メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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十六才の季節 一

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 物事は、思いも寄らぬ方向に転がっていった。

「エマ殺しの犯人がわかったよ」

 数日後、『白猫』を訪れたルイ・フィリップ刑事は緊張した面持ちでそう告げた。二人は以前のように裏庭のライラックの木の下に来ていた。

「犯人は、ガストン・アルファン。コンコルド銀行の頭取だ」

 国有数の大銀行だ。知らぬ者はいない。彼はそこの頭取であり、そして……、ペリーヌ・アルファン――、コンスタンスのかつての級友の父親でもあったのだ。

 その話を聞いて、コンスタンスは呆気に取られていた。晴天の霹靂とはこういうのを言うのか。

 驚いているコンスタンスをからかうように柔かな木漏れ日が、のどかに降ってくる。

(嘘みたい……。こんな終わり方ってあるかしら……)

 安っぽい三文芝居を見ているような気分だ。

「アルファン氏、いやアルファン容疑者は、エマにゆすられていたそうだ。彼女と容疑者は十年以上まえ、『白猫』で客と娼婦として出会ったという。そして、アルファン容疑者には、人に知られてはまずい特殊な趣味があった。そのことを知ったエマは、メゾン・クローズを出てからも時折アルファン氏をゆすっていたそうだ」

 最初はわずかな金額であり、ときには仕事のことで融資を頼んだりしてもらっていたようだが、ドュホォール家の経済が逼迫していくにしたがって、要求も過大になっていった。それがかなりの負担であるうえに、女装していることを世間に知られてはアルマン氏の立場は破滅だ。エマは狡猾にも、娼婦時代にアルマン氏の相手をしたときのことを微細に記録にとっていたようだ」

 コンスタンスは陽光が眩しくなり、俯いてしまった。

 エマのそういうところはマダム・オベール同様抜け目がなかったが、マダム・オベールが、あくまでもその情報を保身のみに利用したのに対して、エマは攻撃に使った。それは、かえって彼女の身を危うくした。

「そんな汚いお金で、うちはやりくりしていたのね……」
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