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四
しおりを挟む「いったい何ごとよ」
「あら、どうなさったの? ムッシュー?」
声が聞こえたのか、廊下に出てきたのは副女将のアナとガブリエルだ。廊下の赤絨毯の上にたおれている客を見て一様に目を見開いている。
「いったい、どうしたの? コンスタンス、あなた、なにしたの?」
「な、なにも……」
コンスタンスは息を切らしながら説明した。嘘ではない。客は、いきなり苦しみだして倒れたのだ。
今も苦しそうにドレスの胸元を掻きむしっている。
「ムッシュー、どうなさったの?」
ガブリエルが床に膝をついて問うと、相手はなにかを言おうとしているようだが、声にならない。
「なにか料理に当たったのかも?」
アナが不安そうに呟く。どうにか彼を起こそうとしたが、ガブリエルが止めた。
「下手に動かさない方がいいわ。医者よ……、誰かお医者をすぐ呼んできて」
ガブリエルの言葉に、コンスタンスはよろよろと広間を出、廊下をすすんだ。
店の外では客の帰りを待っている馭者もいたので、彼に医者を呼んできてもらうように告げた。
「すぐ来てくれるはずです」
コンスタンスが廊下に戻ったときには、すでに他の客や娼婦たちにも異変が起こったことが知れわたっており、倒れている客の周囲に人が集まっていた。完全に酔いが醒めた客もおり、不安げな顔をしている。
「食中毒かも?」
「儂はなんともないぞ」
「僕もです」
悪い食べ物に当たったかと思っていたが、絨毯のうえに倒れている彼以外は皆無事であることから、やがて食中毒ではないと皆の意見は落ち着いた。
「まさか毒とか?」
そう呟いたのはオーレリィーである。
一瞬、不穏な空気が辺りに走ったが、それでも同じ酒を飲んだ娼婦はなんともない。
「と、とにかく、じきにお医者様がいらっしゃいます。皆様、今夜はもうお開きにしましょう」
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