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出生 二
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「無理よ。わたしは女中なんですもの。フランソワの婚約者はブルーム家の真の令嬢であるクララなのよ」
マリアの老いて濁った黒目に奇妙な翳がにじんだ。
「……でも、あんただって旦那様の娘じゃないか?」
その言葉にマルゴはぎょっとした。どうしてそんなことまでこの老女が知っているのか。いや、そのまえに、先ほどマリアは、まるでマルゴの赤ん坊のころのことを知っているようなことをいっていた。
「あなた、わたしが赤ん坊のころを見たの?」
「……写真で。旦那様が、私の娘たちだと言って見せてくれた。クララとマルゴというんだと言っていた」
マリアはその頃は周囲から今以上にフランス語が解らないと思われていたので、ブルーム氏は安心してからかい半分でクララといっしょに写したマルゴの写真を見せたのだろう。
(ああ……! やっぱり、わたしは間違いなく旦那様の娘だったんだわ。……一度でいいからお父様とお呼びしたかった)
マルゴは両手で顔をおおって泣いていた。
(旦那様、旦那様、いいえ、お父様……)
もう二度と会えないのだと思うと、マルゴの胸は悲しみのあまりちぎれそうになる。
「泣かないでおくれ……」
言われても、泣きやむことはできなかった。
(旦那様に、いいえ、お父様に会いたい!)
マリアが乾いた手で背を撫でてくれる。
「可哀想に……。あんたが、あの坊やと結婚したら、旦那様は喜ばれるよ」
マルゴはすすり泣きながら首をふった。
「無理よぉ……、だって、わたしは、」
いくらマルゴがブルーム氏の血を引いているとはいえ、婚外でできた子どもであることに変わりはない。フランソワの両親はきっと反対するだろう。こういった差別は歴然とある。
「ルーマニアでだって、そういうものでしょう?」
マルゴは数秒考えこむ顔をした。
「でも、もう一人の娘だって……そうじゃないか?」
「え?」 あまりにも意外なことを言われ、一瞬、マルゴは泣くのも忘れてマリアを見上げていたた。
「もう一人の娘って、クララのこと?」
マリアは頷いた。
「あの娘だって、あんたと同じだよ」
「ど、どういうこと?」
マルゴはブルーム氏の二番目の正妻のアデル夫人とのあいだにできた娘である。後妻とはいえ教会で式を挙げ、法的にもみとめられた立派な妻なのだ。
それを言うと、マリアは首をふった。
マリアの老いて濁った黒目に奇妙な翳がにじんだ。
「……でも、あんただって旦那様の娘じゃないか?」
その言葉にマルゴはぎょっとした。どうしてそんなことまでこの老女が知っているのか。いや、そのまえに、先ほどマリアは、まるでマルゴの赤ん坊のころのことを知っているようなことをいっていた。
「あなた、わたしが赤ん坊のころを見たの?」
「……写真で。旦那様が、私の娘たちだと言って見せてくれた。クララとマルゴというんだと言っていた」
マリアはその頃は周囲から今以上にフランス語が解らないと思われていたので、ブルーム氏は安心してからかい半分でクララといっしょに写したマルゴの写真を見せたのだろう。
(ああ……! やっぱり、わたしは間違いなく旦那様の娘だったんだわ。……一度でいいからお父様とお呼びしたかった)
マルゴは両手で顔をおおって泣いていた。
(旦那様、旦那様、いいえ、お父様……)
もう二度と会えないのだと思うと、マルゴの胸は悲しみのあまりちぎれそうになる。
「泣かないでおくれ……」
言われても、泣きやむことはできなかった。
(旦那様に、いいえ、お父様に会いたい!)
マリアが乾いた手で背を撫でてくれる。
「可哀想に……。あんたが、あの坊やと結婚したら、旦那様は喜ばれるよ」
マルゴはすすり泣きながら首をふった。
「無理よぉ……、だって、わたしは、」
いくらマルゴがブルーム氏の血を引いているとはいえ、婚外でできた子どもであることに変わりはない。フランソワの両親はきっと反対するだろう。こういった差別は歴然とある。
「ルーマニアでだって、そういうものでしょう?」
マルゴは数秒考えこむ顔をした。
「でも、もう一人の娘だって……そうじゃないか?」
「え?」 あまりにも意外なことを言われ、一瞬、マルゴは泣くのも忘れてマリアを見上げていたた。
「もう一人の娘って、クララのこと?」
マリアは頷いた。
「あの娘だって、あんたと同じだよ」
「ど、どういうこと?」
マルゴはブルーム氏の二番目の正妻のアデル夫人とのあいだにできた娘である。後妻とはいえ教会で式を挙げ、法的にもみとめられた立派な妻なのだ。
それを言うと、マリアは首をふった。
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