メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 少しはなれた所に座っていたキクと目が合ってしまった。キクの黒玻璃くろはりの瞳がぼんやりコンスタンスを見、すぐにそばの客に向けられたかと思うと、キクはその客に抱きついた。いつもは大人しいキクの態度に客はとまどったようだが、じきにそれに応えるようにキクを抱きしめる。

(キクってば、駄目よぉ……)

 とは思ったが、思えばここは娼館である。それがキクたちの仕事だったのだ。

(そうだわ……、クリスチャンは?)

 救いを求める気分でクリスチャンをさがしたが、いつの間にかいなくなっていた。カルロスは別の娼婦と仲良くなってしまって行為に夢中になっているようだ。

 コンスタンスはいたたまれなくなり、広間を出た。ふらふらと歩いていくと、背後から足音が聞こえた。

「今晩は」

 振り向いたコンスタンスに微笑んだのは、化粧と赤毛の鬘をつけた客で、顔はよくわからないが、物腰が柔かそうで、女装をしていても、それほど醜悪には見えず、コンスタンスはすこし安心した。

「お嬢さん、あまり見かけない顔ね」

 客は、やはり女のような口調で話しかけてきた。薄紫のドレスの裾を引きながら、相手はさらに近寄ってくる。二人は自然に廊下の長椅子に腰かけていた。

「ついこのまえ入ったばかりなんです。あの、まだメイドで」

「あら、そう? その前は何していたの?」

「学生でした。もう辞めてしまいましたけれど」

「学生なの? 私にも娘がいるのよ」

 コンスタンスはすこし返事に悩む。いても不思議はないだろうが、万が一、娘が父親にこんな趣味があることを知ったらどう思うだろう。

「お嬢さんが・・・・・・いるんですか」

「ええ、あなたと同じ年頃」

「あら……。こんなところへ来ていることを、もし、お嬢さんが知ったら、大変ですね」

 酒のせいか、ついそんな軽口をたたいてしまう。

「そうよ。知られたら、大変なことになるわ」

「大丈夫ですよ。誰にも言いませんよ」

 コンスタンスが笑って言うと、

「幾らかしら?」

「え?」 目をぱちくりさせた。
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