段上る時はそれに集中する。また、前みたいにこけるぞ」
「私、いつ、転びました?」
蝶々はプンプンしながら、前を行く藤堂のコートを力任せに引っ張った。バランスを崩した藤堂は、とっさに手すりを掴み危うく転ばないで済んだ。
「蝶々、ここで俺がこけてケガでもしたら、お前も一緒にアウトだからな。
それと蝶々がこけた話は、俺はその場にいなかったから見てないけど、浅岡達から聞いた。蝶々が酔っ払って鼻歌を歌いながら歩いてたら急にいなくなって、そしたら側溝にはまってたって」
蝶々には全く記憶にないことだったが、きっとそうなのらしい。
「でも、今は酔っ払ってませんあら…」
……ませんあら?? もう確実に酔っ払ってるだろ。
「それに、藤堂さんはその現場にいなかったくせに、知ったかぶって話さないで下さい。だって、それはもしかしたら浅岡さん達の作り話かもしれないでしょ?」
藤堂は横でギャーギャー騒ぎ立てる蝶々の腰を自分の方へグイッと引き寄せた。また転んで大ケガでもされたら蝶々の編集者人生が終わってしまうだろう。それほど後藤の案件は大切な事だった。
「いいから、ほら、集中して。はい右足、次は左足…」
素直な蝶々は藤堂の掛け声にいつの間にか夢中になっていた。藤堂は蝶々の腰の感触と右腕にあたる胸のふくらみに、自分の方が中々集中できない。そして、ずっと頭の片隅に残っていた後藤のあの言葉が、藤堂の思考能力を低下させた。
“スレンダーな体に大きな胸”
確かに世の男性の目を釘付けにする蝶々の容姿の一つの理由に、このスタイルがある。
……あ~、蝶々を自分のものにしたい。この腰もこの大きな胸も、おまけの理解不能な性格も、全てを奪いたい。
「藤堂さん、もう一軒行きましょ、いいですか?」
藤堂は、藤堂の腰に無防備に寄りかかりダッフルコートの匂いをクンクン嗅いでいる蝶々を、もう一度強く抱き寄せた。
「もうあまり飲まない約束なら」
そう言うと、藤堂はもう一度掛け声をかけ始める。
「いっちに、さん、し…」
まずは階段を無事に上りきることが先決だ。
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