ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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この蝶々は蛾にも変身します

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 蝶々は後藤の家でお好み焼きを食べていた。


「蝶々さん、今日は藤堂さん来ないんですね?」


 蝶々は熱々のお好み焼きを頬張りながら、大きく頷いた。


「きっと私の事が心配なんだけど、それでも成長のために放って置いてくれてるんだと思うの」


 ここ最近、蝶々は後藤に対して敬語を使うのをやめた。それも、実は、藤堂との約束の一つだった。

“蝶々の方が年上なんだから敬語はやめろ。
編集者が舐められちゃ仕事ができないからな”

 蝶々にとって藤堂は面倒くさい存在になってはいるものの、尊敬する気持ちは何も変わっていない。だから、藤堂と約束した事はしっかりと守っている。


「あ、この間の後藤先生のネーム、早速読みました。もう、三つとも素晴らしくて、どれか一つ選ぶのって本当に難しい。後藤先生の頭の中を覗いて見たいくらい。きっと、たくさんのアイディアが湯水のように湧き出てるんだろうな」


 蝶々はお好み焼きの肉だけを探して、ふっくらと膨らんだお好み焼きを解体し始める。


「私の脳みそもこんな風に突いたら、肉の形をしたアイディアが出てくるかしら」


 後藤は蝶々の言葉のチョイスに思いっきり笑ってしまった。


「蝶々さんの頭の中って、本当にグロくてホラーなんですね」


 蝶々は自分の事を理解してもらったような気になっていた。だって、このグロテスクな表現方法は、いつでも蝶々のやることなす事の邪魔をしていたから。


「今度、蝶々さんの漫画を見せて下さい」


 蝶々は後藤の言葉にお好み焼きをつつく手を止めた。


「い、いいの??」


「はい、いいです。僕も蝶々さんの頭の中を覗いてみたいですもん」


 蝶々は、一瞬、藤堂の顔を思い出した。

……この案件は報告しなきゃダメ? ううん、必要ないよね?


「じゃあ、今度、渾身の作品を持ってきます!」


 蝶々は息が止まるくらいに嬉しかった。
 自分の部屋のクローゼットの奥の方にしまい込んでいる大切な宝物…
 たくさんのネームに原稿、使い古した大切な道具達…
 出版会社に就職して真剣に漫画に取り組むことをやめてから、二年近くの年月が経っている。

……後藤先生が見てくれる。

 蝶々は溢れ出す喜びに胸が高鳴った。蝶々は、藤堂が言うほど後藤心の事を警戒していない。見た目は決して好青年とは言えないが、誰かに危害を及ぼすような危うさは一切感じないし、部屋の中も清潔で着ている物もちゃんと洗濯している。ただ奥手で人見知りで表情が暗いだけだ。でもよくよく見てみると、鼻は高く奥二重の綺麗な切れ長の目をしていた。


「後藤先生のネームを、明日、藤堂さんと一緒に三つの中から一つに絞らせてもらいます。それから原稿に入っていく形となるので、よろしくね」


「……はい」


 後藤ははにかんで返事をした。


「蝶々さんも、明日、自分の原稿を持って来てくださいね…」


 蝶々はいつものほっこり笑顔で小さく頷いた。


 蝶々は慌てて後藤のアパートの狭い階段を下り、小さなドアを開けて外へ飛び出した。そして、すぐにスマホを出して藤堂に電話をする。


「藤堂さん、今から駅に向かいます」


「…………知ってる」


「え?」


 蝶々が驚いて道の先に目をやると、駅へ向かう曲がり角の自販機の横に藤堂が立っていた。それも、蝶々の忘れたベレー帽を手に持ち、気まずそうな顔をして……



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