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三
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「幾ら払えばいいのかしら?」
「ふふふ。とりあえず、百万フラン」
勿論、冗談である。コンスタンスは笑った。相手もすぐ笑い返すと思ったが、ちがっていた。
「払えないわね」
その声は男の声に戻っており、しかも怒りがふくまれており、コンスタンスは一瞬背に冷たいものを感じた。
「いやだ、冗談ですよ。冗談に決まっているでしょう?」
あわてて否定すると、相手の青い目が奇妙に光る。
「いやだ、お客様、そんな真面目な顔しないで。本当に冗談ですってば」
相手は首を振る。鬘の毛先が波を打って流れる。
「もう、冗談に付き合うのは疲れたの」
「え?」
青い目は刃物のように冷たく光っていた。
凄まじい力がコンスタンスの首を締め上げてきた。コンスタンスは自分がされていることがわからない。
水に溺れるような苦しみのなか、気づけば両手を振り回していた。
一瞬、水面に浮かびあがったように楽になった。その瞬間が運命の分かれ目だった。
「やめてー!」
どうにか手を振りはらうと、コンスタンスはやっと声をあげることができた。
「静かにしろ」
あわてた相手の手がさらに伸びてきたが、コンスタンスはそれを無我夢中で振り払う。
思いっきり相手を押しのけた瞬間、鈍い音が廊下に響いた。
「ふふふ。とりあえず、百万フラン」
勿論、冗談である。コンスタンスは笑った。相手もすぐ笑い返すと思ったが、ちがっていた。
「払えないわね」
その声は男の声に戻っており、しかも怒りがふくまれており、コンスタンスは一瞬背に冷たいものを感じた。
「いやだ、冗談ですよ。冗談に決まっているでしょう?」
あわてて否定すると、相手の青い目が奇妙に光る。
「いやだ、お客様、そんな真面目な顔しないで。本当に冗談ですってば」
相手は首を振る。鬘の毛先が波を打って流れる。
「もう、冗談に付き合うのは疲れたの」
「え?」
青い目は刃物のように冷たく光っていた。
凄まじい力がコンスタンスの首を締め上げてきた。コンスタンスは自分がされていることがわからない。
水に溺れるような苦しみのなか、気づけば両手を振り回していた。
一瞬、水面に浮かびあがったように楽になった。その瞬間が運命の分かれ目だった。
「やめてー!」
どうにか手を振りはらうと、コンスタンスはやっと声をあげることができた。
「静かにしろ」
あわてた相手の手がさらに伸びてきたが、コンスタンスはそれを無我夢中で振り払う。
思いっきり相手を押しのけた瞬間、鈍い音が廊下に響いた。
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