白薔薇黒薔薇

平坂 静音

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薔薇の庭 二

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 マルゴの父は、マルゴがまだ母のお腹にいるときに亡くなったと聞かされている。マルゴとクララはこの田舎の屋敷で、主従というより姉妹のように育った。
「お父様、大丈夫かしらね……」
 二人ならんで屋敷に入ろうとしていると、ぽつりとクララが言う。夏空色の瞳にかすかにかげが見えるのは、ここ最近世の中が物騒なせいだ。
「大丈夫ですよ。どうにか戦争も終わったし。旦那様のことですからパリで元気にお仕事していらっしゃいますよ」
 実を言うと、マルゴもここしばらくは心配で夜も眠れなかったのだ。
 新聞で知る街の様子や、伝え聞く話は、離れたこの地へも恐怖と焦燥をもたらす。それでも、ありがたいことにこの村は静かで食べるものにも日常の生活品にも事欠くことなく、朝夕に鳥の鳴き声を聞き、花の蕾が開くのを眺めてマルゴたちは日々を過ごしていた。こういうときばかりは田舎暮らしの幸せを噛みしめられるが、それもこれも街で出版社を営む主のブルーム氏が、毎月多額の生活費を送金してくれているからだ。
 今その彼が住んでいるパリの街は騒乱に巻き込まれているという。万が一にも彼の身になにかあれば、十六の世間知らずのクララと、使用人ばかりのこの家はどうなるのか。悪いことを想像するとマルゴはここ数ヶ月いてもたってもいられなくなった。
 いくらクララの前では姉のように年上ぶってはいても、マルゴも田舎育ちの若い娘でろくに世間のことも知らないのだ。しのびよってくる世の中の荒波の音が耳に厳しいときがある。それでも、つとめて明るい笑顔をつくってみる。
「さ、お嬢様は何も心配しないで、ピアノの練習をして、旦那様が帰ってこられたら、素敵な音楽でお迎えしてさしあげないと」
「そうね」
 クララははにかむように笑う。
 裏庭の片隅で飼っている鶏の鳴き声が聞こえてくる。花や樹のにおいにあふれた庭から屋敷内の広間にそのまま入ると、クララは待っていたピアノ教師にお辞儀をした。
「アポリネール先生、ごめんなさい、お待たせして」
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