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平坂 静音

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秘密の夜 二

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「さぁ……」
「う、ううん。すいません、足がふらついて」
 もしかしたら、フランソワのワインには睡眠薬が入れられていたのかもしれない。まるで物語か芝居を見ているようだ。マルゴは背に汗が走るのを感じた。自分は今、とんでもないことに加担しようとしている気がする。もう、ここで「いやだ」と叫んで逃げてしまおうか、とすら思うが、逃げ出したところで行くところもなく、せいぜい屋敷の屋根裏部屋に逃げ込むぐらいで、すぐさまヴァイオレットに連れ戻されてしまうだろう。
 ベッドと書き物机だけの簡素な客用寝室へ、ヴァイオレットは立っているのもだるそうなフランソワを連れこむ。フランソワは部屋へ入るなり、ベッドに転がった。
「うう……」
 そのまま眠ってしまいそうになる彼を引き起こして、ヴァイオレットは着ている上着のボタンをはずしはじめた。
「背広を脱がないと……。ほら、しわになってしまうわ」
 手際よく上着を脱がし、タイをほどく。見ていてマルゴは赤面した。
「マルゴ、いえ、クララ、ほら、手伝って」
 魔女の指導を受ける見習い魔女よろしく、マルゴはいやいやながら手伝うしかない。
「なに、泣きそうな顔になっているの?」
 そうは言われてもマルゴはまだ村の男の子と手をつないだことさえなかったのだ。
 なかには、マルゴに気のあるそぶりを見せる少年もいたが、マルゴにはそんな気はなかった。傲慢かもしれないが、田舎とはいえ名家に仕えて、たまに出入りする名士たちを見ていると、どうしても近所の農家の少年では物足りなく感じてしまうのだ。事実、マルゴはやや傲慢だった。同じ年頃の田舎の少女たちからは、「気取っている」と影で言われていることも気づいていたが、マルゴの立場ではそうそう気軽に少年の誘いに乗るわけにはいかないのだ。
 田舎の子は早熟である。十六といえば、もう結婚する娘も多い。だが、いくら庶民とはいえ、結婚するにはいろいろ面倒なこともあれば、多少は持参金もいる。両親のいないマルゴにはこれは悩みの種だった。
 都鄙とひにかかわらず、保護者のいない娘の立場というのは、こういうとき微妙だ。ヴァイオレットが結婚せず独り身を通しているのも、おそらくはそういった事情が強いだろう。クララでさえ、いざ親を亡くせば、明日からどうしていいのかわからないぐらいだ。この時代、女の幸せは保護者の地位にかかっている。
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