メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 しかし、それは彼の場合どこか真実をふくんでいる。普段の生活では偽りの仮面をし、娼館に来るときには本当の彼に戻っていたのだ。本来の、ドレスをまとい、化粧をほどこした彼に。ちなみに彼は女装しているときは、ペリーヌと名乗っていたそうだ。娘のペリーヌは今頃どうしているだろう。

 一流新聞ではそう大きくは載らなかったものの、金融界の名士が娼館で倒れたというだけでも醜聞なうえに、女装しており、しかもそこに犯罪がからんでいたことは二流、三流の新聞では散々たたかれている。死者を鞭打つようないやらしい詮索や推察が紙面をにぎわせ、パリっ子たちの口をうるさくさせている。今頃、アルファンの妻子は針のむしろに座らされている気分だろう。

 さすがにコンスタンスはペリーヌに同情した。母を殺した男の娘とはいえ、十七にもならない少女、それも今まで何不自由なく育った名家の令嬢にとって、これは大変な試練だ。今、彼女は地獄のような苦しみを受けているにちがいない。だが、今気になるのは、

「ねぇ……、ルイ、あなた、クリスチャンの事情を知っていたの?」

 ルイの顔色が曇った。

「まぁ……、噂には聞いていたけれど。彼にご執心の級友がいてね。そいつは彼のことをお嬢さんマドモワゼルと呼んでいた。一部の上級生のあいだじゃ彼は有名だったよ。今付き合っている奴と終わったら、次は俺がアプローチしようとか言って狙っていた奴もいた」

 コンスタンスは下唇を噛んだ。

 クリスチャンの学生生活はどんなものだったのだろう。荒々しい十代の男子の群のなかで、クリスチャンのような感性を持つ少年が生き延びるのはどれほど大変だったか。

 いや、学校を終えても、その苦しみや戦いは一生つづくのだ。今は比較的おだやかな時代で、いろいろ問題はあっても戦争はなく、テロも減った。だが、それでも不況はつづき、貧富の差ははげしい。そんな生き苦しい時代で、繊細な魂を持ったクリスチャンは、男として生きて戦うことに疲れてしまったのかもしれない。男であるということは、男として生きるということは、ときにひどく苦しいものなのかもしれない。

(でも……女の子だって……女だって大変だわ)
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