ココロオドル蝶々が舞う

この蝶々は蛾にも変身します

⑦

　次の日、蝶々と藤堂はパーティションで仕切られた狭いスペースで、後藤心の銀龍賞にエントリーするネームを三候補の中から選ぶ作業をしていた。


「まずは蝶々の意見を聞かせてくれ。後藤はお前に一任するってことだから。蝶々のナンバー１はどれ？」


　蝶々はまだ題名もついていないネームの中から、自信を持って一つの作品を差し出した。


「あ～～～、これか？」


　藤堂は表紙を見ただけでその内容をすぐに理解した。


「はい、私はこれが一番感動しました。
　後藤先生の作品はバトル系でありながら、友情や青春を謳っているものが多いです。でも、この作品は友情や青春というよりも、人間の本質を表現しています。
　鏡に映った自分を見て、そこにいるのは悪なのか善なのか？
　どうしても悪が勝ってしまう自分にもがぎ苦しみ葛藤するところなんか、もうワクワクするんです」


「お前に限ってはな…」


　藤堂は鼻で笑って蝶々の意見を一蹴した。


「俺の中では、これは一番じゃないと思ってる。
　結局、これは蝶々の好みだろ？
　ホッパーの読者層は10代で主に中高生が主体だ。お前の好きな作品は少年誌向けじゃない」


　藤堂はそのネームをめくりながらはっきりと言い切った。


「でも、私は…
　後藤先生のまだ粗削りな画風が一番この作品に合ってると思ったんです。それに、この主人公が鏡の中の自分と喋る様子は、10代の男の子達はみんな普通にやってますよ。そんな珍しいことじゃありません」


　蝶々はちょっと藤堂を小馬鹿にしたような顔つきでそう言った。


「なんだ？
　まるで、私は今でも普通に鏡とお話していますって言ってるように聞こえるけど。それに、今の普通の若者はそんな気味の悪いことはしない」


　蝶々は首をかしげて藤堂を見ている。


「藤堂さんには大切な何かが欠けてますね…
　普通、人間は成長段階で、鏡や自分を投影する何かで人間のおどろおどろしい本質に触れるんです。そこで、人間の本質を見抜く力を養うんです」


　藤堂はその話を聞きながら確実に二回は鼻で笑った。

……誰かさんが一番人間の本質を見抜けていないんですけど？


「蝶々、もう一回この三つのネームをきちんと読んでこい。
　このホッパーにふさわしい作品を一つ選ぶんだ。自分の好みとか趣味嗜好とかそんなものは一切排除してだ。ちゃんとマニュアルを持ってるだろ？

　ホッパーが求める漫画の七つの要素、それをもう一回読んでそれでまた選び直せ。分からないことがあるなら、石原達に相談してもいい。ちゃんと吟味して、三日後にまた打ち合わせをする。OK？」


　蝶々は不満げに眉を寄せて、でもしっかりと頷いた。


「後、もう一回、後藤にも自分の意見を聞いてくること。蝶々さんに一任っていう言葉は、絶対に言わせるな」


「……はい」


　蝶々はそう言われることを予想はしていたが、それでも藤堂に頭ごなしに否定されてテンションが一気に下がってしまった。


「これくらいでしょんぼりしてどうするんだよ。何なら、俺が今日後藤の家に一緒に行ってその事をちゃんと伝えてやろうか？」


　一秒前までげんなりとしていた蝶々は、パッと背筋を伸ばしはっきりとこう言った。


「いえ、結構です！」


…ほらな？　今日、絶対に秘密の何かがあるだろ？　それも後藤君家で。


　藤堂はまたよからぬことを考え始めた。