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五
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ぼんやりと考えごとに耽っていたコンスタンスに、ルイが気遣わしげな視線を送ってきた。
「コンスタンス、エマ殺しの犯人も見つかったことだし、ここから出ないか? 仕事を探すのなら力になるよ」
ルイの言葉を耳にしながら、コンスタンスが考えていたのは全くべつのことだった。
結局、この世はどこまでいっても強い者と弱い者に分けられるのかもしれない。そしてせめぎ合いしのぎ合い、ときに強者が弱者に落ちることもあれば、弱者が強者にのしあがることもあり得るかもしれない。
(わたしは……どっちなんだろう?)
幼い頃から、おてんばで気が強いと言われていた。ペリーヌたちに苛められても負けはしなかったつもりだ。だが、育ての母が家を出、家が破産し、実母は死に、父は失踪し、こうして天涯孤独の身の上となった今、自分に何があるだろう。何ができるだろう。コンスタンスは自問した。
「コンスタンス?」
後になって思えば、自分でも何故こんなことをしてしまったのか不思議に思う。
ルイの驚いた顔。だがコンスタンスは止めなかった。彼の首に手をまわすと、その胸に抱きついていった。
「コンスタンス……」
抱いて……。自分の言葉がまるで別人の声のように響くのをコンスタンスは感じた。
すべては夢のなかの出来事のよう。
「コンスタンス」
行為を止めさせるために呼んだのだろうが、コンスタンスはいっそう強く相手に抱きついた。もう声は聞こえない。
白昼夢の世界に身をゆだねた。菩提樹の木を背にして、相手の身体の熱を受け止め、コンスタンスは心を置き去りにして身体が大人の世界へ入っていくのを感じていた。
夏の光がコンスタンスを包みこむ。
後悔なんてしないわ……。
そう自分に強く言い聞かせていた。
(そうよ。これで良かったのよ)
だが、行為が終わったあと、ルイの黒い目ににじんだのは紛れもなく後悔だった。
「すまない……」
そう言って逃げるように去って行く。その理由はコンスタンスも気づいていた。
(ルイには、好きな人がいるんだわ)
ぼんやりと頭に浮かんだのはクレオの顔だ。最初から気づいていたはずだ。
コンスタンスの頬に一筋、涙がこぼれた。
「コンスタンス、エマ殺しの犯人も見つかったことだし、ここから出ないか? 仕事を探すのなら力になるよ」
ルイの言葉を耳にしながら、コンスタンスが考えていたのは全くべつのことだった。
結局、この世はどこまでいっても強い者と弱い者に分けられるのかもしれない。そしてせめぎ合いしのぎ合い、ときに強者が弱者に落ちることもあれば、弱者が強者にのしあがることもあり得るかもしれない。
(わたしは……どっちなんだろう?)
幼い頃から、おてんばで気が強いと言われていた。ペリーヌたちに苛められても負けはしなかったつもりだ。だが、育ての母が家を出、家が破産し、実母は死に、父は失踪し、こうして天涯孤独の身の上となった今、自分に何があるだろう。何ができるだろう。コンスタンスは自問した。
「コンスタンス?」
後になって思えば、自分でも何故こんなことをしてしまったのか不思議に思う。
ルイの驚いた顔。だがコンスタンスは止めなかった。彼の首に手をまわすと、その胸に抱きついていった。
「コンスタンス……」
抱いて……。自分の言葉がまるで別人の声のように響くのをコンスタンスは感じた。
すべては夢のなかの出来事のよう。
「コンスタンス」
行為を止めさせるために呼んだのだろうが、コンスタンスはいっそう強く相手に抱きついた。もう声は聞こえない。
白昼夢の世界に身をゆだねた。菩提樹の木を背にして、相手の身体の熱を受け止め、コンスタンスは心を置き去りにして身体が大人の世界へ入っていくのを感じていた。
夏の光がコンスタンスを包みこむ。
後悔なんてしないわ……。
そう自分に強く言い聞かせていた。
(そうよ。これで良かったのよ)
だが、行為が終わったあと、ルイの黒い目ににじんだのは紛れもなく後悔だった。
「すまない……」
そう言って逃げるように去って行く。その理由はコンスタンスも気づいていた。
(ルイには、好きな人がいるんだわ)
ぼんやりと頭に浮かんだのはクレオの顔だ。最初から気づいていたはずだ。
コンスタンスの頬に一筋、涙がこぼれた。
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