ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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残念ながら華麗には舞えません

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 後藤の家の前に着いた蝶々は驚いてしまった。
 そこに見える木造アパートは昭和初期の佇まいだ。屋根は瓦で長方形の縦長の長屋タイプの造りのため、間口はドアがついているだけだった。

 蝶々がそのアパートに見入っていると、藤堂が先にドアを開け二階にある後藤の部屋を探して階段を上り始めた。蝶々も慌てて藤堂の後について行く。階段を上ると、一番手前の部屋が後藤の部屋だった。


「こんばんは~」


 藤堂がそう言ってノックをするとすぐにドアが開き、そこには寝起きの後藤が立っていた。


「あ、はい、どうぞ」


 藤堂と蝶々が恐る恐る部屋に入ると、そこは6畳一間の古びたアパートで、思いの外、部屋は整然と片付いている。漫画を描く道具が置いている棚は、特に丁寧に整理されていた。


「あ、後藤先生、ジャジャジャジャーン」


 蝶々はこの場に全く適さないテンションで紙袋から食べ物を出し始めた。


「蝶々、まず、話をしてからにしないか?」


 藤堂がそう言っても蝶々の耳には届いていない。いつの間にか後藤と蝶々は二人で小さなキッチンに立っていた。


「後藤先生が一人暮らしだと聞いたので、たくさん食べ物を買ってきました。今から食べる物は電子レンジでチンしたいんですが、してもいいですか?」


「あ、どうぞ…」


 後藤は蝶々の横に立っているだけだが、その場から離れようとしない。


「あと、これは缶詰でこれは野菜ジュースで、どこに置けばいいですか?」


「そこに置いててください。 後で僕がしまいますから」


 蝶々はルンルン気分で夕食の準備をしていたが、突然、急に固まり、目だけをグルグル回し部屋の様子を確かめ始めた。


「あ、あの、後藤先生、もしや、彼女さんていたりします?」


「彼女ですか?」


「はい…」


「いませんよ。そんな暇ないですし」


 蝶々はホッと胸をなで下ろした。


「ですよね~、一緒です。私も彼氏なんていませんから、同じですね」


 チン。
 電子レンジの音が部屋中に響く。


 藤堂は一人でその悲し気な音を聞いていた。

……俺は一人かやの外か?


 藤堂はそれでも蝶々のやりたいようにさせていた。後藤心の担当は蝶々であって、自分は補佐でしかないのだから。必要以上に口は出さないこと。どうしても過保護になってしまう蝶々への自分の行動に渇を入れた。


「じゃ、いただきましょう」


 小さなちゃぶ台に三人分のカレーとケバブを広げ、蝶々は楽し気にそう言った。藤堂は熱々に温め過ぎているカレーをふうふう冷ましていると、隣に座っている後藤から鼻をすする音が聞こえた。


「後藤先生、どうしたんですか?」


 すぐにそれに気づいた蝶々は、ティッシュを持って後藤の隣に座る。


「……すみません。
 なんか、こんな風に大勢でご飯を食べるのってすごく久しぶりで……」


 何故だか蝶々まで涙ぐんでいる。


「ど、どういう事ですか…?」


「実は、僕、家出した人間なんです。もう五年近く家に帰ってないし、親にも会ってません。
 今でこそこうやってアパートも借りて生活できてますが、しばらく前まではずっと住み込みの仕事を点々としていました」


 蝶々はもう後藤の世界に入り込んでいる。


「だから、こんな風に皆でご飯を食べるっていうのが、久しぶりで嬉しくて……」


 蝶々は目に涙を浮かべ後藤の手を握りしめた。


「後藤先生、もし、後藤先生が望むのなら、私、毎日でも先生の夕食につき合います。
 それで、先生がより良い作品を作ることができるのなら……

 あ、いや、ううん、そうじゃないのかもしれない。
 もしかして、こういう生活に対しての苦しみが先生の発想を高めているのだとすれば、もっと先生を追い込まなきゃならない、もっと、どん底に…
 あ、それっていいかも…
 その時も私もそのどん底につき合います… もちろん、喜んで」


「蝶々」


 蝶々はハッと我に返った。そして、藤堂を見て罰の悪そうな顔をする。


「後藤先生、私、何でもしますから。後藤先生が寂しくならないよう必死でサポートします。だから、何でも言ってくださいね」


 グロ系漫画をあれだけ読んでいるのにも関わらず、蝶々は人の裏表には全く疎い。二人のやり取りを冷静に見ていた藤堂は、ますます蝶々を放っておけなくなっていた。


 後藤心……

 蝶々を見る目は編集者を見る目じゃない。間違いなく女を見る目だ。


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