メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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十一

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「だから、あたしはお芝居が好きなのよ。役者という仕事が好きなのよ。だって、現実には金も地位もないただのジゴロかすけこましでも、舞台の上では英雄になれたり、騎士になれたり、政治家になることもできるし、魔術師や神や悪魔にだってなれるんだもの。今だって、アリスになるれわ。どう、あたし美人でしょう?」

 コンスタンスは笑いながらまた頷く。

「逆の例もあるわ。現実は辛くても、自分は本当は夢の国からきた王子様で、王子様が気まぐれに街のちんぴら役をやっているんだと思えば気が楽になるわ。今の役は気に入らないけれど、これが終われば新しい役が舞い込んでくるかもしれないじゃない?」

 聞いていて少し意外な気がした。カルロスでもそんなことを思うこともあったのだろうか。飄々とした外見からは考えもつかないが、現在の自分の現状をやりきれなく思うことがあるのだろうか。

 だが今のカルロスの濁ったような黒ずんだ目は、きらきら輝いて廊下のシャンデリアの光を跳ね返して、化粧した滑稽な顔を魅惑的に見せている。

 最初は笑って見ていた道化の芸に、いつの間にか夢中になってしまった気分で、コンスタンスはほんの少しキクがカルロスを好きになって別れられない気持ちがわかってきた。

(そうだわ……キクのことを……)

 余計なことだとは思うが、伝えておいた方がいいだろう。キクのことだろうから、妊娠して堕ろしたことをカルロスにも言わず、一人で辛い想いに耐えているのに違いない。

「あの、」

「え? なに?」

 そのとき二人はすでに広間に着いていた。

「おお、最後のプリンセスのお出ましだ!」

 酔客がシャンパンを開け叫ぶや、客たちがどっとわいた。つられるようにして娼婦たちも喝采をおくる。

 しばらくは、それこそ芝居のような〝女の園〟でにぎやかなお喋りがつづき、料理をつまんだり酒を飲んだり楽しい時間が過ぎたが、コンスタンスが目でキクをさがすと、ある客の側に侍っていた彼女は、コンスタンスから目を逸らした。

 いつになく冷ややかなのは、コンスタンスがカルロスと一緒にいるのが気に入らないのかもしれない。
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